今の世界について

 ワオの町


 

 

 先日来た派遣団を追い返した事で復興費の確保に成功した事もあり、ワイバーンによる被害補填は順調だった。

 ただ、ワイバーンが縄張りから消えた事で森の中の魔物の縄張り範囲に変化が起き、普段現れないような強力な魔物がこの辺りに出現するようになっていた。

 各村等でも被害が発生、騎士でも対応できないので冒険者ギルドに依頼が殺到する。

 しかし、報酬と討伐難易度が割に合わないと言う事もあり、引き受ける者はいなかった。

 ある1人を除いては……。




「依頼完了しました」


「御苦労様です。相変わらず、仕事が速いですね」




 受付嬢フランがまるで自分の事の様に誇らしく、微笑んでいた。




「あなたが魔物討伐を引き受けてくれるからこの辺りの人からギルドの評判はかなり上がっているわ。流石“蒼髪の聖女様”ね」




 最近、そのように呼ばれていた。

 アリシアが依頼を受けた村に行くとアリシアの事を聖女と呼び慕ってくれる村長などをよく見かけるようになった。

 なんでもアリシアが以前、助けた村の村長がアリシアの事を聖女だと触れ回っているようだ。

 実際、低報酬で高難易度の討伐を請け負ってくれる人間なんていない。

 誰でも嫌がる仕事を率先して行える人がいるとすれば、その人はまさに聖人であろう。

 村人達から見れば、アリシアはまさに聖女であり、ベビダ教の生臭教徒とは違った。

 アリシアは決められた報酬だけをしっかりと受け取るのだ。

 普通の事かもしれないが、冒険者の中には報酬を吹っ掛ける輩もいる。

 況して、低報酬で高難易度を受けるのだから、普通は吹っ掛けられても可笑しくはない。

 なのにアリシアはそれをしないので余計に聖女として噂が広まっていた。




「わたしは聖女ではありませんよ」


「ご謙遜を……あなたの行いは見る人がみれば、聖女そのものです。もっと自信を持つべきです」


「そうですかね……」


「そうですよ。あのハーリ様もあなたを高く評価しています。だからこそ、特例冒険者の地位を得られたのです」



 

 特例冒険者と言うのは一言で言うと領主の懐刀だ。

 領主から直々に指名依頼される冒険者に与えられる称号であり、これがある限り領内では領主のバックアップを受けて活動する事ができる。

 要するに領主の私兵に近いのだが、代わりに必要な物品等は領主側の払ってくれるので恩恵は大きい。

 加えて、聖女と呼ばれるアリシアを抱き込む事で領民からの指示を得る狙いもある。


 別に聖女になろうと思って行動したわけではないのでなんとも言えないところだ。

 ただ、それを面白く思わない連中もいる。

 アリシアが受付から離れようとするとガルスが道を塞いだ。




「おい、随分と調子に乗っているようじゃないか?」



「別に……」


「へぇ!口答えするなよ!罰として今回の報酬全部出せよ」




 アリシアが聖女として名声を上げる度にガルスやガルスの仲間達が気に入らないらしくこうして、嫌がらせをしてくる。

 この前、ギルド内の酒場でおつまみを頼んだら、実は毒が盛られており、軽く致死量だったが、”神回復術”で解毒したので事なきを得た。

 どうせ、ガルスが手を回したのだろうが証拠はない。

 こんな相手に真面に関わっていたら気が狂いそうなので無視して外に出ようとした。





「おい!待てよ!」




 ガルスがアリシアの右肩を掴んだ。

 それと共にアリシアは咄嗟に屈み込み、背負い投げを放った。

 ガルスはギルドのドアを突き破る横転して気絶した。

 アリシアはフランの方を見た。

 フランは察して口を開く。




「この場合、先に攻撃したのはガルスさんなので弁償はガルスさんにさせます。そのままおかえり下さい」





 言質を確認するとアリシアはそのままギルドを出た。




 ◇◇◇




 この日はアリシアにとってはちょっとした転機だった。

 素材などを売った事でお金が溜まったので宿を撤去して町の一角にある空き地に向かった。

 ここがアリシアの家だ。

 最初は家を買おうとしたのだが、この町ではアリシアは魔族であり、どの不動産屋も家は売ってくれなかった。

 そんな困り果てたところで”管理者権限”を調べているとある事に気付き、再度不動産屋と交渉、「土地だけで良いので売って下さい」と交渉した。

 不動産屋は訝しんだが、相手が特例冒険者である事は知っており、バックにいる領主に反感を持たれるのではないかと思われた結果、土地を売ってくれた。

 それがこの空き地だ。


 尤も、魔族差別のせいか、ただの空き地に家と土地代込みの高値を強いられ、それを払う羽目になった。

 本来なら、家に建てる金すら残っていないが、その問題も最近、判明したあの機能で解決できる。

 アリシアは”管理者権限”を開いた。

 そこには“拠点”と言うコマンドが存在した。


 詳細を見るとアカリ・ライトロードと言うアリシアの眷属に当たる神が造った”権能”と言う疑似絶対法則的な破壊不可防衛拠点システムとして、対邪神用防衛拠点と言うコンセプトで開発した建築物だ。

 使用者の神力を対価に任意の拠点を形成し建物を建てるようだ。

 性能を見る限り、普通の家を買うよりも拠点の方が絶対に安全だと分かる。

 どんなに低スペックでも最低でも対核攻撃も想定している安心仕様なのでこれで良いと思えた。




「作成実行。屋敷」




 コマンドを入力すると辺りが光出し、一気に白いレンガ造りの貴族の屋敷の様な家が出来た。




「おぉ、本当に屋敷が建った」




 この仕様に関して何も知らなかったので感嘆した。

 見た限り、耐震性も万全なようだ。

 家は空間に固定する形で固定されており地震が起きても家が少しだけ宙に浮きながら固定されているので揺れる心配はない。

 津波が来ても家が壊れない限り、空間固定式なので流される心配もないようだ。




「中はどうなってるんだろう……」




 アリシアがドアに近づくとカギのロックが外れる音がした。

 どうやら、生体認証式の扉らしい。

 中に入って分かったのは巨大なエントランスと目の前にある大きな階段にその左右にある廊下だった。

 どうも、音の反響の仕方からして内部は擬似4次元空間になっているらしく。

 外見より中は広い。

 アリシアは小走りしながら家にあるモノを確認した。

 厨房、風呂場、トレーニングルーム、ダイニング、洋式トイレ……そして個室、全て完備されていた。

 ありがたい事に個室にはパソコンと印刷機が置いてあった。




「ラッキー!これで執筆が捗る!」




 流石にネットには繋げないだろうがこれでもうわざわざ、手書きで書く必要がなくなった。

 そうと決まれば、早速と言う事でヘッドホン型のフルダイブ式のVR空間に入り時間加速した世界の中でWORDを立ち上げ、ラテン語に変換し文字制作アプリで現代語を作成データ化し出版した本と全く同じ本を作成し、印刷を開始した。

 取り敢えず、10000部ほど印刷する。

 その後、一度、VRから出て近くの冷蔵庫から市販のペットボトルに入ったレモンスカッシュを取り出し、席に戻った。

 ちなみにレモンスカッシュは伊藤〇のレモンスカッシュであり、アルミ缶で冷温3度でキープされたレモンスカッシュではないのが不服だが、アメリカ産の果糖ブドウ糖が入り過ぎている可笑しいレモンスカッシュよりも信頼と安全性のある伊藤〇のレモンスカッシュがあるだけアリシアとしては満足だった。




「さて、一応他の機能も……て、アレ?」




 パソコンの右下のバーを見るとあるモノ目に入る。

 事に気付いた。

 のだが、確かにアンテナが立っており、ネットに繋がっていたのだ。





「どうなってるの?」




 アリシアは動作確認の意を込めてニュースアプリをタップした。

 すると、ニュースには「ウクライナ緊迫!謎の異邦人によりウクライナ国民への人権侵害!」とか「日本で◯◯高等学校の生徒が集団で行方不明!神隠しか!」とか「人工衛星全て破壊!原因は不明!」などと書かれていた。

 明らかに地球のニュースだった。

 それも学校の名前と行方不明者リストは明らかに自分とクラスメイト達のモノだった。




「えぇ?何が起きてるの?」




 まるで現状が把握出来なかった。

 なので、もう少しニュースを調べた。

 どうやら、このニュースは主にウクライナ国内の報道が載せられていた。

 1ヶ月前に日本のアリシアが所属していた高校付近で謎の電磁波が観測された。

 その電磁波は局所的に放電され、周辺の電子機器を破壊し光の柱となりつつ天に伸びた。


 そこから大気圏外に向けて全面的に電磁場を放出したと同時に静止軌道にまで到達に全ての人工衛星が破壊された。

 これにより地球の情報インフラが完全に麻痺した。

 それが丁度、1ヶ月前であり現在、世界各地の情報はこの事態にいち早く対応した日本の長距離通信を研究していた機関の行動により世界各地に設計図を拡散する事で配備された長距離中継機を介す事で何とか、通信インフラを守っている。


 とは言え、回線の容量の関係でマスコミや政府の機関の情報が優先され、一般回線はあくまでローカルの範囲内に留まっている。

 各企業などは独自に連携して通信の確保に躍起になっている。

 なお、ニュースなどの更新は通信容量の関係からリアルタイムとは行かず、2週間近い遅延が発生している。

 ウクライナに届いた日本のニュースは2週間前のものと言う事だ。


 現状の最新の情報はウクライナ国内のニュースに限定されていたがそれでも多くの事が分かった。

 日本で起きた電磁波障害の直後にウクライナの国境に面していたヴァロネジ、モスクワを含む辺り一帯が見慣れぬ異邦の地に変わり、見慣れぬ民族衣装をした手の甲に翼の紋章が刻まれた独特の民族を見つけた。


 彼らはウクライナの国境警備隊がパスポートを見せるように促してもまるで言葉が分からないような素振りを見せたと言う。

 しかも、現代人とは思えない馬車を轢いた一団だった為、只ならぬ事情があると察し警備隊はその異邦人に可能な限りのコミュニケーションを取った。


 だが、彼らはウクライナ国境警備隊の手の甲を見るなり態度が豹変、杖のような兵器を使い、そこから火の玉を出し、警備隊の1人を焼き殺す。

 それに敵対行動をされたと判断した国境警備隊は銃を乱射、交戦状態となる。

 銃撃戦の末、警備隊は異邦人達を撃退し異邦人達は元来た道を戻った。


 それから僅か3日後……異邦人達はまるで報復行動と言わんばかりに騎士甲冑を纏った部隊を伴い再び、国境に現れた。

 警備隊もまさか、大規模な侵攻が起きるとは予想だにせず、更に本来、機能するはずの通信インフラが麻痺した事も相まって、3日前の事態の報告が遅れた事で事態は悪化、その甲冑部隊は弾丸すら寄せ付けない鎧の装甲値と物量で国境を押し上げ、ウクライナの東側を実行支配した。

 これにウクライナが気づいた時には既に国土の5分の1が占領されていた。

 その間、何度も停戦を申し出る為に使者を遣わしたが、使者は帰って来なかった。

 寧ろ、彼らに仕込んだ心肺測定器が停止した事だけは確認した。


 更にそこから7日後……ウクライナは領土奪還作戦に備えていた。

 そんな最中、敵との国境付近で命からがら敵から逃げて来た民間人を保護する事に成功した。

 その民間人の証言はウクライナ国民を激怒させた。

 異邦人はウクライナ人をまるで“物”のように扱い、人権と呼べるモノを一切顧みず、更には訳が分からないままに惨死刑や火刑に処した等々、とても人間の所業とは思えない非人道的な行いの数々を聴いた。


 実際、その民間人も肉の一部が抉れるほどの鞭を打たれた跡があり、餓死寸前だった。

 これを受け、ウクライナ政府は手の甲に翼を持つ異邦人をテロリストと認定、相手とは一切の交渉の余地がないと判断した。

 ウクライナはテロリストを容認する国家との全面戦争を視野に入れ、戦争準備を開始。

 敵が未知の攻撃を仕掛ける事から彼らには「人間でない」=「人権を適応すべき存在ではない」と判断、公式上廃棄されたとされる核兵器の使用も「状況に応じて使用する事を前向きに検討する」と政府は公式に発表した。

 そして、ウクライナの反攻作戦まで大よそ、1ヶ月を切っていた。




「……割と不味くない」




 率直にそう思った。

 どちらが勝つにしても核兵器は不味い。

 幸い、ワオが攻撃されてもアリシアは“屋敷”の防御力でやり過せるだろう。

 放射線に関する心配もアリシアには関係はない。

 アリシアの細胞は放射線では染色体は破壊されない。

 ただ、それ以外の者はその限りではない。

 辺り一帯が人が住めない土地になるのは勿論の事だが、場合によっては威力が大きすぎる場合もある。


 恐らく、ウクライナが持っている核は旧ソビエトの核時代の核である可能性が高い。

 その頃の核は冷戦が激化した時代に造られた物でありとにかく、威力が大きい。

 核兵器の抑止力と銘打って強大な威力を求めて造られており、近代の核のように「地球で使っても大丈夫な核」の威力では設定されていない可能性が高い。


 あの当時ならツァーリボンバーかそれに比肩する核が造られていた。

 ウクライナが持っている核は恐らく、それだ。

 だとすると、惑星に影響を与える威力になるかも知れない。

 勿論、そんなモノを使えば、星が持たないと普通なら分かる。

 普通なら……

 

 しかし、ウクライナの国民感情はかなり激化しており政府も「前向き」に核使用を検討していると発表している事から理性的に考えていない可能性が高い。

 況して相手に対して「人権がない」「人間ではない」と公式が認めている以上、対話不能な怪物として核を使う事も十分にあり得る。

 少なくともアリシアと言う女神が知る人間ならそのくらいする。

 人間とはそう賢い存在ではない。

 もっと、感情的で愚かな生き物なのだ。

 それ故に時として突飛でもない事を平然とやってのける。

 例えば、世界が「混沌と闘争の世界」になると分かっていながら悪魔に加担するとかだ。




「とは、いえどうしようかな……」




 色々と困難が多い。

 まず、最も現実的なのはノーティス王国が正式に謝罪すれば、良いと言う事だ。

 「不幸な行き違いでした」と頭を下げれば、なんとかなる。

 ウクライナ国内での反感は買われるだろうが、その場凌ぎで戦争は回避できる。




「ただ、絶対に謝らないだろうな……」




 そう考えると暗鬱だった。

 十中八九、ノーティス王国がウクライナを攻めているのはウクライナ国民を“魔族”だと思い込んでいるからだ。

 彼らからすればベビダ教で“異端”とされる魔族がいつの間にか国境付近におり気が立っているだろう。


 これまでの情報を累計するとノーティス王国の隣国であったリブセーフ王国がアリシアが住んでいた地球のウクライナに置き換わっている。

 そして、恐らくウクライナからすればモスクワなどがノーティス王国に置き換わっているように見えるだろう。

 それが何らかの転移攻撃によって地球にノーティス王国一帯が転移したのか?それとも別の理由なのかは分からないがこのままでは戦争になるのは間違いない。




「然るべき、ところに報せた方が良いよね」




 アリシアはすぐに家を飛び出し、ハーリの元に向かい、事情を説明した。

 ノーティス王国が攻撃した者達は“勇者”と同じ世界の人間であり、魔族ではない。

 このままでは核兵器……大地を滅ぼすほどの火炎を放たれ、この地が滅びるかも知れない。

 核兵器に関して理解がない彼にも分かるようにそのように説明した。


 彼はすぐに書簡を書き、ノーティス王室と教会に手紙を送った。

 だが、その返答は予想通りのモノであり「異端の言う事等一切信用できない。況して、情報の出どころが魔族であるなら猶更だ」の一点張りだった。


 アリシアも手紙の作成には協力してなるべく、論理的に説明したつもりだった。

 しかし、彼らは一切聴かなかった。

 それが人間と言う生き物だ。

 論理的な説明よりも自分が信じたいモノだけを信じる。

 そう言った感情的で愚かな生き物なのだ。

 この時点で既に残り20日となっていた。

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