先生とクラスメイト

 転移した生徒の中には達也を筆頭に積極的に魔族討伐を視野に入れた者達がいる一方で戦いから距離を取る者達もいた。

 そう言った生徒達は桔梗の元に集っており、彼らは桔梗から「聴きたい事がありますので集まって下さい」と言われ、席で対面しながら話し合っていた。




「皆さんにお伺いしたい事があります。相沢さんについてどう思っていましたか?」




 桔梗のストレートな言い方に生徒達は少々俯き加減だった。

 そんな中でこのクラスにとってのイレギュラーにして唯一、クラスメイトでもないのに一緒に転移してきた唯一の3年生、竹地・昇が答えた。




「どうと言われたら、非常に好感が持てる人間だと思っていました。非常に礼儀正しいし素直で献身的で……オレはいつも昼ご飯は母親が造った弁当を食べていましたがある日、母が入院する事になって弁当が造れない日がありました。そんな時に彼女は何の見返りも求めず、購買のパンで済ませようとしたオレの為に弁当を造ってくれたんです。それも結構造り込んでいて、正直、母親の造る弁当より旨いと思ってしまったほどです。そんな彼女が紋章を貰えなかった程度で錯乱したとは、オレは思えません」




 桔梗が何を聴きたいのかその本質を昇は見抜いていた。

 そう、桔梗も昇もアリシアの死に関して不審に思っていた。

 アリシアと言う人間を知っているからこそ、彼女が錯乱して水晶を破壊しようとしたとは、思えなかった。

 だが、それはクラスメイトの誰も疑わなかった。

 まるで桔梗と昇だけが可笑しいのではないかと思えるほどにクラスメイトのアリシアに対する反応は淡白だった。


 確かにクラスメイトが死んだと聴いて戦いに関して億劫になった生徒もおり、ここにはそう言った生徒も集まっている。

 しかし、それは「クラスメイトが死んだから」であり「アリシアが死んだから」ではない。

 仮に他のクラスメイトが同じように死んだなら誰でも不審に思って可笑しくないのだ。

 それがないと言うのは逆に可笑しいと桔梗は感じており、直接、問い質す事にしたのだ。




「まず、わたしが知る限り、相沢さんは確かにイジメを受けていました。正直、なんで先生もあの時にイジメを止めなかったのかと今でも後悔しています。だから、全ての責任があなた達にあるとは言いません。ただ、先生は教師として生徒を守る義務があります。だからハッキリと言います。何故、皆さんは相沢さんをイジメたんですか?まさかだと思いますがそれを理由に相沢さんを殺したと言う事はありませんよね?」




 桔梗の懸念はそこだった。

 アリシア 相沢と言う人間を傍から見ればとても礼儀正しく、素直な良い娘として映っている。

 だが、彼女はイジメられていた。

 それも主だった理由もなくだ。

 だからこそ、思うのだ。

 

 何が原因でイジメたのか?


 そして、今後、第2の被害を起きないか?


 起きた場合、それが殺人にならない保証があるのか?


 実際、アリシアの死に関しては不明な点が多く物的証拠はない。

 全て教会と10人の生徒の証言だけだ。

 その10人は魔族討伐に参加、何らかの理由で教会側の手伝いでこの場にはいない。


 だが、もしそれがイジメを起因とした殺人だと考えると流石に桔梗とて容認はできない。

 今までは心のどこかで日々の生活に追われ、面倒事を避けるように目を背けていたが、目を背けるのをやめる事にした。

 アリシアが被害を訴えなかった事を言い訳にして逃げた弱い自分を捨てる為のケジメでもあったのだ。




「なんで相沢をイジメたですか……」


「そう言われると……なんでだろう?」


「なんか、みんながやっていたから……」


「オレは面白半分でやってたかもな……」


「少なくともオレは相沢の死とは関係ありません」




 生徒達の返答はどれも曖昧で身勝手とも言える返答だった。

 要するに「周りの空気」でイジメた。

 それが答えだったからだ。

 桔梗はそれに対して憤るべきかも知れないが、自分の失敗を棚上げして怒鳴る気にはなれなかった。

 なので、その本音は喉に押し込め、静かな声で話を進めた。




「皆さん、目を瞑って下さい」




 桔梗の迫真とも言える気迫に押され、全員が目を閉じる。





「正直に答えて下さい。この中で相沢さんの死について何か知っている人がいたら手を挙げて下さい。この事は先生とその人だけの秘密にします」




 そう言ったが誰も手を挙げなかった。

 誰も教会の報告以上の事は知らないのか?

 それとも自分の保身の為に嘘を吐いているのか?

 それは分からなかったが桔梗は彼らが嘘を吐いているとは思えなかった。

 どの道、これ以上は知り様がなかった。

 タンムズはあくまでアリシアが錯乱したの一点張りであり、寧ろその顔は0翼の人間が死んでよかったと安堵しているようにすら思えた。

 どの道、これ以上詮索する余地がない。

 一度、皆を解散させようと声をかけようとした時、丁度タンムズが現れた。




「あぁ、桔梗様。皆さま、ここにいたのですね。丁度、良かった」


「どうされましたか?」


「いや、実はあなた方にある調査をして頂きたく探しておったのです」


「調査……ですか?」




 タンムズは調査の内容を説明した。

 ここ最近、一部の領主達からの教会に対する献金の納付が滞っているようだ。

 ハーリと言う領主を筆頭に「自分は神の声を聴いた。我々は無理して献金を収める必要はない」と主張した。

 最初こそ反乱ではないかと思い、鎮圧する事も視野に入れた。

 しかし、ハーリはそれを見越してなのか、ベビダ教の聖典を取り出し、その聖典に書かれている内容から教会の行為そのものが「異端」であり、ハーリに語った神の口を通して教会が「異端を行っている」と主張した。


 これには派遣された者も困惑した。

 しかも、神語で書かれており本来、神官にしか読み解く事ができない神語をハーリは読み取って見せた。

 しかも、その解釈はベビダ教の原理主義派の神官ルイターがその解釈を認可したと言う署名まで記されていた。

 そこには「ハーリ氏の神語の解釈は文句のつけようがないほどに精確であり、聖典の解釈も整合性が取れている。これに逆らうは聖典を重んじるベビダ教に対する背信に値する」と記されており、ルイターとの対立を恐れた派遣団はその場を後にした。


 それがタンムズの耳に入ってから各地でハーリと同じ主張をして献金を捧げない者が続出した。

 しかも、厄介な事にその者達は現代訳聖典と言う神語を現代語に翻訳する本を持ち、しかもそこには教会の人間が「献金に対して威圧的な行動を取った場合の対象法」と言う題を打ったマニュアルが存在し「教会に属する者は収入の10分の1を捧げれば良く、それ以上は個人の裁量で決定しても良い。それ以上の要求は負担と為す事ができる」等と書かれている始末だ。

 元々、教会の事を快く思っていない領主の反旗ではあり本来なら「異端」として罰するに値するのだが、これを機に原理主義派が台頭、不要に罰すると教会内が分裂すると判断し威圧的な行動は現在、規制されている。


 だが、それ以前に流出厳禁である神語の翻訳が一体どこから流出したのか?

 また、どうして彼らはここまで聖典を正しく解釈できるのか?

 その真相を解明する事が急務とする方針が現在、固まり、その調査隊として桔梗達を派遣したと言う話だった。




「この調査はさほど危険なモノではありません。なのでどうか、頼まれてくれないでしょうか?」




 桔梗としても話を受けても良い気がした。

 彼らの事情で桔梗達はこの世界に呼ばれたが、タダ飯喰らいをする気にもなれなかった。

 それに何か、功績を残さねば帰れないと言う不安がより一層彼らを駆り立てる。

 だが、それでも疑問はあった。




「お話は分かりますが、そもそも、彼らの主張通り、神がそのハーリさんと言う方に神託を与えた可能性はないんですか?」

 



 すると、タンムズは不機嫌な顔色に変わった。




「そのような事は決してあり得ません。あの者は神に対する不信仰の塊です。そのような事は断じてあり得ません。きっと、どこから神語の翻訳が漏れたに違いありません。神聖な神語を認められない者が触れる等あってはならない事です。どうか、どこから情報が漏れたのかお調べ下さい」





 つまり、タンムズの自尊心がそれを認めたくないだけではないか?と桔梗は思ったが話を聴く限り、重要な機密データが第3者に漏れたと考えれば只事ではないと言う事だけは理解できた。





「調べると言いましても具体的にはどうすれば?」


「そう難しい事はありません。なんでも反旗を翻した町には神語の翻訳本が売られているようです。あなた方には町々を回ってその本の出版者を突き止めて欲しいのです。背後関係に関しては我々が調べます」




 それなら自分達にも出来そうと思えた。

 少なくともこの世界に人間の平均よりも桔梗達は強い。

 多少リスクはあるがそれでも危険性は少ない。

 その出版社の居場所さへ見つけて、居場所を教会に報せるだけで良い。

 仮に交戦したとしても5翼以上の自分達が負ける事は早々ないとこの場にいる全員が考えた。




「分かりました。わたしは引き受けますが皆さんはどうですか?」




 クラスメイト達は桔梗の目を見て首肯した。

 タンムズはそれを同意と受け取り「ありがとうございます」と答えた。




「それでタンムズさん。その本について分かっている事はありますか?例えば、出版した人の名前とか……」


「あぁ、それは少々……忌々……いえ、変わった名前の女性でしてな」


「変わった名前?」


「アリシア・アイと言う女性が書いたようです」




 その名前を聴いて桔梗はタンムズが「忌々しい」と言いかけた事を察し、タンムズがあの彼女の事をどう思っているのかも察する事ができた。

 それに対して桔梗の不信感が募る事になったが同時に「アリシア」と言う名前を聴くとどこかヒステリックな気持ちになった。

 桔梗が微かに不機嫌になったのをクラスメイトは感じた。

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