桔梗への忠告
(桔梗先生)
まさか、彼女までいるとは思わなかった。
何故、彼女がここにいるのだろうか?
気配を探ると膨大な魔力反応が近くの宿から感じる。
恐らく、5翼以上の相手……クラスメイト達だ。
自分を殺しに来たのだろうか?
その可能性は高い。
クラスメイトによって自分は殺された。
真相は分からないがその事をクラスメイトと先生全員が同意していた可能性がある。
あの実行犯10人は汚れ仕事に適性があり選ばれただけで本当はクラス全員が自分を黙殺した可能性もある。
人とは権力や力を持てば、普段隠しているエゴを剥き出しにして、自己中心的で欲望の限りを尽くす。
5翼以上の力を持つ“選ばれた者”のように自惚れ、その愉悦に浸り、権威欲に支配され、0翼と言う差別し易い的を標的とし無力だった頃の自分達を知っているアリシアをサイコパス的な思想に駆られた排除した可能性も十分にあり得る。
加えて、桔梗はアリシアがイジメられていた事を知っていた。
知っていて何もしなかった。
アリシアはイジメを気にしていなかったのでその事をどうこう言うつもりはないが、桔梗にとってアリシア・相沢とは庇護の対象ではなく教師として保護責任者の義務を果たすに値しないと考えるくらいには無関心な人間なのだろう。
(わざわざ、わたしの前に1人で現れた?なんの為に?囮?にしては雑だよね。居場所が発覚している時点で囮なんてあまり意味がない。でも、戦闘力が高いだけの素人だろうし……これでわたしを騙せると思っている?確かに彼らからすれば、アリシア・相沢はただの一般人と考えているだろうから、そう思い込んでるかもね。なら、逆にその思い込みを利用しようかな?どうせ、敵対しに来たのは違いないだろうけど……教会の内情を知るチャンスでもあるかな。有無を言わさず、クラスメイトを人質に取れば色々、吐いてくれそうだしね)
「相沢さん?」
桔梗は徐に1歩近づいた。
その瞬間、アリシアは一喝した。
「動くな!」
「!」
桔梗の体が震えた。
まるで鬼にでも睨まれたような気迫に思わず、全身が震えた。
桔梗の本能が恐怖に震えた。
「そこから1歩でも動けば、宿にいる味方を吹き飛ばします」
「!」
「味方の命が惜しいなら、わたしの言う事に正直に答えなさい」
「……分かりました」
桔梗からすれば何が何だか分からなかった。
相沢と思わしき少女は物凄い剣幕でこちらを睨んでいる。
まるで憎悪を向けているようだった。
一切、話には応じないと言わんばかりに強めな口調で桔梗に問い質した。
「あなた達はベビダからどんな指示を受けているの?」
「どんな、とは?」
「どんな戦争を仕掛けるように指示を出されているの?魔族を皆殺しにしろとか?わたしを殺す事で戦争を増長させるのが目的?それともウクライナとの戦争の幇助?」
「えぇ、増長?ウクライナ?何の話ですか?」
まるで分かっていないような素振りだ。
ベビダが敢えてそうしているのか?それとも桔梗が嘘を吐いているのか?そのどちらとも取れる。
「なら、ここには何をしに来たんですか?わたしを殺しに来たんですか?」
「わ、わたし達は現代語訳の本の著者を探しその居場所を報せるように言われただけです」
「本当に……それにしては人数が多すぎる。殺しに来たとしか思えない。殺される覚悟があるようにしか見えません」
「ち、違います。あの子達が戦争に消極的なんです!だから、安全な任務でも自分達にできる事をしようと!」
殊勝な心掛けだとは思うが、説得力がない。
ただの監視にしては宿に密集し過ぎている。
逆にアリシアを殺す為に火力を一点に集中させる陣形だと言われた方がまだ、納得できる。
「嘘も大概にして下さい」
「う、嘘ではありません」
「なら、どうして、あなたは人を殺したの?」
本当かどうかわからないので揺さぶりをかける。
「人を殺した?」
「顔をみれば分かる。あなたは人を殺した。少なくとも1人は殺したんじゃない」
「わ、わたしは人を殺した事なんて!」
「嘘ね。少なくとも黙殺はしたんじゃないの?誰かが殺されると分かっていながら、それを敢えて見逃して殺した。そんなところかしら?」
「わ、わたしはそんな事は……」
「なら、わたしの目を見て正直に答えなさい。あなたの周りであなたの手の届く範囲で誰1人として死んだ人間は1人もいないと言える?」
それを言われると桔梗の心臓が高まった。
言えない。
少なくとも1人は死んだ。
それも自分の手の届く範囲で……自分がもう少しその生徒に感心を持っていれば救えたであろう命……確かにいる。
(そうか、この人から見れば、わたしの顔はそう見えるんだ)
何故か納得できた。
確かに桔梗は人殺しかも知れない。
少なくとも己の無関心さで1人を死なせた。
そう言った意味では自分の顔は人殺しの顔かも知れないと得心してしまった。
「……」
何も言えなかった。
正直に答えるべきかも知れないが、自分の中でその事実を認めたくない自分がいた。
自分の弱く醜いところがその事実を光の下に晒される事を恐れた。
潔白でいたと言う衝動と高慢が彼女の口を閉ざした。
「……その沈黙は肯定の裏返しですよ」
彼女はどこか呆れたように呟いた。
まるで呆れつつ、つまらない者でも見るような憐憫な眼差しだった。
その視線が桔梗にとっては痛かった。
桔梗は何も言えず俯いた。
アリシアもその反応を見て、ギルティだと判断できた。
ただ、何を思ったのか自分でも分からない、がチャンスを与えようとも思った。
「今後、わたしにはもう関わらないで下さい。それとベビダや教会の言う事に従ってもいけません。アレは邪な存在です」
「そ、それは一体、どういう……」
「答える義理はありません。自らの罪に溺れ、藻掻こうともしない邪な存在に何を諭したとしても意味はありません」
「!」
まるで自分の本質を言い当てられているようだった。
そうなのだ。
桔梗は自分の罪を理解しながら自分の罪を正直に告白できない……告白しようと藻掻こうとしない臆病者なのだ。
ここまで言われても何も言えない自分がその証だった。
「でも、答えが知りたいと言うなら、その時は自分の罪にしっかり向き合えた時に来なさい。ただし、少しでも迎え合えないと言うならその時は殺します」
それがアリシアなりに与えた最後のチャンスだった。
アリシア自身、桔梗にはまだ”見込み”があると思ったからチャンスを与えたのかも知れない。
だが、そのチャンスも1度だけだ。
そのチャンスすら活かせないなら本当の意味で邪な存在になるしかないのだから……。
「もう、帰りなさい。わたしの気が変わらない内に……」
アリシアはそう言って振り返り家の中に戻ろうとした。
そんなアリシアの背中を見ながら桔梗は叫んだ。
「待って!あなたは相沢さんなんですか!」
アリシアは一度、足を止めて桔梗を一瞥した。
そのように縋る時点で彼女は既に間違っている。
ここで「わたしは相沢です」と答えれば彼女は「相沢が死んでいない」=「だから、罪はない」と考えるかも知れない。
いや、実際そう言った下心で罪から逃れようと悔い改める道ではない道に逃れようと楽の道に逸れようとしているのだ。
この場で殺しても良い気がしたがまだ、忍耐して待つ事にした。
だから、このように答える事にした。
「それが誰かわたしは知りませんが、それがあなたが殺した人間だとしたらよく覚えておきなさい----------死んだ人間が生き返りません」
それに桔梗は呆気に取られた顔になった。
それは嘘ではない。
もう、アリシア・相沢と言う人間が死んだのだ。
今ここにいるのは女神のアリシア・アイだ。
女神として蘇った以上、人間に蘇る気はない。
だから、無力だったアリシア・相沢は既にこの世にはいないのだ。
アリシアはその言葉だけを残ると家の中に戻り、門は自動的に閉じられた。
その場で膝をついた桔梗は茫然と地面を眺め放心した。
それから桔梗はクラスメイトを引き連れて教会に戻った。
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