第七夜 悪魔は社交する
七斗学院から戻るなり、ペトロネア殿下は夜会の開催を通達した。
社交シーズンを宣誓する魔王陛下が開催する夜会の次に開催するのは、王位継承権が最も高いという意味に他ならず、今年もとても愉快な社交になるだろう。
それも開催場所が王城となれば、フェーゲ王国らしい社交が飛び交う危険地帯になることは想像に容易い。
「さて、集めた意味はわかるね?エウロラとペリは引き続き夜会の準備を進めること」
「「かしこまりました」」
ヴルコラク離宮の離れ、ペトロネア殿下の私室に側近が集められていた。フェーゲ王国で王城よりも厳戒態勢と言われるヴルコラク離宮は今日も木々がお生い茂る森の中の屋敷といった風体だ。
「シジル、マリアンの近くにいるように。リンドラが私の護衛。マリアンはエリザベート様からベリアル家の夜会準備も進めるよう言われているね?」
「はい、私の滞在場所をベリアル本邸に移します」
「いや、離宮へ。リドワルド離宮の警護をマリアンに任せよう。陛下の許可も既に得ている」
「ご随意に」
リドワルド離宮は天使のための離宮だ。それの警備を私に任せるとペトロネア殿下が告げられたということは、今年の外交官はソフィア様が来るのだろう。
「ペリは夜会が終わり次第、リドワルド離宮の準備に向かうこと」
「かしこまりました」
「では、とりかかろうか。今期の社交が要だよ」
ペトロネア殿下のいつもの予言じみた言葉を聞いてシジルが露骨にため息をついた。殿下の頭が良過ぎて、その言葉だけでは他の人が理解できないことをわかって貰えないとシジルがよく呟いている。
昔からペトロネア殿下はこれで側近を振るいにかけている。その言葉から要点を拾って戦闘に活かすリンドラや、有り得るだろう可能性に全て対応するエウロラは合格、だから長年ペトロネア殿下の側近を務められている。
最近入ったばかりのペリ・シタンはペトロネア殿下が保護を申し出ている戦う力のない精霊だから別としても、内向きのことを任せたら優秀だ。シジルもあれこれ言いながらもこなせている。エウロラも言っていたが、社交の面から考えても1人ぐらいお喋りな側近がいても良いと思う。
それにしても離宮に滞在とは、今期は社交のお誘いが過激になりそうだ。
ベリアル家が力を持つことに納得しない一族の者たちからしたら不平不満を表すのにちょうど良い機会だろう。
特にリドワルド離宮は他者を味方にする天使が泊まることを想定して造られている離宮だ。つまり、警備は他の離宮に比べて強くない。
だが、神の声を降ろした神代の天使として各派閥に注目されているソフィア様、そしてその警備として私を含むペトロネア殿下の側近が泊まるとなると強化が必要だ。手持ちの素材で足りるだろうか。
「で?宝物って偉大だな」
「うるさい、余計なお世話です」
「ウケるな、マリアン、マジで余裕ないじゃん。吸血鬼であることを差し引いても顔色悪いぞ、俺の薬でも飲むか?」
「不要です」
ペトロネア殿下の夜会の前日、魔王陛下の夜会の片隅でシジルに絡まれていた。ペトロネア殿下は魔王陛下より一段下がった王族テラスから悠然と手を振っているところだ。
あの位置に立つために王子同士が熾烈な争いをしていることは公然の事実だ。そしてこの夜会の会場でにこやかにそれを見守る魔族の大半が自らの一族の支持する妃の王子を立たせるために戦っている。
魔王陛下はペトロネア殿下の母君シャーロット妃を溺愛して、所謂宝物としておられるが、ペトロネア殿下とその弟君ユリテリアン様を溺愛しているわけではない。
現在はペトロネア殿下が王子たちの中で最も強いためあの位置にいるが、仮に他の王子になったとしても魔王陛下は構わないと言っている。ただ、シャーロット妃に害をなそうとするものは許さない、と。それだけだ。
「相変わらずエリザベート様はシャーロット妃の後ろに控えておられるのか」
「当然です。あの位置が最も危険ですから」
「魔王陛下の宝物で、エリザベート様の宝物、かつペトロネア殿下の実母を害してフェーゲで生きていけると考えている愚か者が居るとは思えないけど、居るんだろうねえ」
「世の中、全てのものがシジルのように頭がよくないのです」
深くため息をついて手を振るったことでシジルも気がついたらしい。こちらに向かっていくつか精神系の魔法を放ってきていた攻撃のできる精霊一族のものが蹴散らされた。
「この程度の子どもお遊びでなんとかなると思い上がるものが多い、困った世界です」
「うへえ」
バルコニーの外に鳥系獣人、カーテンの近くに潜む精霊系、こちらに飛びかかろうと準備している猫科獣人といったところか。シジルも索敵をしたらしく、わかりやすくめんどくさいと言う様子の嫌な顔をした。
「俺、こんなに人気者になったのはじめてだ」
「狙いは私でしょうね。王族用のバルコニーにいる
「で?ホントに薬いらん?」
「誰に言っているのですか?」
「愚問だったわ」
飛びかかってきた獣人を血で作った鞭でなぎ払い、ついでに混乱や魅了を飛ばしてきた精神系魔族に向かって水球を飛ばす。
夜会でずぶ濡れで歩き回って嘲笑を浴びるような間抜けなら私が手を下さずとも自滅する。それにこんなところで弱者と喧伝して歩いている愚か者はチャンスと見た他の魔族に屠られる。
魔王陛下が社交の開始を宣誓したのだ。優雅で楽しげな時間を演出していない弱者はフェーゲ王国で存在を認められない。
「えげつねえ」
「私がペトロネア殿下の側近になって何年になると思っているのでしょう」
機会を伺うべく、こちらを見ているだろう魔族たちに微笑みを向けると不利を悟ったらしく、あっという間に散っていった。
「さて、せっかくご挨拶をいただいたのですから、お話をお伺いしましょうか?」
「会議室にようこそってとこか?」
彼らがどこの誰で誰の手先なのかを確認しないと。魅了対策をしているつもりなのか、私と目を合わせないように顔を伏せるお客様に魅了の含んだ笑みを向けた。
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