第十九話 屋上の女子トーク


 翌日。

 一時間目の授業が終わった休み時間、由美子は、上野を廊下に呼び出した。

「葵くんのアドレスについて だけど」

「はぃ…反省してます…」

 担任に報告しておくと三四郎から忠告されていたらしく、呼び出された時点よりもずっと前のHRの時点で、ガックリしていた少年である。

「まぁ…それなら特に、何も言わなくても大丈夫よね」

「はい…っていうか、松坂先生…」

「な、何…?」

 まさか三四郎との関係に気づいたのでは。

 とか焦る由美子だけど、上野は違った。

「アドレス聞かれてメシ奢ってさー…なんかオレ、バカみたいじゃないすか…?」

 収穫どころか出費。

「こ、今回の事を教訓にして、女子にはもう少し、上手に接する事ね」

 と、笑って誤魔化した由美子の脳裏には、三四郎による突然のキスが思い出される。

(あ、あんなのは例外だけど)


 少年の反省を確認した由美子は、昼休みの屋上でもう一人、目的の少女を探し当てた。

「上野くんから、別の男子のアドレス 訊いたんでしょ?」

「えー上野くんバラしたの~? ヒドイ~」

「私が問い詰めたのよ」

 先日も廊下で話したりしている女生徒だから、関係性としては親しい。

 なので由美子の注意にも、特に反抗的な様子も無かった。

「教える上野くんも上野くんだけど、訊き出すのもいけないわ」

「は~い。でも葵くん、いつアドレス訊いても 全然教えてくれないんですよ~」

「あ、私も断られた~。ショックだよね~」

「そ、そうなの…まあ、そこは 人それぞれだかから」

(葵くん…本当に 女子に教えてなかったのね…)

 ホっと安心しながらも、年頃の男子として、それはどうなのか。

 とか、心配もしてしまう担任教師。

「先生って、生徒のアドレス、知ってるんですか~?」

「えっ–いぃぇえ、知らないわよ」

 本人から直接メモで手渡しされた。

 などとは、口が裂けても言えない。

 女子の気持ち特有と言うか、話題がコロっと変わった。

「あ、由美子先生って~、大学の頃とか、彼氏いたんですよね~?」

「え、今もいるんですよね?」

 大人の恋愛に興味津々らしい。

「あはは…残念だけど、今も昔も、彼氏 いないわ」

「「「ええ~っ!」」」

 みんなでにエラく驚いている。

「本当ですか~?」

「由美子先生、すごく美人なのに~」

「ありがと♪ でも本当の話よ」

 由美子先生ほどの美人で彼氏がいないとなると、自分たちはどうなるのか。

 という焦りのような気持ちが、言葉から伝わっていた。

「大学時代は、まあ飲み会くらいはあったけど、とにかく勉強に忙しくてね」

 青空を見上げながら、思い出す。

 本当にそうだったから、苦笑いしか出ない。

「え~、それじゃあ由美子先生、成績優秀だったんですか~」

「ん~ それなら嬉しいんだけど…必死になって勉強してたのも、せめて中の中くらいは維持しないとって、焦ってたからよ」

 これも事実であり、やはり苦笑いしか出ない。

「えぇ~」

「っていうか~、大学って、そんなに大変なんですか?」

「う~ん…大変ってわけでも ないけど…」

 少し考えながら、生徒に対して適切な解答を探す女性教師。

「日本の大学って、入るのが大変で、卒業は比較的に楽でしょう? アメリカなんかは逆みたいだけど、それが良いか悪いかはともかく…卒業が割と楽だからこそ、大学で何を学ぶかが大切だと思うわ」

「大学って、自由に遊べるってイメージだったのに~」

「まあ、そういう人たちも結構いるわね。でも、大学を出てすぐに就職できる人って、それだけ大学で専門知識を身に着けてたり、勉強熱心な人だったりするのよね」

 由美子の周りでも、成績の関係から就職に四苦八苦していた学友や、大手企業にすんなり内定が決まった友達もいた。

 由美子はと言えば、女友達曰く「その美貌を生かせば成績どころか働く必要すら無いでしょうが!」とか、理不尽な言われようだった。

「由美子先生って、どうして教師になったんですか~?」

「私? う~ん…お祖母ちゃんの影響かなぁ…。私のお祖母ちゃん、昔は小学校の先生だったみたいなの」

 主に音楽が得意で、休み時間などにオルガンを演奏して、女子たちと歌うのが好きだったらしい。

「私が物心ついた頃には、もう教職は引退してたけど…アルバムの写真とか、なんだかいいなぁって、思ってね」

 田舎で元気にしている祖母は、最近になって庭に畑を作って、近所の子供たちと家庭菜園で野菜を育てたり、みんなで収穫した野菜でみそ汁などを作って頂くなどの、いわゆる食育を楽しんでいたりする。

「それにね、私のお祖母ちゃんも–っ!」

 言いかけて、ハっと思い出した。

(お祖母ちゃん…たしか、教師をやってた頃に…近隣の男子高校生と恋に落ちて、後々に結婚したんじゃなかったかしら…)

 そんな話を、中学生くらいの頃に、確かに聞いた。

 そして自分も。

(え? じゃあ私って…完全にお祖母ちゃんの血統…?)

 脳裏をよぎるおばあちゃんが、オイデオイデをしている気がする。

「なんですか~?」

 言葉に詰まった女性教師に。女生徒たちが「?」顔。

「えっ–あ、いぃえその…そ、そう、お祖母ちゃん、今でも生徒たちから毎年、年賀状が山ほど届くのよる。そういうところも、いいなぉって…ホホホ」

「「「へぇ~♡」」」

 ほっこり話に。女子たちは感じ入っている様子だ。

(ほ…)

 予冷が鳴って、午後の授業が始まる。

「あ~、次は体育じゃなかったっけ~?」

「そうだ~! 急がなきゃ~!」

「先生、それじゃ~」

「はい。気を付けてね。廊下 走っちゃダメよ~」

「「「は~い」」」

 女子たちは慌てて、階段を駆け下りていった。

「ふふ…それにしても…」

 由美子は、今日の五時間目は授業が無いので、少しノンビリできる。

 自分とお祖母ちゃんは、同じような運命なのかしら。

「お祖母ちゃんも、男子との恋に悩んだのかしら…ハっ!」

 つい口走ってしまい、慌てて周囲を見回すも、人影は無し。

「…誰にも聞かれてないわね…危なかった。って言うか、恋とか、私…っ!」

 そうまた口にすると、心臓がドキドキと高鳴ってしまう。

 恋。

 大学を卒業してからの初恋とか、たっふりと遅い。

(だからあんなに、慌ててしまうのかしら…)

 いつもなんだか偉そうな三四郎の、上から見下ろす視線が思い出される。

(そしてなんであんなに落ち着いてるのよっ! 私よりも年下のクセに~っ!)

 いやまあ、ヤキモチは灼かれた事もあった。

(うふふ…可愛いんだから♡)

 一人でニヤニヤしてしまう。

「あ、そういえば…」

 さっきの女子たちは、体育館での運動だけど、男子は校庭で授業だった筈。

 屋上から、なんとなく身を潜めながちな感じで校庭を覗くと、男子たちはチームに分かれてドッヂボールで戦っていた。

「ャオラァっ!」

 上野が全力で投げたボールを、三四郎が真正面でキャッチ。

「凄い…捕ってる!」

「ふんっ!」

 三四郎が投げたボールを、上野はキャッチに失敗をして、コートの外へ。

「葵くん 勝った…!」

 喜んではいけないのかもしれないけれど、小さく跳ねそうなほど、嬉しく感じた。

 ドッヂボールは、結果として三四郎のチームが敗れたけれど、一番最後までコートに立っていた三四郎が、何だか格好良く見える由美子だ。

(……っ!)

 見つめていたら、フと眼鏡少年が、コッチを見た。

「み…見つかっちゃったかな…?」

 隠れる理由もないのに、ドキドキしながら隠れてしまった由美子の頬は、朱く上気していた。


                     ~第十九話 終わり~

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