ウクライナとの交渉1

 ウクライナ国境付近




 緊迫状態になる国境付近では警備隊が張り詰めた空気で待機しており、敵の領土を眺めていた。

 獣のように人の言葉を介さない害獣に対して侮蔑と殺意を滲ませるような鋭い眼光が国境に注がれる。


 そんな中、白い旗を上げて近づく蒼い鎧を着た蒼髪のポニーテールの少女を見た。

 鎧と着ている事から最初こそ敵だと思ったがご丁寧にこちらでも分かるように白旗を上げ、交戦の意志がない事だけは示していると分かった。

 鎧以外目立った武装も装備していない。

 2人の警備隊は銃口を突き付けながら距離を詰め、女と対面できる距離についた。

 女は徐にゆっくりと手に装着された鎧を外し、手の甲を見せた。

 それにより警備隊は相手が“翼を持った異邦人”ではないと言う事が分かり安堵した。

 これなら交渉の余地があると判断したアリシアは口を開いた。




『ウクライナ語で話しているつもりですが、わたしの言葉が分かりますか?』




 その問いかけに2人は答える。




『あぁ、分かる』


『ネイティブの発音、そのモノだ』





 どうやら、言葉は通じるらしい。

 神力は感情等を伝播する役割がある。

 それを介す事で相手の言語を自動的に読み取る事ができる。

 もっともその土地の言語を話せれば更に制度は上がる。

 なので、一応ウクライナ語で話している。




『わたしはノーティス王国のワオと言う町から来ました』


『ノーティス?』


『ワオ?』


『あなた方が戦っている敵国の名前です』




 それを聴いた2人は緊迫したように目線が鋭くなる。

 最初は鎧を着たウクライナの民か難民だと思ったからだ。

 実際、ウクライナで保護した民間人の中には既に消えたモスクワ在住だった人間も含まれていたので難民として保護していたからだ。

 目の前が女は敵国から来たと言えば只事ではなかった。

 だが、アリシアは銃口を向けられているというのに淡々と粛々に話を進めた。




『まず、誤解しないで欲しいのですが、わたしはワオの町の領主であるハーリ様の命を受けここにいます。ハーリ様は今回の戦争を嫌っており可能なら阻止したと考えております。わたしはハーリ様の使者としてここに派遣されました。ハーリ様はワオの町周辺の領主としてあなた方との交渉を望んでおり、場合によってはノーティス王国の情報を売ると言っています。勿論、敵の軍備や敵の戦争動機等も含めて話しても良いと仰せつかっております。どうか、一考して貰えないでしょうか?」




 それを聴いた警備隊は唖然とした顔になった。

 敵は害獣だと思っていたが、思ったよりも会話が出来ていた。

 しかも、敵国の情報を渡すと言う。

 それが偽りの情報ではないなら、確かにウクライナにとっては有益だった。

 だが、現場である自分達にそれを判断する権限はない。




『分かった。上に連絡を入れる。悪いがしばらく、あなたの身柄は確保させて貰う』


『それで構いません』




 こうして、アリシアはウクライナ軍に一応、拘束された。




 ◇◇◇




 拘束されてから鎧を脱がされ、身体検査に回された。

 まるで囚人のような扱いだったが気には留めない。

 寧ろ、それを担当した女性はアリシアの体を見せ感嘆した。

 「随分と傷が多いのね」と


 アリシアの体は女性にしては傷物と言えるほどに傷が多い。

 大きな傷もあれば、小さな傷も体中を覆うっており、腹部には銃創まである。

 それを見れば、相当場数を踏んだ歴戦の兵士である事は誰の目で見ても明らかだったので何をされるか分からない……等と思われたがアリシアは素直に身体検査を受け、国境警備隊が立てた駐屯地の独房に入った。


 鎧に関しては現在、押収されている。

 “魂の空間収納”すると言う手もあったが、手持ちの物が自在に出し入れする力を見せると余計に警戒されると思い、今回は素直に押収させた。

 尤も、押収されても盗まれないようにセキュリティーは施しているので問題はない。

 それから数日、独房で生活を余儀なくされる中でようやく、事態が動いた。




『もう、出て良いぞ。准将閣下がお待ちだ』




 どうやら、交渉相手は准将のようだ。

 階級からしてかなり発言力が強そうだ。

 唯一懸念があるとすれば、話が通じる人物であるかどうかだ。

 一応、アリシアは軍人としてのキャリアを積んでおり、最終階級は中将まで上り詰めた。

 その感覚で言えば、”高階級”=”有能”とは言えない。

 エリート士官学校から出て実戦について何も知らない奴がお遊び感覚で将官になる事もある。

 或いは凄い俗物がそんな感じで将官に収まるのでまだ、安心はできない。


 招かれて応接室に入った。

 そこにはブランズ色の髪をした壮年の男性が座っていた。

 彼が准将だろう。




『どうぞ、おかけになって下さい』




 彼は慇懃な態度で席に座るように勧めた。

 アリシアは言われるがままに席に着く。





『わたしはウクライナ陸軍のクライン・テクノミング准将と申します』


『アリシア・アイと申します。一応、領主ハーリが抱える私兵の1人であり名代とお考え下さい』


『早速だが、そちらの話を伺いたい』




 軍人とは拙速が伴う生き物だ。

 結論を知りたい生き物と言える。

 アリシアもその気質は知っているので不躾ではあったが甲斐甲斐しく質問に答えた。


 ノーティス王国がどういう民族性を持ち、ウクライナ人の事を魔族と言う種族と思い込んでいる事……更にはその事はアリシアを経由して既に王国側に伝わっていたが、彼らがそれを拒んだ事……彼らの宗派的に魔族は一切容認しないのでこのままでは殲滅戦もあり得ると言う話をした。




『なるほど……つまり、彼らの宗教観で我々を敵と認知していると?』


『そうなります』


『なるほど……これはかなり根強い問題ですね』




 クラインは顎に手を当てて考え込む。

 実際、彼も宗教戦争と言うモノをよく知っている。

 実際にそう言った戦地に派遣された経験があり、作戦指揮を執った事もあった。

 勿論、交渉の場にも第3者として参加した事があるが宗教問題と言うのは互いの貪欲のぶつけ合いであり、譲歩の余地はない。


 普通の交渉ならどこが譲歩できるかどこが譲歩できないかの探り合いをするモノだとするなら宗教問題はそもそも譲歩がない。

 互いの教理が正義であり、それに反する事をするのは異端であると固定観念で塗り固められているからだ。

 交渉するにしても極めて高度な問題と言える。




『ですが、ハーリ様はそちらとの戦争を望んでいません。そちらが核攻撃を辞さないと宣言された事でウクライナ軍と戦う事は避けたいと考えております』


『そちらの国では我々が核を前向きに使う事が知られているのですか?そちらには我々の国内放送を知る術があると言う事ですか?』




 クラインの懸念としてはノーティス王国がウクライナの国内放送を傍受している事への懸念だ。

 国内だけならともかく、国外にまで漏洩されているのは問題だった。

 況して、相手にそれが伝わっていない事を前提としていたからだ。

 何故なら、最初の接触時に倒した敵の物品を調べたがスマホ等の通信機器を持っていなかった事から恐らく、そう言った技術がないと判断していたからだ。





『その術を持っているのではわたしだけです。今回のハーリ様の提案もわたしがウクライナの核攻撃を懸念して具申したモノです。そう言う機会がありましたから、ハーリ様や王国には核兵器の脅威について伝えたのですが、現状、ハーリ様以外には理解されていません』


『あなただけと言うのはどういう事ですか?』


『わたしは元々、日本で学生をしていました。日本で起きた集団神隠しの被害者です。その時、パソコンと一緒にノーティス王国に転移しパソコンを使ってウクライナの国内放送をフリーWIFI経由で受信したんです』




 ここばかりは嘘を言うしかなかった。

 正直に答えたとしても”管理者権限”の事や”拠点”の事、アリシアが女神である事を信じて貰えるとは思えない。

 そもそも、信じてくれる人間は悪魔に加担したりしない。

 なので、ここに関しては誤魔化すしかなかった。




『集団神隠し……確かに日本でそのような事が起きてましたな。では、あなたは元々、学生ですか?』


『その通りです』


『ふん……では、他の生徒の所在は?』


『多分、ノーティスの国教たる教会の支部にいると思います。そもそも、我々を転移させたのはその教会の神らしいです。魔族を倒す為の尖兵として召喚したんですが、どういうわけかわたしは教会に殺されそうになったので逃げて、今の領主様のところで働いていると言った経緯です』


『教会に……神ですか。俄かには信じられないがこんな非常識な事が起きているなら猶更か……もしや、モスクワが消滅した事と神の転移は何か関係があるのですか?』


『さぁ、そこまではなんとも……ただ、その神は魔族殲滅の為にわたしの学校の生徒を魔族戦の切り札にしようとしていたようですから……紋章を持たない人間=魔族なら地球人も魔族の一種でしょう。もしかすると民族浄化戦争のつもりで地球に侵略する為に転移を引き起こした可能性はあるかも知れません』





 実際、邪神ならやりかねない。

 邪神にとって魔力を最も産み出す環境とは“戦争”だ。

 戦争を起こす事で膨大な魔力を得る事ができる。

 少々、大がかりだが、民族浄化戦争と言う大義名分で戦争を嗾ける可能性も十分にある。

 相手がアリシアの手紙を無視したのもそう言った邪神の思惑なら納得は行く。




『ですが、ノーティスの全てがこの戦争に賛同している訳ではありません。ハーリ様もその1人です。ハーリ様はもし、戦争が起きた場合に自分が管理する領地への攻撃を一切禁止する“条約”締結を望んでおられます。その為に我々が知る情報や物資等も通商を込みにして取り決めたいと申しております』


『なるほど、そのワオの町一帯の条約ですか……確かにこちらとしても魅力的な話ですね。こちらとしても戦争をするにしても敵が持つ装備の情報は欲していたところですから……しかし、通商と言いましたか?そちらには通商するだけの見合うモノが用意できると言う意味ですか?』




 クラインは話には乗る気らしい。

 ここからが正念場だ。

 だが、陸軍であるクラインがどう言った物が欲しいか軍人であるアリシアは把握している。

 既にウクライナの軍備に関してはネットで調べている。

 その上で彼らが最も欲する物は既にリストアップしている。

 アリシアは交渉を開始した。




『時にクライン閣下はセルロースナノファイバーと言う物をご存知ですか?』


『あぁ、知っている。日本で開発された素材で鉄の5倍の強度を持ち、鉄の5倍の軽さを持った素材でしょう。我々も次世代型戦車の装甲材として注目している素材だ』


『ですが、その欠点としてセルロースナノファイバーは耐熱性が低く、ロケットランチャーや火炎放射器の炎で簡単に燃えてしまうと言う問題を抱えている事から実戦配備は相当先になる見通しですよね?』



『その通りだ』


『ならば、もし、鉄の20倍の強度があり、従来のセルロースナノファイバーと同等の重量で尚且つ、1500℃以上の耐熱性を持ったセルロースナノファイバーをこちらが用意できると言ったら欲しいですか?』




 その言葉にクラインは生唾を呑み込んだ。

 率直に言って欲しい。

 もし、それが本当ならぜひ欲しい。

 クラインの表情を見てアリシアは確信に変わった。




(いけるね)




 アリシアは”空間収納”を稼働させ、机の上にジャイアント・トレイトの木の皮を出した。

 “空間収納”を見たクラインは少し怪訝な顔をした。



『今のは……魔術と言う物ですか』


『まぁ、そのようなモノです』


『ふん……で、これがその夢の素材ですか?』


『その通りです。これはジャイアント・トレイトと言う魔物から採取される素材です。人間が造ったセルロースナノファイバーよりも微細な分子構造になっており内部のセルロースの繊維が均一化しているので高い耐弾性を有しています。更にその原子や分子の隙間には魔力と呼ばれる宇宙を構成する原初粒子が間に入り込み互いの力学的な強い力で引っ張り合う事で疑似的に分子結合が強化され高い耐熱性と更なる耐弾性を獲得する事にも成功しています』


『ほう、それは興味深い』


『この素材はそちらにサンプルとして譲渡します。そちらでも事実確認をされると良いでしょう』


『そうですな。だが、もし仮にこの素材が本物だとした時、我々は何を対価に支払えば良いのですか?』


『出来れば、ウクライナにある兵器を購入したと考えております』


『ふん……兵器ですか』


『こちらとしてもノーティスを裏切る形となっています。その為には中立を維持する武力が必要となりますのでその軍備にウクライナ製の兵器を使いたいのです。幸い、敵には空軍戦力はありませんので大きなアドバンテージが取れると考えております』


『なるほど、お話は分かりました。では、この素材の事実確認が出来ましたら、わたしの権限ですぐにご用立て致します』


『ご厚情感謝します』




 2人はそう言って互いに固く握手を交わした。

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