第25話 悪魔は贄を逃さない

人外な存在、魔王より強いと巷で言われる悪魔は心底愉しそうに笑っていた。

心がないと言われる彼があんなにも愉しそうに笑う報告内容は一国が滅びていく様。これだから魔族は……と揶揄されること間違いなしだ。



「くふふふっ、叔母上の思い通りというのが気に食わないが、良いよ。あははっ、まあ、それに、そういう言い方をするならシジルも彼女のことを気に入っているのだろう?」

「哀れ、とは思うな」

「いいよ、そうしておこう。それで?報告の続きは?」

「ペトラにはお見通しか」



君のことは分かりきっていると言わんばかりのペトロネア殿下にため息を吐くと、クスクスと笑いながら眉間の中央に指を当てられた。

どうやら口頭ではなく、記憶を見るタイプの報告をお望みらしい。


ゆっくりと目を閉じて、数時間前を思い返す。



俺も魔族の端くれだから口うるさく言うつもりもないが、マリアンがやらかしたアレは罰当たりにもほどがある。

やつが大切に抱えている美しい天使の意識が消えてから起きたのが救いだろう。あんなん見たら繊細な天使は死にかねんわ。


現にエデターエルで生き残ってた数匹の精霊がビビり散らかしている。天使の遺骸を素材にして売り飛ばそうとしていた胆力のある傭兵ですら顔が引き攣っている。後者に関しては今後の自分の取り扱いを察してってのもあるな、たぶん。

俺も許されるならチビって撤退して、巣に引きこもりたい。



「私があなたを逃すはずがないのに馬鹿なおひとだ。吸血鬼が番を他人に譲るはずがないでしょう。ましてやその相手が神だなんて、反吐が出る」



番の天使へ頬擦りする様子は普段の冷徹と称されるベリアル家を体現するマリアンからは考えられないが、これぞ吸血鬼、これぞ魔王の血縁者といった様相だ。


あー、こわ。


俺の妹、サラには吸血鬼や魔王縁者の本命にだけはなるなよと言っておこう。アスダモイ家的には喜ぶとこだが、お兄ちゃんとしてそれはいただけない。


エデターエル最期の儀式、俺はなんとなくソフィア様死ぬ気かなぁと思っていたが、案の定、儀式の終わりにソフィア様を連れ去ろうとする神の祝福が降りた。

そこからのマリアンはすべてが砂に帰したエデターエルで、さらに神様に喧嘩を売る素敵な所業を成してくれた。ソフィア様を拐う神の手を跳ね除けて、挙句、攻撃を仕掛けていた。


吸血鬼の執着の証ともいえる紋様も、血も喰らわせているから、そもそもソフィア様は天使にも関わらず天上に上がれないのに、さっきマリアンの手で、本当の意味で堕天使となった。


俺、これをペトラに報告するの?

本気でヤダ。


天使の生き残り3人しかいないのに、1人は天使のくせにやること魔族だし、1人は執拗いガキで、ソフィア様は既に堕天使と。

ラインナップが最悪だろ。天使に夢見てた頃に帰りてえわ。



「おい、マリアン。学院戻ってアルミエル先生に癒しもらった方が良い」

「ええ、そうします。転移陣は守りきれましたか?」

「俺がラストに飛ばないと消えるけどな。いちおー、ある」



砂山の一角を指させば俺の魔力で位置がわかったらしく、マリアンの風の魔道で砂が吹き払われる。



「では、私が往復しましょう。エデターエルの方は、精霊の方だけですね」

「俺も生き残り探して広めに探知したんだけどね。天使に闇の神の魔道具は特効過ぎるでしょ、あんなもん持ち込むとか、えげつなさ過ぎ。なにが目的なんだか」

「それは彼らに私が直接伺いましょう。簡単に門が潜れると思わないでくださいね」



微笑みとともに覗く牙が暗に喰らい尽くしてやるよと物語っている。まあ、傭兵の尋問までやってくれるなら俺の手間が省けて良いけど。



「吐かせる前に飛ばすなよ」

「ええ、もちろんです。彼女が味わった苦しみと絶望を彼らに教えて差し上げなければなりませんから。シジルも、やつらを逃がさないでくださいね」

「はいはい」

「はい、は一回で十分です。それでは、学院へご案内します。私が動かしますので、転移陣に乗ってください」



そう言うと生き残りの精霊も連れて、マリアンは学院に転移して行った。



「哀れな天使。いや、どっちが哀れなのかねえ」



この地で儚く散っていった天使が哀れなのか。それとも吸血鬼に捕らわれた天使が哀れなのか。黒幕の思惑を知りながら大切な番を傷付ける選択しか取れなかった悪魔が哀れなのか。


さて、エデターエルを滅ぼすことで、得をしたのは誰だろう。



「おっそろしい。ま、だから仕えるんだけど」



俺はフェーゲがこうならないなら、他がどうなろうとどうだって良い。


記憶の俺が呟いた独言を聞いたペトロネア殿下は、そっと俺の額から指を離す。ペトロネア殿下は天使顔負けの魅了を放ちながら、うっそりと微笑んだ。



「父たる魔王陛下へ、レイドに対して宣戦布告の上申を」



俺はその命令に「かしこまりました」と恭しく膝をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る