始めての依頼

 翌朝


 

 

 アリシアは町の一角にある冒険者ギルドにいた。

 巨大な酒場を流用したような佇まいの建物だった。

 外からもアルコールの臭いがする。


 アリシアは個人としては、あまり酒は好きではない。

 飲めないとかそう言った問題ではなく、酒と言うのは個人の”因果力”と言う能力値を恒常的に下げる作用があるのだ。

 簡単に言えば、酒を飲めば飲むほど“運”が無くなる。


 しかも、酒とは一部の例外を除いて、悪魔との契約を現す杯でもあるのだ。

 契約としての拘束力は低いので酒を絶てば、契約を切る事ができるが、自分の意志で禁酒できる人間はそう多くないのでそう言った背景から人間は悪魔に属する魔力を使う傾向が多いのだ。

 それを考えると、今から暗鬱な気分になりそうだ。

 できれば、なろうテンプレートの様に絡まれたくない。

 そんな事を想いながら、アリシアは扉を開けた。

 扉を開けた事が何人か、こちらに視線を向ける者もいた。

 大半は昼間から酒を飲み浮かれてこちらには気づいていないが、気づいた人間は面白くなさそうな顔でこちらを睨んでいる。




(全く、何が気に入らなくって睨んでるんだか……いや、気にするのやめよう)





 どうせ、取るに足りない理由で不平不満を抱いているのだろうと思い、アリシアはカウンターに向かって、そこにいる受付の女性に声をかけた。




「すいません」


「はい、なんでしょう」


「冒険者として登録したいのですが、どうすれば良いですか?」


「登録でございますね。でしたら登録料に銅貨10枚必要です」


「必要なモノはそれだけですか?」


「はい、基本それだけです」


「紋章が必要だったりしますか?」




 その質問に受付嬢は何か察したらしく、丁寧に説明した。




「紋章は記入する事項は存在しますが必須ではありません。紋章を隠す方も存在しますので書類上問題はありません」


「紋章によって仕事の割り振りの変化はありますか?」


「ありません。冒険者は完全に実力主義なので例え、1翼の方でも実力があれば危険な仕事を請け負う事ができます」




 どうやら、紋章による弊害は冒険者では薄いようだ。

 紋章を持っていきなり、神に等しい者になったと粋がってクラスメイトを平然と殺した者達がいたので、職業差別をされる事を覚悟していたが、杞憂だったらしい。

 それから銅貨10枚を払って、必要事項に書類した。




「それではアリシア・アイ様。こちらの水晶に手を翳して下さい」





 そこには水晶とその下に印字式の針がついた装置があった。




「この魔導具であなたの魔力を冒険者カードに印字します。依頼の偽装防止の為の措置です」




 理由としては納得できた。

 確かに魔力や神力には固有の周波数があり、人それぞれ違った周波数がある。

 だが、少し困った事にアリシアには魔力がない。

 魔力がない存在はこの世界には存在しないと言う定説がある。

 当然、魔力を基軸にした仕様の道具が発展しており、このままでは冒険者カードすら造れないと言う事になる。




(仕方ないか……あまりこんな事はしたくないけどな……)




 アリシアは神力を魔力に変換しながら、水晶に手を翳した。

 神力を持つ存在にとって魔力は毒でしかないので魔力を造ると言うのは自分を傷付ける行為なのでアリシアとしてはあまりやりたくはないのだが、背に腹は代えられなかった。




(ちょっときついな……まだ、印字終わらないの?)




 針から出た光線が冒険者カードに何かを書き込んでいる。

 アリシアにとってはこの短い時間が苦行のように思いながら、待っているとようやく、カードが完成した。




「お持たせしました。これで今日からあなたも冒険者です」




 受付嬢は接客スマイルを浮かべて、カードを両手で渡した。





「ありがとうございます」




 アリシアは両手でそれを受け取り、”魂の空間収納”に格納した。

 オリジナルが手を付けないように念押ししたメッセージ込みで……




「それでは依頼はあそこに掲示板に張り出されているので、ご希望の依頼がありましたらまた、こちらに来て下さい」




 アリシアは掲示板の方に向かって歩き、掲示板の前に止まった。

 そこにはいくつかの依頼があった。

 その中でアリシアが気になった依頼は3つだった。




 ジャイアント・トレント討伐依頼


 グリッタービートルの羽6枚の採取


 ワイバーン討伐依頼




 他の依頼に関しては子守りとか、迷子の猫探しとか、1日分の食費にすらならない額だった。

 この3つに関してはそれなりの値段であり、貯蓄もできる金額だったので目を引いた。

 アリシアはその中でジャイアント・トレントの依頼の紙を取り、受付嬢に出した。




「これを受けます」


「……本当にこれで宜しいのですか?」




 何か受付嬢が躊躇うような表情を見せていたが、他に生活する上での事を考えるとこれを選ぶ以外の選択肢がない。




「これで良いです。お願いします」


「……そうですか。くれぐれもお気をつけ下さい」


(今のはどう言う意味だろう?トレイトが危険な魔物とかなのかな?)




 そうだとしても命を懸ける以上、危険があって当たり前と考えるアリシアはその事をあまり気には留めなかった。

 実際、アリシアはジャイアント・トレイトがどんな魔物か知らない。

 名前からして木で出来た魔物だろうと言う事はなんとなく想像できるが、それ以上は分からなかった。

 ともあれ、その辺の魔物に負けているようでは邪神を殺す事もできないのでえり好みするつもりはないと割り切ったアリシアは颯爽と森に向かった。

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