領主からの依頼
翌日
冒険者の依頼の掲示が大体、朝方に更新される事もあり、アリシアは敢えてその時間を外し、午前は調べ事をしていた。
調べているのはこの国に関する事と最近の情勢だ。
この国はノーティス王国と言う内陸国家に属する国のようだ。
国教はベビダ教である。
と言うよりこの世界は唯一神がベビダなのでベビダ教しかない。
この国の主な産業は魔術的な工業製品に特化しており、魔導具造りが盛んのようだ。
隣国にもいくつか国があるがそれは今、さほど重要ではない。
近隣国とは概ね仲が良いと言った感じだ。
問題なのが、ノーティス王国北西部にある永久凍土地帯一帯の国家である魔族領カスペル王国との問題だ。
この世界の人間はベビダ教の教えが国に根付き、魔族を絶対悪とする事である種の必要悪を産み出した事で人間同士が連合していた。
最近の状況で言えば、魔族側が北から南下しノーティス王国の北西部を制圧、実行支配しているようだ。
現在、人間側が劣勢に立たされているが人間側は召喚した“勇者部隊”の派兵を決定したと王室の公式発表で明らかになり、そう遠くない内に魔族と戦争状態になると考えられた。
また、ノーティス王国内には奇妙な噂が流れており、“紋章を持たない魔族”がノーティス王国内で確認されているようだ。
この世界では紋章は子供でも持っているが、その魔族は成人しているにも関わらず、紋章を持っておらず、また魔術が使えないようだ。
ただ、そのような魔族は一部の例外もなく捕まり公開処刑されるか、奴隷に堕とされるか、されているようで謎が深まるばかりだった。
また、ノーティス王国内の東隣りにあったリブセーフ王国が全く違う異邦の大地に変わっており、見た事もない民族衣装を着た魔族と思わしき集団と鉄の牛車を見たと言う目撃情報が入っていた。
これに関しては皆目見当がつかなかった。
少なくともこの国では”紋章無し”=”魔族”と言う扱いになっているらしい。
タンムズは紋章無しを見た事がないと言っていたのでアリシアは自身が特異体質だと公然する事でなんとか誤魔化していたが、このまま冒険者ギルドに行くと襲われる可能性があるかも知れない。
(このまま町を離れた方が良いかな?)
余計なリスクはできる限り負いたくはない。
万が一にも自分が死ぬ事はあってはならない。
自分以外に邪神を殺せる者がいないからだ。
少なくとも自分が邪神を殺さなければ、受付嬢のフランと武器屋のローグが悲壮な目に会うかも知れないとは思う。
それを考えると弱体化している自分がリスクを負う事は彼らの為にもならない。
(お金も貯まっているから……もう良いかな?)
ローグに昨日あのような啖呵を切ったような事を言ったが、状況が状況だ。
背に腹は代えられない。
アリシア自身、既にこの町を斬り捨てる事を覚悟して宿をこっそり抜け出そうとした。
だが、宿の入口に立つと何か揉め事が聴こえた。
その声には聞き覚えがあった。
1人の声はアリシアへの迫害を扇動したガルスだ。
だが、もう1人の声に関しては分からない。
ただ、ガルスや取り巻きの声が外から聴こえていると言う事は自分が既に包囲されていると見るべきかも知れない。
この場合、裏手に回って逃げるか……と考えたが、よく耳を澄ませると裏手にも誰かがいる。
ただ、少し様子が変なのはその人物達は金属製の鎧を着ている事だ。
鎧の音が微かに聞こえている。
だが、ガルスの仲間に金属製の鎧をつけた者はいない。
ガルスの仲間ではない。
更に混迷させたのは裏手で誰かと誰かが揉めている事だ。
内容は分からないが声の抑揚からしてガルスの取り巻きの声だ。
裏手でも誰かと揉めているのだ。
ますます、以て状況が分からない。
(とりあえず、情報収集に徹しますか)
アリシアは入口の扉に耳を当てる。
外ではガルスと誰かが揉めていた。
「だから!ここに蒼髪の魔族の女がいるんだぞ!そんな奴を放置できるのか!」
「放置するかしないか領主のわたしが決める事だ。一介の冒険者風情が口を出さないで貰いたい」
「なんだと!領主だからって調子に乗るなよ!アンタを魔族に加担した異端として異端審問官に突き出してもいいんだぞ!」
「ふん!やれるモノならやってみる!お前のような猿の主張とわたしの主張どちらの主張が通るかその足りない頭で考えると良い」
「誰が猿だ!おら!」
「猿に猿と言って何が悪い。お前は吠えてばかりで何もしないではないか。なら、お前達がやってくれるのか?わたしは一向に構わんよ。お前達にワイバーンが討伐できるならわたしがそのアリシアと言う女に拘る理由はないからな」
「くっぐぅぅぅ」
どうやら、話を聴く限りガルスと話しているのはここの領主であり、ワイバーンの討伐を自分にわざわざ、依頼しに来たようだ。
そこで丁度、ガルスと鉢合わせ口論になったようだ。
領主の近くからも金属製の鎧の音が聴こえる。
ヘルツからして同じ素材を使った鎧だ。
つまり、裏手に回っているガルスの仲間を抑えているのは領主の私兵である可能性が高い。
だとすると、この場を無事にやり過すには領主に取り入った方が無難と考えるまでそう時間はかからなかった。
アリシアはすぐに鎧に換装してこっそりとドアを開けた。
「あの……」
「あぁ!お前!」
ドアから出て来たアリシアにガルス達が一斉に武器を構える。
だが、それと同時に領主と思わしき金髪の40代くらいの太々しい感じの男性が手を上げ、背後の私兵がガルス達とアリシアの間に入りガルス達を抑えた。
すると、領主はアリシアに視線を向ける。
「君がアリシア・アイか」
「はい。そうです」
「ふむ……」
領主は品定めをするようにアリシアを見つめた。
「ジャイアント・トレイトやグリッタービートルを単騎で討伐したらしいが本当か?」
「本当です」
嘘を言っても仕方ないので本当の事を答えた。
ただ、それを領主が信じるかは別問題だ。
人とは、真実を伝えたとしても頑なに事実を拒む生き物だ。
正直に答えても嘘つき呼ばわりする事もあり得る。
それはガルス達から注がれる視線でも明らかだ。
だが、領主は何を思ったのか「うん、そうか」と勝手に得心した。
「では、冒険者アリシア・アイに領主であるハーリ・ロンフォードが依頼する。君には西の森にいるワイバーンの巣に行って貰いたい」
「それはワイバーンの討伐依頼ですか?」
「可能なら討伐して貰いたい。だが、本題は別だ」
ハーリと言う男は表情を変えなかったが少し重苦しい懇願のような口調で口を開いた。
「どうか……ワイバーンの巣に連れて行かれた娘を救ってくれないか」
それが本来の依頼のようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます