ウクライナとの交渉2

 それから更に3日、駐屯地に留まる事になった。

 尤も、変化はあり、独房から兵士の宿舎に移動する事になった。

 あくまで客人と言う扱いになった。

 それと言うのもアリシアの情報に有用性を見いだしてくれたからだ。

 ノーティス王国の魔術の性能や魔術の分類、射程、紋章の性能との兼ね合い等を事細かに伝えた。


 一応、ノーティスには空軍に相当する兵力はないが代わりに5翼以上の紋章を持つ者は気象を変える魔術を使う可能性が高い事などからウクライナは当初は空爆による攻撃後に都市部等を歩兵で殲滅する作戦から陸軍による地上作戦にシフトした。

 何故なら、5翼の魔術師の中には竜巻を起こす魔術師も存在し場合によっては航空戦力が意味を為さないと判断されたからだ。

 だからこそ、陸軍により地上を侵攻、地上から5翼以上の敵を戦域から一掃してから空軍を派遣すると言う方針を固めた。


 この指針を齎した功績もあり、アリシアへの対応は客人相当になり、ウクライナ軍も情報を提供したハーリ属するワオ周辺への攻撃は避ける方針を固まった。

 この成果だけでも大分、僥倖だった。




『アイ様。准将閣下がお呼びです。なんでも、通商の話がしたと申しております』


『分かりました。案内をお願いします』




 案内役の兵士に連れられ、応接室に向かった。

 部屋に入るとそこにはクラインと見慣れないブロンド髪のロングヘアの女性がいた。

 クラインが席に座るように促し席についた。

 それから女性の紹介に入った。




『紹介しよう。こちらは今回の通商に辺り、こちらのアドバイザーとしてアーマード・アーセナル社のミラだ。これでもわたしの妹だ』


『初めまして、ミラと申します』


『アリシア・アイと申します』


『あら、あなたもしかして、軍人なのかしら?学生だと聴いていたけど……』


『……何故、そう思うのですか?』


『立ち振る舞いがわたしの知り合いの軍人によく似ているわ。わたしの取引相手でもあるワグナーの“大佐”そっくりね。まさに実戦叩き上げって感じの』




 言われてみればそうかも知れないと思った。

 確かにアリシアはノンキャリアで実力だけで中将までのし上がった成り上がり気質の兵士だ。

 そう言った雰囲気は確かにあると客観的に思う。

 恐らく、その”大佐”と雰囲気が似ているのだろう。





『あちらの世界では中々、濃密な体験をしたからかもしれませんね』


『まぁ、そうなのかしら。魔物なんているならそうなんでしょうね』




 世間話を済ませた後に早速、注文があった。




『まず、在庫状況を確認したいわ。あなたはジャイアント・トレイトの素材をどの程度、所持していますか?』


『大体、30500kg分はあります』


『かなりあるわね。我々としては素材の研究開発を視野に入れているわ。いずれは量産化するつもりです。その過程で素材が廃棄される事も十分にあり得ます。なので、できる限り多く仕入れたいと考えています。どうでしょう。まず、研究サンプルとして100kgの取引から始めませんか?』


『えぇ、それで問題ありません。つきましては1kg辺り如何ほどの取引レートするつもりでしょうか?』


『そうですね。先に貰ったサンプルデータから確かにあなたが言及した耐久値を満たしていると我々は判断しています。なので、1kg辺り17万ドルでどうでしょうか?』


『それは少し安くないですか?』


『そうでしょうか?装甲材にしては破格の値段だと思いますが?』


『確かにそうですけど、ジャイアント・トレイトは討伐が難しく魔物に分類されます。わたしは倒せますけど、今後の事を見据えるとそこまで大量に用意できるとは限りません。況して、今のところ、我々以外に取引できる者はいない。ここは70万ドルで手を打ちませんか?』


『随分と吹っ掛けるのね。流石にやり過ぎでは?』


『そうでもないですよ。我々が中立を維持するに必要な値です。我々が中立でいられればそちらは今後も他の魔物の素材を研究できる。そう思えば安い初期投資だと考えます』


『だとしても高いわね。30万ドルよ』


『65万ドル』


『35万』


『55万』


『38万』


『50万……言い方悪いですけど、こちらはかなり譲歩しています。いい加減折れてくれませんか?』


『……40万。これ以上は無いわ』


『まぁ、妥協点ですね。良いでしょう。ならば、100kgで4000万ドル。その代金を持ってわたしはアーセナルに攻撃用ドローンを発注すると言う形で支払いを要求します』


『そっちらとは通貨の単位が違うモノね。ここは今後も物々交換で行うのが無難でしょうね。良いでしょう。こちらでプレデターを発注します。多分、中古品で3機になると思いますが、それでもよろしいですか?』


『それで問題ありません。寧ろ、わざわざ、新品を買う意味もそこまでありませんから……』


『なら、契約成立ね。今後ともよろしく』




 アリシアとミラは固く握手を交わした。




 ◇◇◇




 アリシアが退出した後、ミラは『はぁ……』と溜息を吐き、椅子にもたれた。




『随分とお疲れだな』




 クラインがミラを心配する。




『そりゃ、大きな取引だったもの。失敗できないでしょう。それにあの娘、かなりやり手よ』


『やり手?わたしには常識外な値段を迫っている世間知らずの小娘に見えたが?』


『はぁ……これだから兄貴は頭が腐ってるのか。将来、頭が禿げるわよ』


『うるさいわ!余計なお世話だ。だいたいどこが間違っているんだ!。寧ろ、相手が常識知らずなら付け入る隙もあるではないか!』


『アレが本当にただの常識知らずなら、わたしも助かったわよ。でも、違う』




 ミラはクラインに正眼を据えた。




『あの娘。妥協とか言ってたけど、はじめから40万にするつもりだったのよ』


『なに?あの額ははじめから狙っていたと言うのか?』


『交渉をやらない兄貴には分からないでしょうけど、あの娘はわざと法外な値段に一度、釣り上げて、徐々に値段を下げさせる事でこちらに譲歩させたと思わせたのよ。わざわざ、その前段階で中立を維持する必要経費だと口添えして他も魔物の素材を材料にこちらを誘い込んでいた。だからこそ、わたしのその誘惑に負けて40万で折れるしかなかった。本当は30万で手を打ちたかったけど……』




 実を言えば、アリシアがただの凡人ならそれらしい言い方で丸め込んで最初の言い値であった17万ドルで抑える腹積もりでもあった。

 しかし、今回の取引においてアリシアは自軍の陣営の有用性を開示した上で取引を行い、1つの既成事実を造った。

 これにより今後もこの事実を基にしてアリシアの言い値で取引を行う主導権を密かに握ったのだ。




『本当に……久しぶりに骨のある人間と取引したわ。アレならロシアを騙す方がまだ、楽だわ』


『それほどか?』


『それほどよ。全く、異世界に転移した学生とか言ってたけど、本当に学生なのかしら?高校に潜んでいたエージェントって言われた方がしっくり来るわ』




 アレほどの頭脳の持ち主は発注されるプレデターの操縦マニュアルを欲しようとはしなかった。

 本来、一学生が軍用兵器の扱いなど知っているはずがない。

 それでもまるで使い慣れていると言わんばかりの態度はアリシアが常人ではない事を現す何よりの証拠にミラは思えた。




『まぁ、悪い取引相手ではなさそうだし、今後とも仲良くしたいわね』




 ミラからすれば、アリシアは対等な相手として見ており今後も仲良くしたと言うのは本音だった。

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