第二十話 私がなんとかしてあげなくちゃ問題
由美子は久しぶりに、学食でお昼ごはんを食べていた。
出来るだけ手作りのお弁当を作ってくるようにしているけれど、今朝は寝坊をして、お弁当を作り損ねたからである。
「あ~、由美子先生~♪ 学食なんて、珍し~」
「一緒に食べませんか~?」
「あら、嬉しいわ♪」
女生徒たちと相席をして、ニギヤカなテーブルはちょっとした女子会状態。
「それでですね~」
「うわー大胆ー!」
「あんまり派手な事 しちゃダメよ」
「「「は~い♪」」」
女子高生生たちのワイワイする会話を聞いていると「自分も学生の頃はこんな感じだったのかな」とか、なんだか懐かしさを感じたりする。
学生たちに人気の野菜たっぷり焼きそばを食べていると、一人の女子が気づいた。
「あ~、向こうの席に、葵くんたちがいる~!」
え、と思って、女子たちが小声で指した方をつい見ると、三四郎と上野と数名の男子が、一つのテーブルで食事中だった。
三四郎が食べているメニューは、由美子と同じく焼きそばで、ちょっとドキっとしてしまう。
(同じメニューだって…)
こんなコトにも、なんだか運命っぽい繋がりを感じてしまったり。
「あ、葵くん、ピーマン避けてる~♪」
「あ~本当だ~。なんか子供みた~い♡」
(…ピーマン嫌いなんだ…)
意識的に、三四郎たちの方を見ないようにしていた由美子だけど、気になる女子話でもある。
さり気なくチラと視線を向けると、三四郎のお皿の端に、緑色の塊が。
(なるほど…ピーマンだけ避けてる感じよね)
女子たちは、三四郎の秘密を一つ知ったようにヒソヒソキャッキャしているけれど、由美子は小さな心配事として、頭に残った。
夜八時。
由美子はアパートの自室で、スマフォを手にウロウロし続けていた。
「どうしよう…電話で話そうかしら…でも、個人的な電話とか…」
教師と生徒の間での、部活などではない個人連絡は、基本的には禁則にされている学校だから、真面目な由美子は悩む。
「でも…生徒の健康を気に掛けるのは、教師としては、当然の事よね、うん…」
ピーマンが苦手という受け持ち生徒の偏食を心配する、担任教師。
うん。明日から出来るだけ、他の生徒の好き嫌いも調べて行こう。
と自分を納得させて、由美子は教えて貰った三四郎のケータイアドレスを一覧から表示する。
「えっとぉ…ゆ、指が震える…っ!」
自分から男性に連絡をするなんて、家族か教師同士でしか経験の無い由美子。
一覧が進むに従い、緊張が高まってゆく。
登録した名前は「葵 三四郎」だけど、緊張の為か、あるいはその瞬間を先送りしたいからか、名簿の一番下から表示してしまっていたりした。
「で、電話って…こんなに緊張 したかしら…?」
緊張感に耐え切れず、一旦、入力を切って、息を吐きつつ考えながら、また入力。
「何してるの私…し、心配だから、電話するだけなのに…っ!」
何を話せば良いのか。
どんなふうに切り出せば良いのか。
うまく話せるかしら。
忙しい途中とかだったら、迷惑になっちゃうかしら。
そもそもこんな時間に電話とか、失礼かしら。
もう教師としてではなく、一人の女性として戸惑う担任教師であった。
「…っ!」
目を閉じてコールボタンを押すと、息を飲む。
「か、かけちゃった…っ!」
スマフォから、コール音が聞こえる。
もうずっと何時間もコールしている気がするけれど、実際は三回ほどで通じた。
『もしもし』
三四郎の声が耳元で聞こえたのは初めてじゃないのに、軽くパニック。
「はっはいっ! わっ、私ですっ–じゃなくてそのっ–あああ葵くんのっ、ヲタクですかっ!?」
相手のスマフォにかけておいて。と、自分の中のどこかが突っ込む。
『はい、三四郎です。こんばんは、由美子先生』
テンパる女性教師をからかう事もせず、少年は少し落ち着いた、しかし嬉しさを隠さない声色で、返事をくれた。
「こ、こんばんは…」
冷静に返されると、一気に恥ずかしくなってしまい、頬が朱くなって、隠れたくなってもしまう。
「あ、あの…た、大した用事じゃ、ないんだけど…」
『はい。それでも由美子先生が電話をくれたのは、すごく嬉しいです』
「う…」
こちらの恥ずかしさをピンポイントで突いてくるような言葉だ。
ちょっとからかわれた。と思った由美子は、逆に強気になったりする。
「きょ、今日、葵くん 学食で焼きそば、食べてたでしょ? 女子たちが言ってたけれど、ピーマン 苦手なの?」
『う…』
あら返事がハッキリしない。
(図星だったみたいね)
子供みたい。
「どうなの?」
問い詰める担任教師に、少年の返答は、恥ずかし気で弱々しい感じだった。
『そ、そうですね…ピーマンの歯応えとニガさは、少し…いえ、結構 苦手です』
なんだかんだで素直に白状するあたり、由美子に嘘を吐きたくないという、三四郎の心が伝わってくる。
「歯応えと苦みねぇ…他には、好き嫌いとかあるの?」
『いいえ。自己紹介の時にもお伝えしましたが、幸いにも食物アレルギー等はありませんし、多少は苦手でも、出されればちゃんと食べます』
あの自己紹介はやっぱり私に対してだったのね。
とか嬉しく思いながら、話を進める。
「でも、ピーマンだけは苦手なのね」
『はい…』
素直に認める三四郎の頭をナデナデしてあげたくなる。
「ふ~ん…しかたないわね。食事の彩は栄養のバランスでもあるから、ピーマンでも何でも、食べられた方が良いわよ♪ そもそもニガいのが苦手なのは、まだ味覚が子供な部分もあるんじゃない?」
と、いつもされている上から目線を、ここぞとばかりにしてみせたら、すぐにマウントを取り返された。
『由美子先生の人参苦手と同じく、ですね』
「えっ、なんでっ–あわわっ!」
なぜ知ってる。
「よ、よく知ってるわね…。私、話したかしら…?」
『いえ。ただ今日、由美子先生が学食で、僕と同じ野菜焼きそばを 食べてましたよね』
「え、えぇ…」
由美子がいたのを知ってて、素知らぬ顔をしていたらしい。
しかし。
「でも、葵くんから見て私…背中向きだったでしょう…?」
『はい。しかし由美子でしたら、後ろ向きだろうと坊主頭だろうと、絶対に間違えたりしない自信があります!』
とりあえず剃毛や出家の予定はない。
『ですので。昼食を終えてトレイを下げに行った時、由美子先生のテーブル近くを通りまして』
由美子のお皿に残された僅かな人参を、見逃さなかったらしい。
『残された人参の量から、女生徒の手前、好き嫌いを出来ずに頑張って食されたのだ。と推測しましたが、どうしてもギブアップしたような少量が残され–』
「解りましたごめんなさい私ニンジン苦手です偉そうにしてすみませんでした~っ!」
つぶさに観察されていたと知って、恥ずかしくて耐えられなくなった由美子が、白旗を上げた。
「も~ イジワル~っ! っていうか、学食にいたのに気づいたら、声くらいかけてよ~っ!」
そうすれば、無理をしてでも人参、全部食べたかもしれないのに。
『ですが…みだりに声を掛けると、周囲に僕たちの関係がバレてしまう可能性もある。と考えまして』
「そ、それはそうよね…って、僕たちの関係って!」
慌てて取り繕う。
『それで、僕のピーマン苦手問題に関して、人参苦手問題を抱えている由美子先生としては、どのようなお考えを?』
「う~…と、とにかく、食事の好き嫌いは、無いに越したことはないと思うの!」
『由美子先生の人参嫌いに関しても、ですか?』
「はいそーです!」
楽し気に言われては仕方がない。
それでも、三四郎は由美子の想いを、素直に受け止めていた。
『由美子先生にご心配をおかけしてしまった事は、申し訳ありませんでした。ですが…こうして心配して下さっている事は、その…嬉しい です』
「え、あ…えぇ…」
そう言われると、からかわれた怒りも、ス…と消えてしまう。
「と、とにかくね。私に考えがあるから。葵くんのピーマン苦手、克服しましょう」
『由美子先生のニンジン苦手も–』
「はい勿論です!」
食い気味に了解。
そんな感じで、由美子によるニガテ克服作戦が決行されるのであった。
~第二十話 終わり~
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