第十二夜 悪魔は天使を助けたい

いつものように七斗学院の廊下を歩いていると、唐突に引き絞られるような痛みに襲われた。イヤリングにつけた魔道だけでなく、ペンダントの防衛魔法も作動している。ソフィア様が自力でどうにもできないと判断されるなんて相当な事態だ。



「マリアン?どうした?」



私のうめき声を聞いたらしいシジルが心配の言葉をくれたが、それどころではない。



「ペトロネア殿下、私に出撃許可をください」

「は?!ちょっ」

「いいよ、いっておいで。シジル、付いておいき」



ペトロネア殿下の許可を聞くなり、マントを翻した。番を追いかける魔法が機能するからまだ生きていらっしゃる。本物の天使であるソフィア様を亡くすことはフェーゲ王国として避けるべき事柄だ。それならば、多少のおイタはペトロネア殿下が良いようにしてくれる。



エデターエル王国へ続く転移陣の扉を開けると各国の転移陣を守る警備が慌てて飛び出してきた。魔力量にものを言わせて、警備を威圧してその場にぬい止めて強行突破した。


背後から「あとでペトロネア殿下から説明するから通るぞ!」と言い訳するシジルの声を聞きながら、転移陣に魔力を叩き込んだ。



「エデターエル王国だよな?」

「ええ、転移陣は間違えていません」

「これは確かに緊急だな」



転移陣の間からも異常事態が察せられた。普通、転移陣の間には守衛がいる。エデターエル王国も精霊一族の警備がいると聞いていたが、その姿もない。

転移陣の間から出ると、怒号と火球が飛んできた。エデターエル王国にはそういった類の兵士は存在しない。



「人間の傭兵か?騎士でも兵士でもないな、部隊章をつけていない」

「傭兵なら問題ありませんね」



騎士や兵士を宣戦布告していない国のものから攻撃するのは外交問題になるが、傭兵は戦いが売り物とする商人の一種だ。だから多少の事故は問題がない。近くに来ていた傭兵が戦えなくなったのを確認して周囲を確認する。


廊下に、伏しているソフィア様がいた。


身体中の血が下に落ちていくような奇妙な焦りと、頭が沸騰するような怒りをまるで他人のように理解していた。

駆け寄ってソフィア様に触れるとまだ温かい。でも呼びかけても目は開かず、細い腕は地に落ちたままだ。いつも呼びかければ振り返り、私とわかれば破顔するあのソフィア様がここにいない。



「返事をしてください。ねぇ、ソフィア、まさか私は間に合わなかった?」



ソフィア様を失えばフェーゲ王国も滅びの道を辿る。そう理解していながらも、私の中にあるのは焦燥だけだった。冷静に判断するいつもの私の声は小さく、身体を動かすには至らない。ソフィア様を追い詰めた直接の原因だろう、再度こちらに向かってくる愚か者を吹き飛ばすのを止められない。


でも、私は知っていたはずだった。


エデターエル王国に何かが起こる。そして、それが人間の手で引き起こされるものだとわかっていたはずだった。

ぼんやりとした頭で敵のいる方向に手をかざす。火の魔法は効率が悪くて普段使わないが、どうやら人間は水よりも火の方が恐怖を煽るらしい。



「待て!マリアン!くそ!まず確認しろ!!」

「エデターエルに人間がいるはずがないのだから、それも武装していたら敵に決まってる」

「そっちじゃねえ!敵は別に証拠を取れるぐらいに残骸があれば良いっての、俺が言ってんのはそっちじゃなくて、おまえ、癒しの魔道具あるか?」

「……ある、すまない、シジル。癒しの神アスクリィエルよ、祝福を与えたまえ」



敵を屠るための攻撃をシジルに止められて、魔力を放出しすぎて壊れた魔道具をいくつか投げ捨てる。予備はほとんど破損した。


辛うじて残っていた癒しの魔道具に魔力を込めると、青い魔力が膜となってソフィア様を覆う。

魔道具から魔力が流れていく感触がある。ソフィア様のことを癒すことができるとわかって、身体から力が抜けた。



「ま、りあん?」

「ソフィア!消耗します。まだ話さないでください」

「ね、ありが……う」



目を開けるのもようやくなはずのソフィア様が私の名前を呼ぶ。私もソフィア様に望まれていると自惚れても良いのだろうか。

ソフィア様を癒している間に周囲を確認したシジルの手元からいくつかの攻撃用魔道具がなくなっていた。どうやらある程度は処理してくれたらしい。ソフィア様の前で、通常いつも通りに進むわけにはいかないから助かった。


危険だから七斗学院に戻って欲しいという私たちからの願いはソフィア様に却下され、さきほどまで生命の危機があったとは思えないほど、強い意志を感じさせる目で言い切った。



「私が責任を取らないといけない」



その言葉にソフィア様を真っ直ぐ見れずに、ただ目を伏せた。エデターエル王国が滅ぶのを私はわかっていたはずだった。そして、ソフィア様が祖国を愛していることを、私は聞いていた。

フェーゲ王国を守るために必要なことと言い訳をして、ソフィア様の関心を買うエデターエル王国そのものを疎んでいたのは事実だ。そして私は滅びの幕を引き上げる手伝いをしていた。


でも、私はソフィア様に真実を告げることも、手放すこともできない。もう私はソフィア様が自分にとってのであると認識している。

番の契約魔法によってソフィア様の位置がいつだってわかるのにソフィア様の元にいかないといったことはできない。


ソフィア様の案内で強大な魔力が立ちこめる空間に出た。神々からの贈り物を受け取る場があるという広場には多くの天使たちが地に落ちていて、世直しを決めたラファエル様の覚悟が伺える。

一般的な感覚を持つシジルからしたらこの光景は許容できないものだったらしく、早くも生き残りを探すための探知魔法を展開している。



「マリアン」

「はい」

「……七神へのご挨拶賜れますでしょうか」

「祈りましょう」



ソフィア様の説明を聞いて、責任を取るの意味を理解した。神のみもとへ向かう気だと。やはりソフィア様が私を望まれているというのは自惚れだったらしい。

ソフィア様を喪ってしまうぐらいなら、私は祖国でさえも失っても構わない。魔族の、それも魔王の血族の血をソフィア様に含ませることで神に拒絶させよう。


天使らしくないと言われ続けたせいか、人一倍に天使であることを誇りにされていたソフィア様に拒否されるかもしれない。そのような色が乗るソフィア様の目を見たら私は今代の魔王陛下と同じことをしてしまう。

安全な離宮に閉じ込めて、逃がさないように内側に向けた優しくて残酷な罠を仕掛け、それでも不安に駆られ続けるような日々を送る。


ソフィア様の喉がなり、私の血が嚥下されたことを確認して唇を離した。複雑そうな表情をされているが、拒絶のようすはない。



「記憶の神シュネエラの祝福をいただいております。私はどちらでも構いかませんよ」

「フェーゲって、やばい国だよね。ホント」

「ふふっ、お褒めの言葉と受け取っておきましょう」



ペトロネア殿下に何かあったときには予備スペアとして王子に名乗り出られるようにと母上エリザベートに言い含められたため、教育はすべて一緒に受けてきた。


こんな形で使われる日が来るとは考えていなかったが、ソフィア様のお役に立てたならそれだけで報われたような気がする。



『献身に応え、祝福を授けよう』



偉そうな上に図々しい神が降臨し、ソフィア様に手を伸ばすのを見て、すぐさま攻撃を開始した。そもそも私の血を含んでいるせいでソフィア様に触れることができないらしい。光の女神が不愉快そうに魔力を揺らしている。

だが、神だからと許されると思ったら大間違いだ。古来から吸血鬼の番に手を出す者の行く末など決まっている。切り刻まれて喰われるものでしょう?


魔力を揺らしてこちらにメッセージをくれたことで、女神の位置がわかった。容赦なくその部分に闇の攻撃を畳み掛けるとさきほどまでのふてぶてしい魔力反応が薄くなる。



『天使を堕とす悪魔に災いあれ』

「吸血鬼の番に手を出すとどうなるかは神代から変わりありませんよ。ソフィア様になにかするようならお相手が神であろうと、この爪と牙で切り刻んで差し上げましょう」



忌々しくも光の女神と名乗る光の球に向かって、そう吐き捨てた。

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