第五夜 天使を攻撃するもの
私が教えたベンチを気に入ったようで、ソフィア様は今日も大ぶりな本を広げて楽しまれている。
本のタイトルが『弱い魔族の戦い方』であることには納得いかないが、ソフィア様が変わっていらっしゃるのは今更だ。
「ごきげんよう、ソフィア様」
「なんだマリアンか。片付いたのかい?」
「綺麗にできました」
「それなら協力したかいがあったよ」
荒事について聞いてくるあたりで、やはり天使ではなく
「まさかペトロネア殿下の魅了がソフィア様にまったく効かないとは思いませんでした」
「なに?殿下に魅了されてたら私をフェーゲ王国に嫁がせてくれたの?ペトロネア殿下の第三〜五妃ぐらいに入れてくれるなら喜んで魅了されるけど」
軽い調子でそう言うソフィア様に全くその気がないのがわかる。冗談を言って問題ない相手と認識されたことを喜ぶべきだろうか。それとも、婚約の相手として私がまったく意識されていないことを嘆くべきか。
「そう言っている時点で、魅了されてないのがわかりますね」
「あーらら、失敗」
「そもそもエデターエルの王女がどうして正妃を目指さないんですか」
「何言ってるの?マリアンの地位を狙うつもりはないよ?私、君のこと嫌いじゃないからね。私はマリアンがペトロネア殿下に嫁ぐのかと思ってた」
まさかの返しに思わずむせそうになった。ソフィア様のこの言い様だとペトロネア殿下を女性と思っての発言ではない。
「同性ですよ?」
「そういう噂を聞いたからてっきりね。ま、それならペトロネア殿下は私に瑕疵になっていたら貰ってくれる気でいたんだ?」
「さすがは天使と褒めたら良いですか?」
「そうだね、もっと褒めてくれてよいよ」
楽しそうに笑いながらも、どこか空虚だ。他の天使とは違う。ソフィア様には感情があり、自由を愛する意思がある。
それなのに彼女にこんな表情をさせるナニかがとても憎い。とても優秀な方なのに、どうしてエデターエル王国はソフィア様を認めることができないのだろうか。
「あなたは……」
「なに?」
「魅了を使わなくても、素敵な天使ですよ」
「ありがとう」
ゆるやかに首を傾げてお礼をいう様は、ソフィア様に似合わずそれこそ天使らしくて消えてしまいそうな儚さがある。思わず手を伸ばしそうになった瞬間、ソフィア様がいつでも飛び立てるよう羽根を伸ばした状態で、周囲を見渡した。
「どうかしましたか?」
「マリアンはなにも感じなかった?」
ソフィア様の様子を見て索敵範囲を広げるが、近くにシジルが来ているぐらいでソフィア様に害を与えられそうなものは引っかからない。
「はい。天使は我々よりも敏感です。教えてください。何を感じました?」
「言葉にしにくい、凄く嫌な、こう、腹の底が冷えるような嫌な感じ。逃げろって言われたような。でも、もうない」
まさか私の邪な気持ちを感じ取られたのだろうか。もしそうならそれで良い。その直感に従って逃げてくだされば私も諦めがつく。
吸血鬼に執着されるのも、魔王の息子に執着されるのも、これほど不幸なことはない。重すぎる執着に自由を奪われて、魔王に恨みのあるものから命を狙われ続ける。ヴルコラク離宮の叔母、シャーロット妃を思い出して、少し目を瞑る。
ただ、問題は第二王子の一派。もしくは第四王子の取り巻きが私の弱点としてソフィア様を狙っていた場合だ。ペトロネア殿下との力量差を思い知らされた彼らがなにをするかわからない。
私のもつ魔道具の中で最も護りに特化したブレスレットを差し出す。これを一撃で突破してくるのはそれこそペトロネア殿下だけだ。
でもペトロネア殿下はこの事態を歓迎して、利用できると笑っていた。シジルに具体的な指示を出して、リンドラに襲撃に注意するよう促していた。それならソフィア様の護りはこの魔道具で足りる。
「水の神ハーヤエルよ。我が力を糧に護りを与えたまえ」
「これじゃあ、求婚しているみたいだよ」
「髪飾りが私を主張していますから、いまさらです」
「とはいえ、他人の魔力がこもってる装飾品かぁ」
弱い魔族からの庇護は受けないという意思表示なのか。ブレスレットから滲む私の魔力が気になるらしいソフィア様は少し腕をさすっていたが、笑って受け入れてくれた。
ソフィア様が立ち去ってからベンチの裏に置いている魔道具に魔力を供給する。この場所でソフィア様に害意を持つものが近づけないように魔道具の点検もする。入れ替わるようなタイミングで、ソフィア様が立ち去った小道とは別の通路から頭を出したシジルが不平を漏らす。
「マリアン、なにこの空間。すげえゾワゾワする。よくソフィア様、あんなゆっくりできるな」
「ペトロネア殿下からなにか指示ですか?」
「いや?マリアンの宝物に攻撃しかけようとしたバカ捕まえただけ。ま、この空間にいるソフィア様に攻撃しようとしただけで水責めにあってたからな。お前の仕業だと思ったよ」
「ああ、やはり」
ソフィア様の直感が気のせいであるはずがなかった。ペトロネア殿下に匹敵する力をもつものが危険を察知したのだ。いくら戦闘向きでないとはいえ、誤りであるはずがない。
私の力で感知できないほどの雑魚だとしても、戦いに向かないソフィア様が早めに逃げようとしたのは間違っていない。
「で?どうする?」
「もう吐かせているのでしょう?」
「おーおー、信用されて嬉しい限りだよ」
投げ渡された録音の魔道具を再生すればフェーゲ王国の他派閥であることと、妹が人質であると命乞いをしている声が収められていた。
「うわ、俺、マリアンが仲間で良かったわ」
「なにがです?」
「おまえ、今、魔王様と同じ顔してた」
ため息で応じる。シジルは宰相トビトの息子だ、ときどきシジルは私がペトロネア殿下と異母兄弟なことを知っていてこういうことを言う。恐らく試されているのだろう。
「構いませんよ、ベリアルの名に相応しい歓迎をするまでです」
ソフィア様を狙った敵にも、裏切らないか試している味方にも。意図は伝わったらしく、シジルは軽く肩を竦めてくれた。
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