第四話 授業開始
授業初日と言っても、スケジュールは別の事で一杯だし、今日はいわゆる半ドンだ。
三年生から順に身体検査があって、午前中の残った時間は自習である。
一年B組の場合、更にクラス委員の選定などもあり、午前中だけでスケジュールは結構一杯であった。
朝の職員会議を終えて、由美子は教室へと向かう。
「はぁ…」
昨日は色々な事を考えてしまってよく眠れず、メイクの乗りもイマイチで、気分が重たい感じ。
(それもこれも、みんな葵くんのせいだわ!)
一年生だというのに、どうしてあんなに堂々と年上の女性をからかえるのか。
「…って言うか、からかわれてる私が 未熟すぎるのかしら…?」
とにかく、眼鏡男子のペースには乗らない。
そう決意をして、由美子は教室の扉を開いた。
「お早うございます」
明るく挨拶をしながら入室をすると、昨日の生徒たちの緊張が嘘のように、解かれている。
廊下でもワイワイする声が大きく聞こえていたけれど、担任の姿を見て慌てて静まり、急いで席に着くあたり、なんとも微笑ましい。
(ふふ…可愛いな~♡)
そんな中でも、中央の一番前で静かに座している眼鏡男子は、入室する由美子にチラと視線を向けて、教卓に上がる教師をジっと見つめていた。
(く…なんという圧…っ!)
少年の好意をイヤというほど理解させられている由美子だから、視線のド真ん中で隠されず堂々としている熱の塊が、視線を交えずとも感じ取れてしまう。
(負けるな私…! 私は教師なのよっ!)
心を強く持って、担任女性教師はトビキリの笑顔でもう一度、挨拶をする。
「お早うございます。昨日はよく眠れましたか?」
「「は~い!」」
早速、自己顕示欲の旺盛な男子たちが大声で答えたり、それを女子たちが笑ったり。
こんな光景こそが、高校のあるべき姿だと、あらためて思う。
「えー、それではまず、各クラス委員を決定していきます」
B組でも、クラス委員長から選出が始まった。
「まずは立候補する人、いますか?」
担任が挙手を求めると、男子二人と女子一人が手を上げる。
(葵くん、立候補しないのかしら)
少し気になって眼鏡少年を見ると、机の上で両掌の指を組んだまま、不動の姿勢。
(…しないみたいね)
昨日のHRの率先ぶりから、まさに委員長として相応しいと思ったけれど。
(まあ…やる気が無いなら、仕方ないかな…)
少し意外だし、なんだか残念な気もする。
「えー、それでは委員長と副委員長を、挙手で決めたいと思います」
立候補した三人も含めて、机に伏せさせ、挙手を求める。
「まずは、クラス委員長から」
四角い眼鏡の、いかにも真面目そうな男子がクラス委員長に選ばれて、唯一立候補をした女子が副委員長に選ばれた。
「それでは、ここからは僕と副委員長で進めます」
担任教師から引き継いだ二人の生徒が、委員選出を仕切って進める。
由美子は教卓の椅子を窓側に置いて、選出を見守った。
(それにしても…)
教卓の最前線という、生徒たちが最も拒絶しそうな席に居座っている三四郎が、クラスの代表たる委員長に立候補しなかったのは、由美子にとって意外だ。
(何か理由が…ハっ、もしかして あの席に座っているのって…!)
自分の意思ではなく、強そうな男子にムリヤリ座らされたのでは。
とか考えて、フと思う。
(…だったら。昨日のHRみたいな事は ないわね…)
どう見ても、自らの意思で終了の礼を号令していた三四郎だ。
(…でもそれじゃあ…何か深刻な理由でも あるのかしら…?)
それにしても、端正な横顔だ。
インテリっぽい眼鏡も知的に似合っているし、昨日の自己紹介やHRの事もあるし、女子たちの心には引っかかっている可能性も大だろう。
(…………)
なんだか、それは面白くない。
ナゼ?
とか、つい少年を見つめながら考えてしまっていたら、三四郎と目が合った。
(っ!)
慌てて焦って視線を逸らしたけれど、目が合ってしまった事は、三四郎も気付いていない筈はない。
(ば、ばか、私…っ!)
まるで、隠れていた少女が見つかってしまったかのように、心臓がドキドキと高鳴ってしまう。
頬だけでなく身体が熱くなって、額まで真っ赤になってしまっている気がした。
「先生…?」
「ははいっ!」
副委員長の女子に呼ばれ、慌ててホワイトボードを見ると、風紀委員や図書委員などのクラス委員は、みな決定されていた。
「え、えーと…はい、ご苦労様でした」
名前を見るに、やはりどのクラス委員にも、三四郎の名前はない。
とりあえず、クラス委員に興味が無いのだろう。
「それでは次は、席替え…って、みんな 今の席がいいかしら?」
「「そうですね~」」
「私たちも~、好きな席に座れましたし 昨日」
生徒たちからも、異論はないようだ。
という事は、やはり三四郎は自分から今の座席を選んだ。という事だろう。
「そ、そう」
目の前の眼鏡男子をチラと見てしまって、また視線が合って、慌ててホワイトボードに向き直る由美子。
(し、しっかりしなさい、私っ!)
静かに深く息を吸って吐いて、少しでもドキドキを押さえようと、努力する。
「えー…そ、それでは、身体検査の順番が来るまで、自習にします。あんまり大きな声でオシャベリとか、しないでね」
「「「は~い♪」」」
学生が大好物な自習時間が始まると、友達とのオシャベリに華を咲かせる生徒たち。
部活の入部希望用紙も一応は配ったけれど、それもオシャベリのネタになっているようだ。
生徒たちを見回すと、みなオシャベリに夢中である。
かくいう三四郎は、友達に話しかけられれば応じているものの、基本的には何やら難しい本を読んでいる。
(……何語?)
本の表紙に書かれている字体そのものが、由美子にとっては未知の文字。
静かに落ち着いてページを読み進めている様子だと、当たり前だけど、三四郎には読めるのだろう。
(…つくづくだけど、入試満点って すごい。あの分だと…)
今朝の学校は、校門をくぐると早くから。部活の勧誘で戦場となっていた。
大きな声で勧誘をする体育会系や、静かに勧誘をする理数系、食虫植物の如く無口で新入部員を待つ文学系など、それはそれはニギヤカだった。
(葵くん、背も高くて 身体を鍛えるのが好きだって言ってたし、入試も満点だったから…きっと いろんな部活に勧誘されたでしょうね)
引く手数多で、体育会系の男子たちに袖を引かれて困惑している三四郎を思い浮かべると、何だか可笑しい。
「ふふ…」
理数系や文学系の女子たちに勧誘されている三四郎を思い浮かべると、なんだかムカムカする。
(…何よ、デレデレしちゃって!)
どうせ私はそこまで若くないですよ!
とか、自分の想像で頭にきている由美子であった。
「先生」
「はぃいっ!」
勝手な想像で睨みつけていた眼鏡男子から唐突に声を掛けられて、甲高い声が出てしまった。
大声禁止と注意した本人が誰よりも大きな声で、生徒たちも一瞬だけシンとなって、笑いが起こった。
「あはは~、先生スゲー声」
「ほほほ、ご、ごめんね~」
恥ずかしい失態ではあるものの、生徒たちは、より親しみを感じた様子だった。
声を潜めつつ、由美子は三四郎に近づいてゆく。
「な、なに?」
「素晴らしい発声でしたね。肺活量も喉も逞しい限りです」
「そっちはいいの!」
またからかわれた。
「先生が健康であると朗報を得たところで、質問があるのですが…」
言いながら、外国言語の本を、パタんと机に伏せる。
「えっ!?」
文字すら読めない本について質問をされたところで、満足に答えられる事なんて、何一つとして無いだろう。
それでも教師として、というかこの少年に対して「解かりません」は、負けな気がする。
「な、何かしら…?」
恋愛とは違うドキドキで額が青ざめながら、由美子は質問に身構えてしまう。
どうか、私が答えられる範囲での質問でありますように。
と、九分九厘ありえないであろう願望に縋る、担任教師だ。
「A組の先生が呼んでおられますが、放っておいて宜しいのですか?」
「え…ああっ!」
掌で指し示された廊下の戸を見ると、先輩教師の竹田先生が手招きをしていた。
「すっ、すみませ~んっ! 竹田先生なにかっ!?」
生徒たちに笑われながら、慌てて走り出す由美子であった。
~第四話 終わり~
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