第24話 亡国エデターエル

さっきは転移陣まで必死に飛んでいて気が付かなかったが、宮が崩れ始めている。いや、王宮だけでなく、エデターエルという国が崩壊し始めた。

広場を見渡せる場所まで案内すると、何度も修羅場を通っているだろうマリアンもアスダモイも顔を歪めた。


エデターエルは元々個体数が少ない天使で構成されているが、そのほとんどがここで倒れている。まだ学校に通わない年かさの天使から、お祖父様と同じぐらいの天使まで。

その亡骸を素材にするべく、一部が剥ぎ取られたり、血みどろの痕が残っている様は最悪としか言えない。


見つけ次第、マリアンとアスダモイが亡骸を冒涜する不届き者たちを拘束しているが、何分入り込んだ傭兵の数も多く、そもそもエデターエルの王宮は守るのに適した造りをしていない。



「ひっでぇ」



吐き捨てるように言うアスダモイの言葉に賛同する。近くの壁が崩れ落ちると共に、足元が抜けるような嫌な感覚があったが、ぐっと腹の下に力を入れて耐える。また闇の神に魅入られては目的が果たせない。



「ソフィア様はあまり長居してはいけません。ここで闇の神にまつわる魔道具が使われましたね?」

「そう、だね」



そういえば気がついたときには既に精神攻撃用のブレスレットが無かった。


ラファエル兄様のあの言葉は、魔道具を使うための祝詞だったのか。

それならあの場所に原因があるはず、天使の特性が薄くて、力のある私ですら引き摺られる力を放置しておくわけにはいかない。



「二人はこの力、感じないの?」

「俺は薄ら。元から魔族は闇の神の加護もあるのと、光の神に好かれてないからな」

「私はまったく。魔法が使われた痕跡は理解できますが、元から地獄門の淵を歩くような種族ですから」



どうやら二人に危険はないらしい。


それならエデターエルの中心で、私は儀式を執り行える。神から与えられた祝福は取り消すことができない。

だから、このまま崩れゆくエデターエルを放置したら、古の神話のようにここが世界から切り取られた闇の神の土地、暗闇と死に魅入られた土地になってしまう。


平穏を信じて、そのあり方を体現し、その志に亡国となったエデターエルがそれを望むとは思えない。私はそんな国が嫌いだったけど、それでも、この国が望んだだろう未来は解る。


この地に光の神の祝福を注いで、闇の神の祝福と中和させる。それ以外の魔法が使いにくい土地にはなるけど、闇の力に満ちているよりマシだ。

天使として生来持ち合わせている祝福をすべてこの地に施せばギリギリ実りのない土地としてぐらいなら存在できる、と思う。



「マリアン、アスダモイ。結界魔法と探知魔法に優れているのはどっち?」

「俺だな。どっちも橙色、土属性の魔法だ。マリアンは水だから、俺らならどっちでも扱えるけど向き不向きなら、俺の方が得意だ」

「そう……、じゃあ、これから祈りを捧げて、エデターエルを崩壊させるから転移陣と生き残りを探知して保護してほしい」

「祈りで、壊す?」

「うーん、説明しにくいんだけど、今、エデターエルは闇の神の祝福が供給過多なの。他の神様の祝福が失せるぐらい。バランスをとるために他の神様への祈りをエデターエルの中心で捧げたい」

「理解しました。それで、中心はどこにありますか?」

「あの場所。エデターエルの中心で、神と対話できる恵をもたらす根源」



枯れ果てたアーチの麓、変わり果てたお祖父様が倒れている場所を指させば、エデターエルと同様の神話を持つフェーゲの二人は理解したらしい。



「嘘だろ、国の中心むき出し?!魔法で悪用されたらやべぇ場所だろ!」

「エデターエルは、平和を信じたから」



そして私に裏切られたと口の中で続ける。



「マリアン」

「はい」

「……七神へのご挨拶賜れますでしょうか」



マリアンの蒼色の瞳がまっすぐ私を射抜く。嘘を許さないと視線だけで伝えてくれる。


容赦なく敵を消し去り、地獄の門の淵を歩み、時に覗き込むような彼が本当は繊細なのだと知っている。

でも、それ以上に優しい。彼の皮肉げに歪められた唇から出てくる答えは感情がまったく乗らない静かなもので、どこか冷たかった。



「祈りましょう」



リドワルド離宮のときのように膝をついてエスコートの許可を求めてくるマリアンを見つめる。私に触れる許可を出すと、手に挨拶の口付けをする、かと思ったら牙を突き立てられた。



「ま、マリアン?」

「ソフィア様の今の魔力量だと危険ですね」



まさかの事態に唖然としていると、マリアンはそのまま自分の手首に牙を穿ち自らの血を吸い上げる。見ていてはいけないような妖しい雰囲気で思わず目を逸らそうとしたけど、いつの間にか眼前にいてそれは叶わない。

ふっと口角だけ上げて笑うマリアンの唇の端から血が流れる。そのまま緩やかに目を閉じるマリアンに魅入っていたら、口付けをされた。


え?え?!


強引極まりない口付けは普段のマリアンから予想もつかなかったし、なぜ今?と色々な疑問は出てくるけど、私には微塵も余裕がない。

はじめてのキスが血の味だなんて、堕天使にも吸血鬼にも相応しすぎて声もない。無理やりに流し込まれた血はおそらくマリアンの血。


あ、そういえば、吸血鬼は血に魔力を移せるからそれで私に魔力を補給させようとしてるのか!

理解はしたけど、やり方!しかも、うわ、属性の違う魔力叩き込まれたからか、なんか気持ち悪い。



「吐いたらダメですよ。それに、あなたに私の血を飲ませるのはとても気分が良いです」



知識として吸血鬼がお互いに血を与え合うのは親愛の証とは聞くけど、聞くけど!!私は血要らないから!!先ほどまでの無表情から打って変わって心底愉快そうにマリアンが笑う。


やれやれといった様子でため息をつきながら結界の用意をしているアスダモイが視界の端に入る。どうやら彼は何も言う気がないらしい。



「記憶の神シュネエラの祝福をいただいております。私はどちらでも構いかませんよ」

「フェーゲって、やばい国だよね。ホント」

「ふふっ、お褒めの言葉と受け取っておきましょう」



殿、マリアンがやる必要のない儀式の歌を覚えているなんて、お国柄といえば良いのか。まあ、こういう備えをしている国だからこそ彼らが強いんだろうけど、ゾッとしない。


流し込まれた魔力がなじみはじめたのを確認して中心へエスコートしてもらう。



『私たちは神々からの恵に感謝いたします』



終わりのための祈りを捧げる。


終わりの祈りを捧げた天使は神に仕えると伝承されている、まあ、要は最期の天使なんだからきちんと神様の元で働けってことだと思う。言い方を変えると、終わりの歌を奉納する天使は闇の神に拐われる。


マリアンは怒る、だろうか。

自分を責めずにいてくれるだろうか。


祈りの歌が進むと、私とマリアンの魔力が渦を巻いて、崩れかけていた建物が砂となり、枯れていた木々も、息のない天使たちも神からの祝福を受けて土に還る。

アスダモイが忙しそうに魔法を行使しているから生き残りは多少いたみたいで安心する。



『光の女神バルドゥエルへの感謝を』



魔力の渦が弾けて、澱んでいた空気が晴れた。空から降りてくる光が、儀式が古の通りに成功したと教えてくれる。



『献身に応え、祝福を授けよう』



私でもマリアンでもない、神からのお告げが降りるや否や、神の祝福で視界が真っ白に染まった。

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