弱体化している女神

 今回の討伐依頼を出した村に向かった。

 冒険者の主な収入は騎士団の下請け業務ではあるがこうして、民間からの依頼を受ける事もある。

 アリシアは村に到着すると村長はまるで藁にも縋る想いで歓迎した。




「おお、まさかあの依頼を受けてくれる方がいたとは感激です!」




 村長は依頼を受けたアリシアに偉く感服した。

 それと言うのもこの村の財源では、ジャイアント・トレイトのような大型の魔物を討伐して貰うのに相応の額が払えず、村長もダメ元で出した依頼だったようだ。

 実際、アリシアが来るまで誰一人としてこの依頼を受けていなかった。




(なるほど、あの掲示板に残っていたのは割に合わない仕事だけが、残されていたんだね)




 話を聴いた感じ冒険者は割に合った仕事を早い者勝ちでもぎ取り、割に合わない仕事は放置して昼間から酒を飲んでいるらしい。

 それが普通であり、村長も半ば諦めて村を捨てる覚悟を決める直前だったと言う。

 だが、仮に割に合わないとしても受けた仕事は必ずやり通すのがアリシアの心情でもあった。





「それで獲物はどの辺りに出没するんですか?」


「ここから西に向かうと池がありまして、奴はそこを縄張りにしています。そのせいで我々は飲み水を確保するのも一苦労な状態でして……」




 木の魔物と言う事もあり、トレイト種は水があるところを縄張りとする性質があると”管理者権限”には記されていた。

 特に魔力を多く含む水源などによく生息し、それを養分に成長するようだ。




「分かりました。やれるだけの事はやってみましょう」




 アリシアはそう言って、西に向かって歩き始めた。




 ◇◇◇




 道中、以前の狼に襲われながらも、頭を正中線から両断し絶命させ素材を回収しながら、ゆっくりと池の傍に近づいた。




(いた)




 近くの茂みの中から敵の姿を見た。

 全長5mくらいの根っこが足のように動いている木だ。

 顔などは特にないが、観察して見ると縄張りに入った狼を蔓で芋刺しにしているところを見た。

 そして、芋刺しにされた狼は藻掻くような悲鳴を挙げながら、顔から血の気がなくなり絶命した。

 そして、トレイトは死体をそのまま捨て、周りに誰もいない事を確認すると池に根っこをつけて静かに佇んだ。


 恐らく、今のがトレイト種の食事なのだろう。

 獣が襲えば、その血を養分として敵がいなければ魔力を含んだ水を吸う。

 そう言った生態なのだと考えられた。

 実際、周りを見て見ると捨てられた死体の中には胸を貫かれ、青ざめた顔をした人間の死体も転がっている。

 恐らく、水を取りに来た村人だろう。

 相手が血の通った動物である以上、アリシアも餌と思われると言う事だ。

 つまりは、相手には“撃退”と言う選択肢は無いと言う事だけは分かった。




「だとすると今がチャンスかな……」




 相手は食事中だ。

 動物と言うのは、食事中は注意力が散漫となる。

 どれだけ耳の良い動物でも食事中は夢中になり、気配には鈍感になるモノだ。

 相手は木なので、その限りではないかも知れないが……。




「まぁ、出たとこ勝負かな」




 アリシアはゆっくりと立ち上がり右腰の刀を抜刀した。

 そして、腰を落とし、体を前に倒すように倒れ込みながら気配を絶ち、一気にトレイトの間合いを詰めた。

 狙うは”管理者権限”の情報を基に木の根元にした。

 そこには魔物達が使う魔術媒介“触媒石”がある。

 それを破壊したり奪ったりする事は魔物にとって生命の中枢を破壊するに等しい。

 敵の側面から一気に肉迫した。




「!!!」




 だが、トレイトも何かが近付いた事を察したようで驚きながら、水に張った根を飛び跳ねさせ、咄嗟に攻撃を仕掛けた。

 鞭のように振るわれた根はソニックブームを出しながらアリシアに迫る。

 音速を超える太い根の打撃を受ければ、恐らく並みの人間は即死だろう。

 寧ろ、音速に対応できる人間もそう多くはいない。

 だが、アリシアは音速で迫って来る根を左手に持った刀で両断、肉迫した。

 トレイトはまるで痛がるような素振りを見せて一歩後ろに後退、今度は蔓をアリシアに目掛けて突いた。

 音速を超える速度で放たれた突きがアリシアに迫る。

 だが、アリシアは蔓が自分の体のどこを狙っているのか、的確に見切り足の運び方を変え、腕の位置を微妙に逸らし、胸の辺りを突いた蔓を体の半身を捻りながら、寸前のところで回避する。


 鎧の装甲に蔓が干渉し、火花を散らせる。

 そして、頭部に迫った蔓は左手の刀で真横に振るように蔓を両断、引き裂いた。

 勢いよく飛んだ蔓が左右に分かれ、アリシアの左頬を掠めた。

 だが、アリシアはそれには気にも留めず、更に踏み込み、木の根元まで入り込み、刀を振った。


 その直後、硬質なガラスが割れたような音がしたと共にジャイアント・トレイトはまるで電源が落ちたように沈黙、その場で横になりながら倒れた。

 アリシアは“戦神眼・天授”と言う神が持つ”神眼”でトレイトが絶命した事を確認して安堵したように刀を納刀した。




「終わったわね」




 アリシアは”空間収納”に素材を収納した。




「それにしても……この程度の敵に33秒もかかるなんて……」




 今回の戦いの結果はアリシアにとっては満足が行くモノではなかった。

 以前ならもっと上手く力強く踏み込めた。

 そもそも、気づかれる前に一撃必殺を入れるのが、アリシアの基本的な戦闘スタイルでもあるのだ。

 それを考えると敵に気付かれた時点で失格と言えるだろう。

 やはりと言うべきか、自分の戦闘能力は著しく低下していると感じざるを得なかった。




「まぁ、今回は成功できたから良いけど、もっと鍛錬しないとダメだね」





 そんな反省を抱きながらアリシアは村に戻った。

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