第六夜 天使は神に愛される
事前に集めていた情報から七斗学院の別れの宴で実施される儀式は形骸化されていると聞いていた。実際に神の声を聞いていたのは魔族からしても大昔。
長寿として有名な天使のアルミエル教授ぐらいしか本物の儀式を見たことがないとさえ言われていた。
だからペトロネア殿下とソフィア様の儀式に立ち会ったところで、まさか本当に神の声を降ろす瞬間に立ち会えるとは思ってなかった。
『感謝を忘れぬ愛おしの子らに祝福を授けよう』
神々からの祝福を平然と受け取るペトロネア殿下とソフィア様は別の世界にいるようだった。神々からの祝福、強大な魔力を浴びながら平然としてられるのはその身が魔力に強いことの証。
儀式が形骸化するのも納得するほど膨大な魔力が神々から降ろされた。こんなものをソフィア様以外の他の天使が受け止められるはずがない。
騒然とする会場に戻ったというのに、なにも異常など起きていないかのようにソフィア様をエスコートするペトロネア殿下を見て、学期はじめに言われた言葉を思い出した。
「ソフィア様の力が学期末にわかるとは、そういうことですか」
「確かにペトロネア殿下は仰っていたな」
リンドラが納得したように頷いてペトロネア殿下の護衛の位置に戻っていく。私は宴の間は社交を優先するように言い含められているため、護衛にはつかない。
ソフィア様にはペトロネア殿下がついている。それ以上の安全はない。それなら私が心配する必要はない。そう判断して、会場を見渡す。
「ご挨拶申し上げてよろしいでしょうか?」
ソフィア様を心配そうに見られていたアルミエル教授に挨拶の許可を求める。神々からの祝福をもらったソフィア様を守るにはこの方の協力が不可欠になる。
今後、ソフィア様の取り巻く状況は2つにわかれる。一つはペトロネア殿下のように自らの派閥に泊を付けるために庇護を申し出るだろう。もう一つは、今の時代にそぐわない力を持つソフィア様を不都合として処理することを考える。
これまでのエデターエル王国の対応を考えると、エデターエル王国の反応が後者の可能性が高い。その場合、外交の利点があると見せて、ソフィア様をフェーゲ王国に迎えたい。
それが不自然でない工作が必要だったから、ペトロネア殿下は私の宝物がソフィア様と判明しないうちから公言した。
アルミエル先生に挨拶を述べる許可をもらって、丁寧に挨拶を述べると、私が来ると思っていたと呆れたように笑われた。
ただ、アルミエル教授は目の奥が庇護されるべき天使のする目ではなくて、底光りする社交で戦えるモノの目だった。
「フェーゲ王国はソフィア様の加護神シャムシアイエルであることを望まれるか?エデターエルにも、水の神ハーヤエルがおっての」
加護神シャムシアイエルは眷属に魔力という力を与えて自力で身を守れるよう促した神だ。水の神ハーヤエルは土の女神の兄神として有名で、知識を与えることで守って成長を促す神だ。
つまり、アルミエル先生の問いは、フェーゲが用意するソフィア様の地位はなにか?という意味だ。
「いいえ、わたくしはソフィア様の風の神となることを望みます」
「ほう、マリアン様のか?」
風の神は土の女神に自由と守護を与えた神だ。他に夫婦神の意味もある。どちらの意味でも構わない。フェーゲ王国にはソフィア様の望みが自由であることを理解して、それを助ける守護と地位を与えると伝われば良い。
「ええ、ソフィア様がお望みであれば」
「お相手がペトロネア様でも良いというアピールかの」
ソフィア様に柔らかく微笑みかけてエスコートしながら社交をこなしていくペトロネア殿下の意図はアルミエル先生にはお見通しだったらしい。
これまで交流のあった
アルミエル先生の言葉には否定もせず、肯定もせず微笑むに留める。フェーゲ王国は力のある、それも始祖となる可能性の高い天使を逃さないとわかってもらえれば良い。
「これだけの時が経っても魔族の本質が変わらないのはあやつの策略通りといえば良いのか、それとも慧眼であったと褒めれば良いのかわからなくなるの」
「そう仰るのであれば、天使の本質は変容したということでしょうか?」
「本来の天使はソフィア様じゃ。他者を尊重し、人々と神々との間に入り、交流を助ける。本人は新しいことを好み、楽しみ、この世は良いところだと神々へ報告する。ただ身体は強くないゆえに、神々に愛される」
その言葉に背筋に寒気が走る。アルミエル先生の言うことが本当であれば、つまり今のエデターエルで言われている天使の主流は誰かに造られたもの。
どういう目的で?天使の本来の性質が喪われることで得られるものはなにか。
誰かが神々と我々を引き裂こうと考えたのか。フェーゲ王国は神々と交流がなくなれば、その力の根源である魔力を失ってしまう。天使を変容させる必要がない。むしろ、天使が存在するために力を尽くす必要がある。それならフェーゲはエデターエル変容の原因にはなり得ない。
つまり、天使を変容させようと暗躍したのは……。
「おやおや、噂は本当だったんじゃの」
「ふふふ、どのような噂でしょう?」
アルミエル先生からその問いかけには回答がなく、近くに寄るよう仕草で示されて近くによると、小さな声でそっと囁かれた。
「マリアン様が風の神となることを望むのであれば、わしは協力いたしましょう。
これまでの話の様子から一転して好々爺の雰囲気となったアルミエル先生はとても楽しそうに笑っていた。
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