第23話 堕天使は覚悟を決める

鈍い音と激しい炸裂音が続け様に響き、いつもの穏やかでどこか艶めいた声音から考えられない、地獄から響くような低い声が聞こえた。



「私の番を害したのはだれだ」

「マリアン!待て!ちょっと一瞬で頭を飛ばすな!殺したら意識を読めないだろ!」

「簡単に殺すかよ、殺されておけばよかったと思うほどの地獄を見せてやる」

「うわ、マジか。待って、おまえガチギレしてんの?ってあれ、え?嘘でしょ、そこに倒れてるのソフィア様?」



聞きなれた声が聞こえた気がする。


最期に迷惑をかけたお詫びと、これまでのお礼を言いたかったなと思ったから幻聴だろうか。



「ソフィア……?」



駆け寄ってくる足音も、柔らかく壊れものを扱うかのように触れるこの手を知っている。でも、こんなにも震えてるのは知らない。匂いもマリアンの甘い匂いがする。


って、え?もしかして、現実?!


というか、ちょっと、意識はあるのに指先一本動かないのどうなってんの?今のうちにお礼を言っておきたいのに、全然動けない。



「返事をしてください。ねぇ、ソフィア、まさか私は間に合わなかった?」



マリアン、間に合ってるし、めっちゃお礼を言いたいのに身体が微塵も動かない。


え、これ、もしかして、私、死にかけてる?!

確かに学術書に死に際は音が最期まで聞こえると書いてあったけど、マジか!もどかしいのもほどがあるでしょ!というか、怪我をしているわけでもなく死にかけるとか!なんだよ、私も天使だったのかよ!?



「生きてるやつがい」



マリアンでもアスダモイでもない声がしたと思ったら言葉の途中で不自然に止まった。



「マリアン、冗談キツイ。おまえ、ここで神話創る気なの?俺一人でおまえ止めんの無理だっての」

「なんで?わたしが、読み切れなかった。護ると約束していたのに!」



違う。その責を負うのはあなたじゃない。



「待て!マリアン!くそ!まず確認しろ!!」

「エデターエルに人間がいるはずがないのだから、それも武装していたら敵に決まってる」

「そっちじゃねえ!敵は別に証拠を取れるぐらいに残骸があれば良いっての、俺が言ってんのはそっちじゃなくて、おまえ、癒しの魔道具あるか?」

「……ある、すまない、シジル。癒しの神アスクリィエルよ、祝福を与えたまえ」



そうだ、私は私のせいで悲劇が引き起こされたからといって目を背けて死んでお終いにするようなのは赦されない。

間違ってもマリアンに責を負わせてはいけない。絶望して闇の神に誘われてる場合じゃない。


生きなきゃ、生きて、苦しんで、這いつくばってもやるべきことがある。



「っ癒しがかかる」

「良かったぁぁぁ。俺が死ぬかと思った、割と本気で。神話級の地獄作られるかと思ったよ」



なんか私が途中で力尽きかけたせいでごめん、アスダモイ。心の中で謝っとくよ。



「ま、りあん?」

「ソフィア!消耗します。まだ話さないでください」

「ね、ありが……う」



薄らと見える青い膜の向こうにマリアンがいる。周りの木々は枯れているのは変わらないし、エデターエルの状況はきっと悪化している。


それでも、マリアンが来てくれて嬉しいと思う私はやっぱり天使失格だろう。



「マリアン、俺は近くを探索してくる。あまり動くなよ」

「ええ、わかりました。探知用のイヤリングつけていますか?」

「つけてる、じゃ、行ってくるわ」



立ち去るアスダモイを見送ってしばらくして青い膜が私に吸収されていった。初めて見たけど、たぶん癒し用の魔道具かな。



「マリアン、癒しの神アスクリィエルよ、祝福を与えたまえ」

「このぐらい……いえ、ありがとうございます」

「うん、私の魔法チェックも兼ねた。助かったよ、来てくれて本当にありがとう」



マリアンの頬についていた傷に癒しをかけたら問題なく発動した。でも、いつもより魔力消費が早い気がする。



「なにがあったか、伺っても良いでしょうか」

「うん。でも、見てもらった方が早いと思う。アスダモイが戻ってきたら行こう」

「わかりました。ソフィア様、こちらの御守りをつけていてください。まさか全て使い切るとは思っていませんでした」

「御守りがひとつでも足りなかったらここまで来れなかった。あなたは正しかったよ、マリアン」



少し多いんじゃないのかとか過保護では?と思ったこともあったけど、マリアンの判断が正しかった。



「こんなに濃密に闇の神の気配を感じるなんて、エデターエルは」

「生き残った天使を探さなきゃいけない。生存している天使と数少ないけど精霊もいるはずだ。保護しないと危険だから、とはいえ、あなたたちに頼るしかないのは心苦しいんだけど」

「問題ありません。そのためにペトロネア殿下に送られました。ただ、本当ならあなたは学院に戻っていただきたいのですが」

「ダメだよ。私がこの国を見送らないといけない。これは私が、きっと心の奥底で望んでいた結果なんだと思う。だから、私が責任を取らないといけない」



言い切るとマリアンは緩やかに目を伏せて、私の首筋、マリアンが穿った魔法跡をなぞった。

平和を愛おしむマリアンは、天使のくせにこんな地獄を引き起こした私のことを赦してくれるのだろうか。番の証まで与えたことを後悔していないだろうか。


私に心は読めないし、色も見れないけど、マリアンはきっと心がキレイだと思う。だから、彼に私は相応しくない。

うん、この件が終わったら手を離してあげよう。そう決意するとマリアンが目の前にいてくれるのは今だけ。今だけだから、どうか一緒にいることを赦して欲しい。



「アスダモイ、どうだった?」

「レイドの傭兵だらけだな。俺の回った範囲で被保護者はいなかった」

「ありがとう。説明するよ。二人を、中央広場に案内する」



二人をエスコートするように手を差し出した。

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