死から始まる前世の記憶

 視界が開けるとそこは巨大な大広間だった。

 一面が大理石と思わしき石で出来ており、白亜の神殿と言う表現が適切だろう。

 神殿の中には電灯はなく松明のようなモノが燃えており、薄暗く周りを照らしていた。

 困惑する生徒達であったが、部屋の外から入って来た1人の老人が説明を始めた。




「皆さん、突然の事で申し訳ありません。わたしはこの神殿を任されているタンムズと申します」




 タンムズと名乗る男に案内され、アリシアを含めたクラスメイトは大きな縦長の机のある客間に連れて行かれた。

 そこではメイド達がそれぞれのテーブルにお茶を出し給餌してくれた。

 一通り生徒達を落ち着かせた後、タンムズは穏やかな口調で話し始めた。




「あなた方は偉大なる守護神ベビダ様の導きにより、この世界に召喚されました」




 まず、ここは地球ではない。

 地球とは、違う異世界であると言う事が説明された。

 この世界には人間族と魔族が存在し、この両者は仲が悪く毎年のように戦争をしているようだった。

 今までは戦力が拮抗していたのだが、近年魔族側が突然、勢力を拡大、人類側が追い詰められる危機に瀕していた。

 そこでベビダが強大な魔力素養のある人間を異界から召喚する儀式を行った。

 その結果としてここにいるクラスメイトの転移が起きた。




「なのでどうか、皆さんには是非、魔族と戦って貰いたいのです!」




 懇願するタンムズであったがそれに真っ先に反論したのが担任であった川口・桔梗だった。



「ふざけないで下さい!要するに子供達を戦争に参加させるって事ですよね!そんな事は赦しません!あなた達の行為は立派な誘拐です!早く、元の世界に戻しなさい!」




 25歳とは思えない幼い外観にボブヘアの髪をした女教師がタンムズに苦言を呈するとタンムズ達は渋面に変わった。


 彼らにとって、神から使命を受けた事に何の不満があるんだ?と言いたい様子をしていた。

 だが、タンムズは淡々と事実は告げる。




「それは出来ません」


「出来ない?どう言う事ですか?呼べたなら送り返す事もできるでしょう!?」


「この召喚は我々の意志で行った訳ではありません。ベビダ様が行ったモノです。我々はベビダ様の神託を受けて皆様を待っていただけに過ぎません。ですから、皆様が帰還できるかどうかはベビダ様の御心次第です」


「そんな……帰れない」




 突然、こんなところに呼ばれ、急に戦争に参加する事を強要され、帰還の目途も経たないと言う不安はクラスに波及する。




「嘘だろ……」


「このまま戦争に参加しろってこと……」


「オレ、そんな事したくない」




 生徒達は不安に駆られる。

 この場にいる社会人である桔梗先生(皆からはきーちゃん)は生徒達の保護責任者であり、良くも悪くも全員に親しまれ、心の支えでもあった。

 だが、その桔梗先生の落胆した表情に吊られ、クラス全員に不安が込み上げていた。

 だが、その暗雲を払ったのはある生徒の一声だった。




「みんな!オレはこの人達を助けるべきだと思う!」




 そこで声を張り上げたのは学級員の大神・達也だった。

 2枚目のイケメンで高青年風の風貌を持った青年だ。




「困っている人がいるなら助けるべきだ!それにそのベビダ様と言う存在もオレ達の働きによっては元の世界に返してくれるかも知れない。まずは行動しないと何も始まらない!」




 この学級委員は直情型であり、正義漢……加えてカリスマ性もあった事から学級員に向いていた事もあり、クラスの推薦でその地位に納まった男だ。

 その言葉でクラスメイトも得心したように「おぉ、そうだな」「もしかしたら、行動次第で変わるかもな」等と言う意見が散見し始めた。

 

 桔梗先生はそれに反対したが、実質的な問題として達也の意見が尤もだと言う意見に押され、不承不承ではあったが、それに従う事になった。

 タンムズ達も達也の今の行動には大きく目を見張るモノがあると感服した。




「話は纏まったようですな。それでは皆様の魔力適性と紋章適性を見させて頂きます。こちらに来て下さい」




 タンムズに先導され、クラスメイト達は別室に案内された。

 案内されたのは別の大広間であり、そこにはレッドカーペットの上に敷かれた巨大な水晶が飾られていた。




「この水晶には神の御力が込められており、その者が持つ魔力を数値化、それに応じて紋章を授けます」


「紋章とは、なんですか?」




 ある生徒の質問にタンムズは答える。




「紋章と言うのはこの世界で魔術を行使する為に必要とされる媒介の事です」




 そう言って、タンムズは右手の甲に刻印された赤い5枚の翼を見せた。

 これが紋章だと言うのは誰もが理解できた。

 それからタンムズは指先からライターの火ほどの炎を出し、それを伸ばしたり縮めたりして見せた。

 これが魔術であるとラノベに感化された世代が理解するのにそう時間はかからなかった。




「このように紋章を使う事で様々な魔術を使う事ができます。紋章には格が存在し7枚の翼に近づけば近づく程に強力な魔術を放つ事ができます。そう言った者は行く行くは神になるとも言われています。そして、この水晶は紋章を与える魔導具なのです。さぁ、順番に水晶に手を翳して見なさい」




 そう促され、数人が恐る恐る前に出て水晶に触れた。

 すると、彼らの右手には翼が刻印された全員が5枚以上と言う結果だった。

 数値も50000とか64000とかの数値が出た。

 それを見たタンムズも「5枚以上が出る事は滅多にないがここまでとは……」と感嘆し周りの魔術師達も「凄い……」「流石、勇者だ」「初期値で60000なんて人外レベルだぞ」と感嘆した。

 そして、今度は達也が手を翳し、そこに紋章が刻まれた。

 そこには7枚の翼があり皆が驚嘆した。




「おお!そんな!あぁ、神よ!まさか、このような奇跡にお目にかかれるとは歴代で7翼を手にした者は僅か3名。一生に一度、会えるかどうかの運命だと言うのに……ここでお目にかかれるとはあなたは神の子に違いない!」




 それを見たタンムズ達は達也に平伏した。

 まるで神格化された存在でも崇めるように手を合わせ、平伏した。

 達也も困惑し「そんなに畏まらないで下さい」と促し取り合えず、その場を収めた。

 その傍らで1人の少女は水晶に手を当てているのが目に入った。

 だが、少女は何度手を合わせても水晶は一切反応しなかった。

 そこでその少女、アリシアは尋ねた。




「あの……反応しない場合は、どういう結果なんですか?」




 何気なく聴いたつもりだったが、周りの空気が静まり帰った。

 タンムズも殊更、顰めた嫌な顔つきになり、魔術師達も話始めた。




「ふん……このような事態が起きたのは初めてだ。この結果を素直に受け取れば、あなたの魔力は0であり紋章に対する適正が一切無い事になります」


「一切無いですか……」


「しかし、そのような人間がいるはずがありません。恐らく、魔導具の故障かも知れません。一度、魔術師達に調べさせますのであなたはまた、後日ここに来て貰えますか?」




 何か嫌な予感がしたが、アリシアはそれに従い一度、クラスメイト達に与えられた部屋に向かう事にした。

 それから2日後、何事もなく過ごしていたある日、遂にその日が来た。

 アリシアは魔導具の不備が直ったと言う報せを受け、水晶のある大広間に向かった。

 部屋に入るとそこには10人のクラスメイトとタンムズがおり何やら、不気味な笑みを浮かべながら、こちらを見つめていた。

 アリシアの本能が奔った。




 逃げろ




 まるで情景反射のようにすぐに部屋から出おうとしたが、すぐに扉が閉められた。

 それと同時に後ろから小さな爆音が鳴ったと思った時に後ろを振り返った瞬間、アリシアの目の前に火球が飛来、アリシアの全身を燃やした。




「あぁぁぁぁぁぁぁ!」





 熱い!

 焼けるように熱い!

 まるで体が薪のように燃やされ、自分の体から焼き焦げたような臭いと血の香りが滲み出る。

 その皮膚が一気に焼き爛れ、見る影もなくぐったりと地面に倒れ、悶え苦しむ。

 だが、そこに映るのはアリシアが苦しむ姿を嗤うクラスメイトとタンムズの姿だった。




「あなたには紋章の適正が無かった。その事に狂気したあなたは怒り狂い神聖な魔導具を破壊しようとした。それを阻止すべく止むを得ず、我々を武力を行使、結果、あなたは死んだ」




 つまり、そう言ったシナリオと言う事だ。

 アリシアが死ぬ事は全て予定調和だったと言うのを死の間際であっても理解するに容易かった。




(なんでわたしが……)




 何故、自分がこんな目に会わねばならないのか全く理解できない。




(紋章?紋章が無いから?紋章が無いから、勇者の癖に紋章が無いって言う理由でわたしを殺そうとしている?)




 そうだとすれば、冗談ではない話だ。

 自分勝手な都合で呼んでおいて、力が無いと判断したらゴミのように焼却する。

 これが理不尽でなくてなんだと言うのか……。




「あなたには申し訳ないが、イレギュラーは排除しろと言う神託でしてね。せめて、神の御元で浄化されるが良い。悪魔よ」




 その顔は全然、「申し訳ない」と言う顔をしていない。

 軽蔑と侮蔑の眼差し……まるで汚物でも見るように蔑み、アリシアの死を喜ぶ、嗤いだった。




「皆さん、死体は完全に焼却して下さい。痕跡を残してはなりません」


「了解~」


「へぇ、いい気味だぜ」


「前々からアンタの事を気に入らなかったのよ」


「本当に良い子ぶってさ。本当にイライラしてたのよ」



「オレ達は神に近い存在となった。そのオレ達を不快させた罪を贖わせてやる」




 クラスメイトは紋章を手にして、まるで人が変わったようにその凶暴性を発露させて、無慈悲な笑みを浮かべて更に高火力の火球を放った。

 それが悶えるアリシアの足先、指先から全身を焦がし炭化させ、蒸気となって消えていく。

 最早、アリシアには叫ぶだけの力は無かった。

 だが、その魂は激しく燃えていた。




(ふざけるな……ふざけるな……)




 彼女に灯ったのは“復讐”の業火。


 “不法”を憎む“憎悪”

 “理不尽”への“敵意”

 

 激しく体が燃える度に彼女の“本能”が“敵意”がまるで封じられた忘却の檻を破壊するように突き破る。


 体が完全に燃え尽き、悶える痛みが臨界に達した時彼女の中にあった楔が解かれ“前世”の記憶を取り戻した。

 そこから流れて来る膨大な記憶の情報、自分が何者で何の為に存在し、どこから来たのか全て思い出した。


 かつて、自分が“存在”と呼ばれるこの世の全てを“混沌と闘争を日常とする世界”を新たに創造しようとした悪魔と戦った“戦いの女神”だった事を……。




(そうか……ようやく、思い出した。わたしは……わたしはアリシア・アイだ)




 前世とも言える記憶。

 自分が悪魔との苛烈な戦いの中で全ての世界に拡散したアリシア・アイと言う女神の力の一部であり、それが自我を持った。

 だが、戦いの負荷でもあり長い休眠を必要とした自分は記憶も力も封印、その過程で赤子に転生した。

 それを殺された事で肉体の縛りが消え、魂だけの存在となり、更に魂が激しく励起する程の感情の高ぶりで記憶が戻ったと理解した。

 そして、同時に自分の使命を思い出す。




(わたしは……必ず復讐をする。わたしの使命を果たす。悪魔は全て殺す。邪神悪魔ベビダもその眷属もそれに与する奴らも全員殺してやる)




 アリシアは新たな目標を胸に肉体を消滅させ、その場から消えた。

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