武器屋にて
翌朝
ギルドに行くのが暗鬱だが、仕事をしないわけにも行かないのでアリシアは仕事に赴く事にした。
アリシアがギルドに入ると「見ろ!クズのアリシアだ!」「また、依頼を偽装する気だぞ!」と見せ物のように嘲笑われたが、関わるだけ面倒なので無視した。
相変わらず、更新された優良案件は既に取り尽くされていた。
尤も余計な物事を避けたかったので、アリシアがわざと冒険者達が集まる時間帯を避けているのも理由である。
その結果、昨日と同じように取り残された2件の依頼が目につく。
恐らく、前回のジャイアント・トレイトのように割に合わない仕事なのだろう。
その中でアリシアはグリッタービートルの羽6枚の採取の依頼を取り、受付嬢フランの元に向かう。
特にそれを選んだ理由はない。
ただ、輝くカブトムシがどんなモノか見てみたかっただけだ。
そこで受付嬢と対面すると受付嬢がアリシアの顔を見て悲壮そうな顔を浮かべた。
(また、嘲られているのかな?)
アリシアの思ったが次の言葉がその思考を遮った。
「アリシアさん。申し訳ありません」
受付嬢は軽くお辞儀して謝った。
予想外の反応にアリシアもどう返して良いか困惑した。
「ジャイアント・トレイトをたった1人で討伐されたのにうちの冒険者達があんな暴言を吐いて……本当にすいません」
彼女は謝ってくれた。
誰も信じてくれない中で彼女だけが、アリシアの行動を信じた。
だが、アリシアも用意に人間を信用出来るほど純粋ではない。
だからこそ、疑ってしまう。
「あなたはわたしが嘘をついているとは思わないのですか?」
「思いません」
彼女は正眼を据えて、断言して答えた。
「あなたが嘘を言っているようには見えないのもありますが、ジャイアント・トレイトはそう簡単に討伐出来る魔物ではありません。あなたがジャイアント・トレイトの枝だけを持って来たなら、その辺に落ちた死体を討伐したと偽ったと疑ったかも知れませんが、あなたは根本を持って来ました。ジャイアント・トレイトは根本を回収しなければ、また生えて来てすぐに移動します。根本を持って来た以上、死体で転がっているジャイアント・トレイトを回収したと考えるのは不自然です。そんな事はここにいる誰でも知っていて当然の事です。なのに、みんな、あなたにあんな言い方をするなんて……実はちょっと失望してるんです」
どうやら、彼女はアリシアの事をよく見て、考えてアリシアの事をちゃんと評価しているようだ。
その事実を知れただけでアリシアとしては何処か、心に安堵とゆとりが生まれたように感じた。
「ありがとう」
アリシアは素直にそう思った。
「それでこちらの依頼でよろしいですか?」
「はい」
「今回も危険な依頼ですが、ジャイアント・トレイトを倒せるなら大丈夫でしょう。どうか、お気をつけて」
アリシアは何を言わず、ギルドの外に出た。
少しだけやる気が出た。
どうか、お気をつけて
何気ない一言だったが、その一言にはアリシアの事を憂う気持ちが込められていたのをアリシアは感じていた。
自分の帰りを待ってくれる人がいるなら帰還せねばならないと思える気持ちが少しだけ込み上げた。
◇◇◇
今回の依頼は町にある武器屋からの依頼だ。
なんでもグリッタービートルの羽を使って鎧を造るらしい。
”管理者権限”によるとその羽は非常に硬質で光沢感があり、工芸品として徴用される一方で高い”光魔術”に対する耐性を有している優秀な素材だ。
アリシアはグリッタービートルの生息域に向かい、そこで夜を迎えた。
獲物を狩るのは夜だ。
昆虫とは、光に対して真っすぐ進もうとする性質を持っている。
この性質を利用して夜に”神光術”を使って明りを灯し、グリッタービートルを呼ぶ作戦だ。
ついでに昆虫が好きそうな蜜もその辺の木に塗っておいた。
待つ事、1時間
夜行性のカブトムシとそう変わらないようで、こちらに向かって接近する羽の音が聴こえた。
「来たか……」
夜の闇の中でもその緑色の光沢感が目を引くカブトムシが飛んで来た。
体長は2.5mと言ったところだろう。
アリシアが展開した光目掛けて、直進して来る。
グリッタービートルは羽を傷付けなければ、どこを攻撃しても問題はない。
狙うは頭。
脳を的確に突き、即死させる。
アリシアは飛んでくるビートルと相対速度を合わせて肉迫した。
そして、交差距離に入った瞬間に角の上にある脳に刀の突き入れる。
緑色の血が出て失速するビートルを足蹴りして後方から飛んでくるビートルに肉迫、更にもう一度突きを放ち、絶命させる。
カブトムシは強大なパワーを持っている事から討伐難易度が高く設定されているが、そこまで目が良い生き物ではない。
彼らの行動は何かが接触したら片っ端に周りを巻き込んで攻撃する事なのだ。
つまり、攻略法としては気配を完全に絶って、一撃必殺で仕留めるのが最適解である。
アリシアはその調子で絶命したビートルを蹴り飛ばし、最後のビートルの脳を突いた。
これで目標であった6枚の羽を手に入れる事ができた。
「さて、目標達成したし帰ろ……うん?」
すると、森の奥から羽が羽ばたく音が木霊する。
すると、様々な虫の大群がこちらに迫っているのが見えた。
「あぁ……」
やってしまったと思った。
今回はグリッタービートルを呼ぶ罠を仕掛けたつもりだったが、この罠なら他の虫も呼び寄せてしまう。
神光術は既に展開を停止させたが、虫の内、何匹かはアリシアに標的を定めた。
大体が肉食昆虫だ。
「……やるしかないか」
どうも周りを包囲されているので逃げる事はできない。
もう戦うしかない。
アリシアは神力を高めた。
そして、全方位に向けて神術を放った。
「ライトニング」
アリシアの全方位から雷撃の槍が発射された。
雷鳴は群がる昆虫に群れに直撃する。
尤も雷鳴を見てから避ける個体もいたが、雷の性質上、側撃が起きてしまうので真横をすり抜けた雷が飛来し、昆虫達を感電させた。
そして、内部の中枢神経を焼き切るほどの雷が受けた昆虫達は絶命した。
アリシアは自らの神眼で周りの様子を確認した。
「敵影はないね。帰ろ」
一応、討伐した昆虫の魔物は全て空間収納に入れた。
◇◇◇
それから依頼人である武器屋の元に訪れた。
武器屋の店主であるローグはこんなに早く素材が入るとは、思っていなかったらしく瞠目した。
「凄いな。こんなに早く仕事を終わらせた上に素材の状態も良い。完璧な仕事だ!」
「それほどでもありません」
「謙遜するなよ。他の冒険者ならこうはいかなかっただろうよ」
武器屋の店主は豪快に笑いながらアリシアの背中を叩き、満足げな表情を浮かべる。
「これでオレも仕事が果たせるぜ!いや、本当にありがとよ。ほれ、これが報酬だ」
アリシアは銀貨2枚の報酬を受け取った。
それと同時に店の入り口が開き、そちらに目を向けると目線があった。
そこにはガルスと取り巻きの男達がおり、太々しい態度でアリシアに詰め寄る。
「よう、クズのアリシア!また、依頼を偽装したのか?」
「……そんな事はしていません」
「嘘吐くんじゃねーよ!今度はグリッタービートルだったか!あんな魔物を無翼のお前如きが狩れる訳がねーだろうが、どうせ、その辺に落ちていた死体を使ったんだろう。全くクズのやる事は本当に汚いよな!」
男達は下品に笑う。
アリシアはただ黙した。
何を言ってもどんな言い方を考えても相手は「受け入れない」とこちらの主張を跳ね除けるので話すのが面倒になった。
そして、今度はアリシアが反論しない事に不平を述べる。
「おい?どうした?なんとか言ってみろよ!お前はそんなセコイ事をしてないんだろう。ちゃんと反論しろよ。反論出来ないなら最初から口答えするんじゃねーよ!」
男は怒鳴り声を挙げながら、アリシアの胸倉を掴もうとした。
アリシアが本能的に反撃しようとする前に武器屋の店主が間に割って入り、その男を強く殴り飛ばした。
鍛冶屋として鍛えられているだけあり、ローグのパンチはかなりの威力があり男は入り口まで吹き飛ばされ、痙攣を起こした。
仲間が男の元に駆け寄る。
そこで店主が吐き捨てるように彼らに言い放った。
「お前らもう2度とオレの店に来るな」
「はぁ?」
「なんだよそれ!オレ達は客だぞ!」
「客だろうがなんだろうが……オレの仕事相手に言われのない暴言を吐いて黙っていられるか!この嬢がどんな思いで素材集めたのかも知ろうとせずに貶しやがって!それでも冒険者か!」
ローグは叱責した。
ローグは多くの冒険者を見てきた。
仕事で嘘を吐く人間も見てきた。
だから、目利きには自信があった。
少なくともアリシアは嘘を吐いていない。
仮にビートルの死体を回収したとしても魔物が跋扈する森の中でビートルの死体を探す方がリスクがある。
況して、ビートルの素材は死んでまもない綺麗な死体だった。
その辺に転がっていた死体であるとは考え難い。
寧ろ、死んだ直後に偶々、こんな状態の良い死体を拾って来たとしたらその主張を疑うべきだ。
故にアリシアが苦労して素材を見つけてくれたのはローグも理解していた。
そんな危険な仕事を引き受けた敬意を抱くべき相手に暴言を吐く輩が許せなかった。
「ここは相手の力量すら分からない冒険者崩れが来る場所じゃね!帰れ!」
「くそ!」
「覚えてやがれ、糞爺!」
彼らは悪態を吐きながら倒れた仲間を肩に担いで店を出た。
少しの間、静寂が店に立ち込める。
そして、アリシアは徐に呟く。
「どうして、あんな事を?」
あんな事を言えば、店の評判が落ちるかも知れない。
武器屋と言うのは冒険者のような戦士職がいるからこそ店が成り立つ商売だ。
言わば、冒険者との信用と言っていい。
だと言うのに彼の発言は、それを棒に振る行為に思えた。
「なんで?深い意味はない。単純に気に入らなかっただけだ。しっかり、仕事を果たした職人とも言える冒険者に対する態度じゃない。それが職人として気に入らなかっただけだ」
彼の中ではアリシアも職人らしい。
名工が名工を知るように職人も職人を知る。
ローグもその境地におり、アリシアの事を一眼見てそれを感じ取っていた。
「第一仕事を受けようともしなかった奴らが仕事を受けて果たした奴を貶すなんて正気じゃないな。お嬢ちゃん。何かやったのか?」
「それはわたしが聴きたいくらいです。わたしは出会った時から彼らに嫌われてました」
「それは紋章の事で差別されたのか?」
「紋章を教える前からです」
「そりゃちょっと異常だな。紋章を知られてあの態度ならまだ、分かるが……」
「紋章1つでそこまで態度、変わるモノなんですか?」
「そりゃそうだろう。1翼とか2翼だと魔族だと思われるからな」
ローグの口からアリシアにとって気になる情報が出た。
「紋章の翼の数と魔族は関係があるんですか?」
「なんだお前?そんな事も知らないのか?」
「紋章の在り方と無縁の地と過ごしたモノでそう言う事が疎くて……」
「今時、そんな地域もあるんだな。まぁ良いや。良ければ、教えようか?」
「良いんですか?」
「今更、そんな常識、人には聴けんだろう。それに今回はこっちが得したからな。少しくらいはサービスするさ」
その後、ローグの案内で店の裏手にある個室で椅子に座りながら魔族と紋章の関係について説明された。
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