女神は迫害される

 村に戻ったアリシアはジャイアント・トレイトの一部を村長の自宅で村長に見せた。

 村長は「まさか、本当に討伐するとは……」と呆気と取られていた。

 しかし、その顔は少し晴れやかではなかった。




「それで報酬の件ですが……」




 アリシアが話を切り出すと村長は苦い顔をした。

 そして、すぐさまにその場で土下座した。




「申し訳ありません!」


「ふぇ?」




 突然の土下座に困惑するアリシアだった。

 訳を聴く前に村長が事情を説明した。




「実は渡すはずだった銀貨2枚ですが……村の復興に当ててしまい出す事ができません!」




 村長の話によると村長達は半ば村を放棄する予定であり、その為の準備費に依頼料を既に当てており、アリシアが来た時にはその事を言い出せずにいた。




「あぁ、なるほど、そう言う訳ですか……」


「えぇ、ですから……我々をこの身を売るしかありません。何卒、村にいる者達を奴隷位にする際は手厚い恩情を……」




 どうやら、この世界には奴隷制度があり、借金の返済の手段として使われるようだ。

 ただ、アリシアは別に奴隷が欲しい訳ではない。

 寧ろ、周りにいても邪魔になる。

 なので、このように答える事にした。




「ご事情は納得しました。ならば、銅貨20枚で手を打ちませんか?」


「ど、銅貨20枚ですと……」




 村長は驚いた。

 安すぎる。

 この世界において、銅貨1000枚は銀貨1枚に相当し銀貨100枚が金貨1枚に相当する。

 アリシアが言っているのは本来、銅貨2000枚相当の報酬を20枚で済ませると言っているのだ。

 とても正気とは思えない。

 村長は裏があるのではないかと疑った。




「それは魅力的な話ですが……何か条件がお在りか?」


「いえ、ありません。銅貨20枚で結構です」


「し、しかし、それではあなた様が丸損ではありませんか……」


「そんな事ですか?わたしが多少、不便してあなた達の生活が楽になるなら安い物でしょう?」




 世の中とは、そう言う風に回っている。

 時に誰かが大きな損をする事で大多数が利益を得るなんて事はざらにある。

 今回は偶々、それが自分に回ってきただけだ。

 それにジャイアント・トレイトは討伐難易度が高い魔物だ。

 素材だけでも高く売れるだろうから結果としてそこまで損はしていない。

 とアリシアは考えていた。

 しかし、村長はそう考えなかった。




(アリシア殿は本気だ……馬鹿な……見ず知らずの我らの為に自らが犠牲になると言うのか……)




 そんな利他的で慈悲深くまるで聖人のような人間がいるはずがない。

 村長はベビダ教会の聖職者に以前会った事があったが、聖職者とは名ばかりの生臭聖職者だった事は今でも覚えている。

 なので、村長は聖職者は一切信じていなかった。

 故に聖人などいないと思った。


 しかし、目の前の女性はどうだ?

 1人であの凶悪なジャイアント・トレイトと戦い命を懸けた。

 本来ならこちらが決められた報酬を出すべき立場なのにも関わらず、こちらを憂い、報酬額が駄賃並みにしてくれたのだ。




(そんな人間がいるとすれば恐らく「聖女」と呼ばれる人間しかいない!)




 そう考えると村長に目にはアリシアが非常に尊い神聖存在に見え、始めた。




「どうかしました?」




 アリシアは村長が硬直した事を訝しみ首を傾げた。




「いえ、なんでもありません。全てはあなたの御心のままに!」




 急に畏まった村長にアリシアは驚いてしまったが「あ、はい」と答えて銅貨20枚を受け取り村を後にした。




 ◇◇◇




 それから冒険者ギルドに戻り、依頼完了の報せを受付で行った。

 冒険者カードに依頼の実績が印字された。




「はい、これで依頼完了です。お疲れ様です」


「ありがとうございます」


「それにしても凄いですね。まさか、単独でジャイアント・トレイトを討伐するなんて!ベテランのパーティーでも出来る事ではありませんよ」


「いえ、偶々運が良かっただけです」




 受付嬢と話しているとアリシアに近づく一団が現れた。

 アリシアがそちらを振り返ると代表と思われる大柄なモヒカン男がアリシアを罵倒した。




「おい!小娘!嘘も大概にしろ!」


「……はぁ?」




 突然の事過ぎて、アリシアは呆気に取られた。




「惚けるな!お前みたいな小娘がジャイアント・トレイトを単独で討伐出来る訳がない!嘘も大概にしろ!」


「そうだ!そうだ!」


「5翼のガルズさんですら倒せないのにお前が倒せるわけがないだろう!」


「恥を知れ!」




 いきなり、現れていきなり人を嘘吐き呼ばわりされた。

 アリシアは思わず、顔を顰めた。




(まただ。また、その目でわたしを見る)




 人を蔑み、嘲り、蔑視する侮蔑の眼差し……アリシアはよく知っている。

 アリシアは何度も迫害された。

 何度も何度も何度も心も体を傷つけて何度も迫害された。

 それでも自分を叫び続け懸命に戦った。

 だが、あの戦いで多くの人間が悪魔の側に立ち、アリシアを十字架刑にした挙句、火刑にまで処した。

 その時の古傷がアリシアを抉る。





「お前、聴いた聴いた話では紋章を答えなかったらしいな。どうせ、1翼とか2翼程度なんだろう?そんな奴が調子に乗るな!」




 また、これだ。

 目の前の男はアリシアが勝手に紋章が低いと考えて、勝手に思い込んで、勝手に決めつけて、勝手に自己中心的な考え、アリシアを裁く。

 アリシアはそんな人間の嫌な所をたくさん見てきた。

 そうやって、人は自ら死の道に脚を踏み入れ、生きようとする者の脚を引っ張る。





「お前、一体何翼なんだよ!?」




 ガルズと言う男は怒鳴り声を挙げて無慈悲に憤る。

 アリシアはただ黙しながらぽつりと呟いた。




「ありません」


「はぁ?!」


「紋章なんてありません」




 嘘で隠してもいずれ、発覚すると思い、正直に答える事にした。

 だが、そのように答えてもどんな答えが返ってくるか分かっている。

 こう言う人間は人の見劣りするところを口実に誹謗中傷するのだ。




「ガハハハ!おい聴いたか!こいつは0翼だと!無翼なんて聴いた事がないぜ!道理で隠したい訳だ!なら、これでハッキリしたな!お前は嘘吐きだ!初日から仕事を偽ったクズ野郎だ!今日からお前はクズのアリシアだ!」


「クズのアリシア!」


「お前なんて冒険者の風上にもおけね!」


「クズはクズらしくさっさと死んじまえ!」




 彼らに何を言っても無駄だと分かる。

 アリシアが幾ら言い訳を並べた所で彼らは受け入れない。

 アリシア自身はもう人の語る事に疲れていた。

 自分が何を言っても彼らは聴かない。

 どれだけ努力しても誰も認めない。

 それはあの日、悪魔との大戦の最中にアリシアは世界に対して警告を促した。

 しかし、彼らの所業のその警告を無視するモノだった。

 あの警告を聴けない人間に何を言っても伝わらない。

 アリシアは黙るしか無かった。


 悔しかった。

 何を言っても敵意を向けられ、何も言わなくても敵意を向けられる。

 人間との対話がこれほど無意味に思ったのは何度目だろうか?

 人は様々な口実を造り不満の吐口を他人に求める。

 彼らは口から吐く言葉でアリシアを傷つけた。

 アリシアは何も返答せず、何も返さず無視して外に出た。

 「ほら、なんとか言ってみろ負け犬」と後ろから聴こえる煽りを無視して宿に戻った。

 アリシアの心は久しぶりに影を落とした。





 ◇◇◇




 その夜、久しぶりに夢を見た。

 神になると眠ってしまった拍子に別の世界で受肉する……なんて事も起きるのだが、これは純粋な夢らしい。

 夢と言うよりは回想録に近いかも知れない。


 それはアリシアにとって忘れられない戦いの記憶だ。

 元々、アリシアは神ではなかった。

 ただの戦争難民2世で将来は介護士になると思っていたような少女だった。

 だが、それはある日に一変し兵士となり、創造神に見い出され、様々な激戦や死闘を繰り広げ、神々とも戦った。

 そんな中で本当に死んだ事もあり、死後の世界で創造神から神に成る為の試練を与えられた。

 それにより蘇ったアリシアは戦いの神に転生した。


 神になった事を後悔した事はない。

 ただ、辛かったのも事実だ。

 悔い改めない人間は必ず、地獄に堕ちる。

 だが、地獄に堕ちるのはあまりに不憫な事だとアリシアは経験しているので知っている。

 「オレ達が地獄だ!」等と軽口を叩く者がいたとしても本物の地獄に行けば、そんな余裕すら失うだろう。

 肉体と1cm四方の世界に押し込められるような世界と言えば、どれだけ辛い世界か、想像くらいはできるだろう。


 だからこそ、アリシアはそんな世界に人類が行かないように”福音”と言う形で人類に悔い改める旨と警告を促した。

 しかし、多くの人々はそれを嘲笑、嘲笑った。

 そんな事を言われたらアリシアとてどうする事もできない。

 洗脳して無理矢理言う事を聴かせても良かったが、洗脳したらしたで人間はそれを「神の隷属だ!」と不平不満を並べて、神に反逆するだろう。

 そうなるとより悪い状態となるので出来なかった。

 

 こうして、アリシアは世界中を回った。

 世界中にいる全ての人類に1人1人出会い、全ての人間に出会い、全ての人間に警告した。

 しかし、聴き従ったのは人類全体の1%にも満たなかった。

 そして、迎えた裁きの日に紆余曲折あり、悪魔との大戦争が勃発した。


 そこでアリシアは悪魔と戦ったが、それを邪魔したのは人間だった。

 並行世界と宇宙の全ての人類がアリシアに敵対し、その存在を消そうと悪魔と結託し十字架につけ、火刑に処した。

 あの時の痛みは今でも忘れられない。

 全ての人間の敵意が心臓に食い込んで離れないのだ。

 まるで呪いだ。

 そんな彼らは今でも言うのだ。

 

 「お前は要らない」「お前は要らない」「お前は要らない」と呪詛をぶちまけ、今でもアリシアを呪い、嘲笑しているのだ。

 結果的にアリシアを信じてくれる僅かな人達の願いに応え、悪魔との最終決戦に臨んだ。

 そこからの記憶はここにいるアリシアにはないが、オリジナルが生きている事から恐らく、勝ったのだと思う。


 だが、それでも人間に嘲笑われた時の記憶は今でも消えない。

 それはガルス達が向けた侮蔑の眼差しで嫌と言う程に記憶を想起させる。

 正直、今のアリシアは人間に対する憎悪と悲しみの狭間で揺れていた。

 地獄に行かないように警告しただけなのに……何故、ここまで冷笑され、嘲られ、罵られなければならなかったのか……人間は結果的に不法を好んだ。

 悪魔が望む”混沌と闘争を日常とする世界”を造ろうと健全に生きた者達の想いを踏み躙り、平和を破壊しようとした。

 その身勝手さが赦せず、憎悪する一方で悪魔と加担した事で地獄に堕ちた者達に対しての憐れみと”福音”が伝わらなかったと言う悲しみに暮れていた。

 何故、人はそんなに”死”を望むのか……それは神になっても永遠に分からない答えだった。




「嫌な夢を見たな……」




 鳥の囀りと目に差し込める日光で目が覚めた。

 最悪な目覚めではあったが、気にしても仕方がないと割り切り、起きて顔を洗いに行った。

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