勇者達の力

 勇者達は力をつけ始めていた。

 既に周辺の魔物では相手にならないほどの力を付けつつあった。

 砂漠地帯から迫り来るサンド・ウルフと大群が勇者達に襲いかかる。

 その先頭には大神・達也が立っていた。

 金色の鎧と聖剣と呼ばれる武器を携えたまさに勇者のような風貌となっていた。




「オーバーエッジ!」




 聖剣に魔力を籠め、聖剣の刀身の延長線上に紫色の刃を形成する。

 そして、横薙ぎで放った。

 サンド・ウルフの大群は胴体から両断された。




「ふーなんとか片付いたな」




 大神・達也は安堵の溜息を吐く。

 そこに他の仲間達が集まる。




「やったわね。達也」


「ありがとう。豊香」


「全く美味しい所、全部持って行きやがって」


「力が有り余っていたからな。悪く思わないでくれ。竜也」




 達也は幼馴染である黒髪ポニーテールの東雲・豊香と筋肉質で大柄な浅野・竜也と賑やかに話した。




「この辺りの魔物なら、もう相手になる奴はいないな」


「そろそろ、魔族とも戦えるかもな」


「こら、竜也も達也も調子に乗らない!」




 基本的に脳筋的な2人を豊香がストッパーとして止めると言うのがいつものお決まりのパターンだ。

 特に達也は力の成長が著しく偶に増長した様な言動も目立つ事もしばしばあり、時にそう言った行動から連携を無視する時もあった。




「分かっているよ。豊香は心配症だな」




 達也が笑い飛ばしていると大地が揺れるほどの振動が奔った。




「なんだ!」


「じ、地震?」



「いや、見ろ!向こうから何か来るぞ!」




 異変に気づいたクラスメイト達が地平線を見た。

 そこには巨大な何かがこちらに急接近しているのが見えた。

 それは砂漠色の鱗に覆われたワーム型の胴体にムカデのような口を持つ生物だった。




「まさか、アレは……」


「豊香!知っているのか!」


「えぇ、教会の書物庫で読んだ事がある。アレはサンド・ドラゴン。この辺りを縄張りにする主よ」




 サンド・ドラゴンは普段は砂漠に擬態しながら地中を移動、近くに餌となる獲物が現れれば姿を現し、捕食する。

 その縄張りは広く広域であり、空中であっても口から吐き出す砂で鳥の魔物などを撃墜する極めて凶暴な魔物として知られている。




「不味いわね。完全にこっちに狙いをつけてる」




 サンド・ドラゴンは豊香達を完全に獲物だと認識、涎を垂らしながらこちらに迫っていた。




「どうやら、やるしかないみたいだな」




 達也が聖剣を構える。




「そうね。どうも逃げられそうにないし……」




 豊香も刀を抜刀、右手に構える。




「よっし!いっちょやるか!」




 竜也も背中の大剣を取り出し両手に構える。

 他のクラスメイト達も各々の武器を取り出し構えた。

 サンド・ドラゴンが迫る。

 まずはクラスメイトの中でも魔術に秀でた者達が”ファイア・ジャベリン”や”ライトニング・ジャベリン”により、ドラゴンの足止めを行った。


 魔術はドラゴンの頭部や全身に直撃し動きを鈍らせ、ドラゴンは悶えているようだった。

 並の魔術師ではドラゴンにダメージを通す事も難しいとされる中で全員が平均的にこのポテンシャル持っているのはスペックが非常に高いと言わざるを得ない。

 ドラゴンの動きが止まったところで剣士職の者達が動いた。





「うぉぉぉぉぉ!」




 まずは竜也がドラゴンの腹部に目掛けて体験を横薙ぎで払った。

 大剣はドラゴンの鱗を貫通、血飛沫が舞った。

 ドラゴンは痛みに悶えるように暴れ回る。

 だが、それでも生命力が強いドラゴンは痛みをねじ伏せるように「グルルルル」と低い音で唸りながら口を大きく開けた。

 その口先は魔術師達の方角を向いていた。

 恐らく、砂を吐いて攻撃すると予想した豊香がドラゴンの頭部まで一気に跳躍、刀を両手に持ち、抜刀した。




「絶爪!」




 刀に魔力を籠めて、形成した刃を極限まで薄く形成、鋭利性を高め、更に刀身の魔力を引き斬りのように対流させる事で形成した刃がドラゴンの上唇から口にかけて深々と傷を入れた。

 ドラゴンの口元から大量の流血が噴き出し、ドラゴンは悲鳴を挙げる。


 ドラゴンは標的を変えた。

 自らに一番ダメージを与えた憎むべき相手に目を移した。

 人の頭ほどの大きさはある赤い真珠のような目で空中にいる豊香を炯々に睨む。

 そして、空中で動けない豊香を狙い撃ちにしようと再び、大きく口を開けた。

 豊香は即座に動いた。




「障壁!」




 ”障壁”をすぐに展開した。

 それと同時にドラゴンの口から砂の弾丸が高速で発射された。

 それはさながら、至近距離で発射されたショットガンのような弾丸だった。

 1発1発も人間の体を粉々にするだけの威力があり、”障壁”で受け取る豊香にもその衝撃と重みが体に全身に伝わり、歯を食い縛る。

 少しだけ気を緩めると一気に蝕まれると思えるほどの圧倒的なまでの暴威だった。

 今まで戦った中で一番の強敵と言えるだろう。




(これが……ドラゴンの力……)




 攻撃を肌身で感じるからこそ分かる。

 ドラゴンは強い。

 この世界の食物連鎖の上位に位置する存在とされるだけの力を有しており、少しでも油断すると死んでしまうと思えるほどには強い。




「豊香!」




 豊香の危機を察した達也はドラゴンの頭の真下に入り込み、そこから垂直に跳躍した。

 そして、聖剣を構え、魔力を通した。




「オーバーエッジ!」




 さっきのサンド・ウルフの時とは違う。

 先ほどよりも高密度で太く形成された刃がドラゴンの首筋に当てられた。

 ドラゴンの強靭な鱗と骨を絶つ事に特化させた刃がぶつかった。

 だが、ドラゴンは本能的だったのか首筋から斬撃が放たれるのを反応したように首筋の鱗が淡く光出したかと思うと鱗が一気に硬質化、オーバーエッジの刃を食い止めた。


 ドラゴンは知能が非常に高く、戦闘に関しては非常に戦術的な生き物だ。

 こうして、鱗に魔力を集中させる事で急所を守る事もできる生き物である。

 並の相手ならそれだけかなりの脅威になっただろう。

 だが、それでも達也は止まらない。




「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」




 達也は持てる魔力の全てを聖剣に注ぎ込んだ。

 7翼だからこそできる圧倒的な魔力ポテンシャルと魔力制御能力によるゴリ押しがドラゴンの鱗を絶ち、首を刎ねた。

 ドラゴンは事切れ、地面に落ちた。

 吹き飛んだ頭部は頭から地面に落ち、瞳からは色が無くなった。

 達也は魔力を使い切り、その場で膝をついた。

 肩からは息が上がり疲労困憊だった。

 そんな達也に豊香は心配そうに歩み寄る。




「達也、大丈夫?」


「あぁ、魔力を少し使い過ぎただけだ」


「そう……でも、ありがと。お陰で助かったわ」




 明らかに「少し」ではないのは目でみれば分かるがそこは敢えて触れなかった。

 彼が自分の為に無理をしたのだ。

 お礼を言う事はあってもそれに関して深く詮索したり叱咤するつもりもなかったからだ。




「これで……オレ達も立派なドラゴンキラーだな」


「そうね。ドラゴンを倒せる者はこの世界では一人前らしいしね」


「これなら魔族とも十分に戦えるな」


「そうだと思うけど、油断はできないわ。相手がどんな存在なのかわたし達は知らないんだから……」


「なに、大丈夫さ。いざとなったらまた、オレが無理をすれば良いだけの話だ」


「こら、またそうやって調子に乗る」




 豊香は達也の額を小突いた。

 だが、今回は口やかましく言うのは止めておく事にした。

 助けて貰った身の上で口出しするのはどうにも気が引けるからだ。




「まぁ、今は生きて勝利した事を喜びましょう」




 豊香は達也の肩を持つ微笑んだ。




「あぁ、そうだな」




 豊香の肩に担がれながら達也はクラスメイト達の元に歩いて行った。




 ◇◇◇




 そもそも、勇者とは何者なのか?

 国語辞典等で調べれば”勇気のある人。勇士。”等と言う回答を得るだろう。

 それもまた、正しい答えだ。

 だが……現実の勇者は全く別の意味を指す。

 

 勇者とは、邪神が世に混沌を齎す為に造り上げた「正義」の存在だ。

 「正義」と「悪」を対立させる事で争いを生み、膨大な魔力を搾取する為のいわば、システムの1つに過ぎない。

 勇者と言う名前なのはただのイメージ戦略に過ぎない。

「勇者と言えば、善良だ」と言う大衆的なイメージに基づいて産み出されたいわば、偶像の産物……それが勇者だ。

 そして、勇者と成った者達は己が主人公と思い込む自尊心やメサイヤシンドロームに駆られ、自分が正義である事を疑わない。

 故にその行いは当然、全てが「義」であると思い込む。そのように思い込むが故にその行動に「独善」「妄信」「保身」が入り込んでも一切、己を顧みる事が無くなる。

 

 それが本人の無意識に精神を蝕むのでそれが悪化するといつしか、窃盗、強姦、強盗、詐欺、殺人、恐喝、誘拐、凌辱の類の事を行っても感覚が麻痺しているのでそれを「義」であると疑わず、「正義」を執行しているつもりで戦争を増長する戦犯的な行動すらも平然と行い、その罪悪感すら湧かない。

 本当に理想的な「勇者」をやっている者はあらゆる世界を数えてもごく少数しかおらず、そう言った「勇者」は自己欲求の類が存在しない事が特徴だ。

 本物には「正義」と言う名の「独善」すら存在しないのだ。


 そして、ここにいる彼らは「勇者」になってしまった。

 今後、彼らがどんな道を歩むのかは定かではないが、少なくとも「本物の勇者」にでもならない限りは死の運命が彼らを引き剥がす事はないだろう。

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