魔族について

 結論を言えば、魔族も人間も同じ人間だった。

 肌の色も思考も同じ、誰かを憎み、誰かを愛し、誰かを愛でる。

 一見するとこの両者に大した差はない。

 なら、何がこの両者を分けたかと言えば“紋章”だった。

 一般的に“人間”とされる種族は3翼以上の“紋章”がある者が人間であり、それ以下の紋章は“忌み人”として扱われる。

 最大の要因としてはこの常識を決めたベビダ教が紋章の翼が多いほど神に近い者であると言う慣習を持ち、それを神の教理としている為だ。


 その歴史的な背景からこの世界では2翼以下の紋章を授かった者は悪魔に属した“魔”を司る存在であり「生まれた事が罪である」として、紋章が発覚した時点で子供であっても“異端”として扱われ、教会の名の元に処刑されたり、それを匿った者は匿った家族や村全体を“異端”として処断するほど徹底しており、この世界では“紋章”が低い=魔族=絶対悪のように扱われている。

 ただ、それでも魔族と断じられた人間の中には上手く落ち延びた者もおり、そう言った人間が次第に集まった結果、魔族と言う1つの種族が出来上がるまでになったらしい。


 そして、長年の研鑽により魔族は人間とは違う独自の魔術、通称“外術”と呼ばれる魔術とは別系統の魔術を編み出した。

 外術は扱い難い代わりに魔術以上の高いポテンシャルを秘めた魔術であり、人間の使う魔術よりも高威力で高効率なのが特徴である。

 それにより魔族は人間ほどの数はいないが数の有利を覆すだけの魔術を扱えるので現在も生き残り台頭している。


 恐らく、最近魔族側の勢力が活発化した事でベビダにより異世界からクラスメイトを召喚した……と言う事になるのだろうとアリシアは予測した。

 これで点と点が繋がった。

 恐らく、ベビダの目的は膨大な魔力の確保だ。

 魔力を造る為に悪害感情を世界に広める必要があった。

 その為に“紋章差別”を利用して敵意や憎悪、紋章による愉悦から来る高慢等を増長させて魔力を世界に満たしていた。

 だが、ここに来て魔族が勢力を拡大し、ベビダにとって魔力を産み出してくれる人間の数が減ったのだろう。


 その対抗策兼魔力補充として異世界から魔力適性の高い地球人を召喚したのだろう。

 地球人は確かに魔力を多く持っている。

 代わりに魔術の類が使えないように徹底的にブロックされた存在が地球人だ。

 特に日本人は“信仰”がない事もあり、魔力を発生させるに適した精神構造をしている。

 魔力素養が海外に比べて高かったからこそ、ベビダに目を付けられた可能性がある。


 ただ、そのブロックも絶対ではない。

 今回のように紋章さえ与えれば、元々のポテンシャルを十全に発揮できる。

 そうなれば、転移したクラスメイトが何をするか、自ずと決まって来る。

 況して、クラスメイトを平然と人を殺して嗤うくらいだ。

 ベビダの傀儡になるのは時間の問題だ。




「なるほど……どこでも変わりませんね」




 アリシアの感想は非常に淡白だった。

 どこでも人はそんなに大差ない。

 大した理由も無いのに平然と差別して、自分の欲求を叶える踏み台にしたがる人の堕落した精神。

 教会も紋章差別のお陰で権威的なモノを振り翳し、私腹を肥やしただろう。

 それはタンムズの豪華な服装を見れば分かる。


 教会とは本来、そう言った着飾った服装や装飾はしない。

 ただ、質素で厳かに敬虔に信仰を捧げるところだ。

 タンムズのアレは服装からして信仰ではない。

 ただの貪欲だ。

 そう言った事は前世の時代から行われていた。

 人を「異端」と決めつける者は大抵、その者自身が「異端」だ。

 そうやって、自分にとって都合の悪い者達を公然的に消すのだ。

 この世界では魔族に対して同じ事をしている。

 こんな行いを見れば、人間の事はちっとも面白くない。

 ただの機械とそう大差ないからこそ、アリシアの回答は自然と淡白だった。




「ちなみにですけど、今の在り方が可笑しいとは誰も思わなかったのですか?」




 アリシアはローグに対して質問した。

 大体、回答の内容は予想がついていたが、なんとなく聴いてみたくなった。




「そりゃ、可笑しいと思う奴はいるだろう。オレも紋章だけで全てを決めるのは間違っているとは思う。だが、そう思える者は少ない。それにそんな思想を抱いたら“異端”として処断されるかも知れないからな」




 予想通りの回答だった。

 大よそ、「周りが差別しているから差別しても良い」と言う集団心理に流され、そのように「可笑しい」と考える者が少ないのだろう。

 寧ろ、「可笑しい」と思える人間の集まりが魔族なのかも知れない。

 紋章の翼の数が多いほど魔力に毒されるなら、その思考は悪魔や邪神寄りの思考になる。

 紋章差別を公認した邪神がいるなら差別して当たり前であり、魔力が少ない魔族の主張が人間からすれば「可笑しい」となるのだろう。

 後は数の暴力で魔族を絶対悪に据えれば、差別として完璧だ。


 人間とは、古来なら数で徒党を組んでよく考えもせず、無条件に固執や先入観で物事を決めて来た。

 だからこそ、あの大戦でもアリシアが警告しても人間がよく考えず、アリシアを排斥、悪魔側に付き、アリシアと敵対した。

 人間なんて、所詮はその程度なのだ。

 環境に流された程度で平然と不法を行える軟弱、脆弱、惰弱な生き物に過ぎないのだ。

 この回答が予想通りだった事もそれを証している。




「おっと、この事はあまり言いふらさんでくれよ。オレはまだ、死にたくないんでな」


「分かりました」


「それともし、紋章が低い事で迫害されているなら早く町を離れた方が良い。いつ、異端審問官が来るかも分からないからな」




 店主は見ず知らずのアリシアの事を憂い忠告した。

 アリシアとしてもその忠告は嬉しかった。

 しかし、それを聴く訳には行かなかった。




「ご忠告感謝します。しかし、わたしをまだ、町を離れるつもりはありません」


「……覚悟は出来ているのか?」


「死ぬ覚悟はいつでも出来ています。ただ、死ぬつもりは毛頭ありません。それにわたしが町に残るのはもっと私的な理由です」


「と言うと?」


「邪教如きにわたしの道を譲ったら、わたしの矜持に反するからです」




 アリシアは堂々とそれでいて理路整然に言い放った。

 邪教如きに神であるアリシアが屈する事などあってはならない。

 自分の命を守る上でも他人の命を守る上でも女神である自分が邪神に忖度する等決してあってはならない。

 その道を阻むなら、その全てを皆殺しにしてでも前に進む。

 女神になった日からそのように決めて、それを矜持としているのだ。




「その道は過酷だぞ」


「だとしても、避ける訳には行きません。それにわたしがその道を歩んで多くを救えるならわたしは喜んでそこに飛び込みます」




 アリシア アイと言う女神はそのようにして生きて来た。

 誰かを生かす為の戦いを長く続けて来た。

 今更、そのスタンスは変えられない。

 この世界に自分がそこまでして救うに値する人間はいないかも知れないが、それでも自分が自分で有り続ける為、自分を生かす為にはその道を通るしかなかった。

 ただ、今のはアリシア的には自分のスタンスの話だったのだが、店主は少し誤解した。




(この女……目がガチだな。本気で言ってやがる。自分が犠牲になる道をそこまで覚悟して進む気か。こう言う人間を聖人……いや、聖女って言うのかも知れないな)




 少なくとも人の目利きが出来るローグにとって、アリシアの顔つきや態度が虚勢や口先だけのモノとは思えなかった。

 こう言った顔の人間は自分が決めた事を何度もやり通した人間の顔……それこそ、職人が持ち合わせる気質であった為、ローグとしても親近感が湧いていた。

 きっと、この女なら自分で決めた事を必ずやり通す強い意志があると顔から分かってしまうのだ。




「そうか。なら、オレから言う事はねーよ。精々、頑張んな」


「そうさせて貰います。長話が過ぎましたね。わたしはそろそろ、失礼します」




 アリシアは軽くお辞儀して店を後にした。

 静まり返った店の中でローグは独り言を言った。




「頑張れよ。未来の聖女様」




 それは彼が1人の肩を並べるに値する職人と認めた証だった。

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