第21話 戦う天使
突如、遠くから地響きのような音が聞こえて、大広場が赤い光に染められた。遠くから聞こえる喧騒と、臭いからして、どこかに火が放たれたらしい。
「急ぎ七斗学院に戻れ!」
学生の天使たちにそう叫んだが、反応して飛び立ったのはアリエルのみで、他の天使は動かない。
ああ!もう!パニックも共感するのかよ。
アリエルの天使能力の低さにちょっとだけ感謝するけど、他の天使は無理やりにでも引っ張っていくしかない。
そう思って手を引こうとしたら、私の隣に立っていたイェルミエル様が倒れ込んだ。柔らかな微笑みを浮かべたまま倒れ、まるで美しい人に魅入られたような幸せそうでいて虚ろな目を閉じた。
「イェルミエル様!?」
イェルミエル様を助け起こそうとして、気がついた。広場にいる天使たちが次々と倒れていく。
「癒しの神アクスリィエルよ、我が力を糧に祝福を与えたまえ」
省略した簡易祝詞とはいえ、イェルミエル様が回復の祝福をまったく受け付けてくれない。私が治せないのは死者のみ、ということはイェルミエル様はもう。
「なんで?」
近場にいた他の天使にも癒しの祝福をかけるが、一切通らない。外傷もないのに、なぜ?まさか、闇の神に魅入られるのもまさか共感するのか?
いや、そんなはずはない。そんなことが起こるならこれまでに天使が集まるのは禁止されてるだろうし、見送りの儀式前の国葬なんて行事が無くなっているはず。つまり、これは特殊例。
そういえば、ラファエル兄様はまだ無事?
いつの間にか見渡す限りの天使が倒れている。さっきラファエル兄様は棺の近くにいたはず。と思い、見渡して直ぐに見つけられた。赤赤と広がる魔法陣がラファエル兄様の居場所を教えてくれる。
「ラファエル兄様!」
時間が無い!ラファエル兄様の眼前で展開されている魔法陣に手を突っ込む。
炎を放つ魔道具が発動してラファエル兄様が矛先になっている。時の神クィリスィエルの紋様があるから、時間で発動するように仕掛けられていたらしい。あのリドワルド離宮のような護りがあればこんなことにはならなかったのに、と歯ぎしりするのはあとの祭りだ。
ムカつく、ついでに活用してやる!
攻撃用の火球を救援用の閃光弾に変えて方向も真上に書き換える。無事に書き換えが間に合って、閃光弾が頭上に打ち上がると、水の壁が私とラファエル兄様の周りに展開された。
次は何事かと思ったら、マリアンから貰った御守りネックレスが青白く輝いて、私の護りとして発動していた。
「ソフィア……」
「闇の神が眷属モルーピエラよ、我が力を糧に祝福を与えたまえ」
意識がある限り、ラファエル兄様が誰かに共感して闇の神に魅入られる可能性がある。睡眠を司るモルーピエラの祝詞でラファエル兄様を強制的に寝かしつけたところで、ようやく息をついた。
にしても、この水の壁、いつまで発動するんだ?
でも、マリアンの御守りが最大出力で防衛しているなんてこの壁の向こうで一体なにが起きてるんだろう?
羽根をもつ軽い一族だったことに感謝しながらラファエル兄様を助け起こして寄り添う。でもいくらラファエル兄様が軽くても私の腕力がポンコツだ。学院に繋がる転移陣まで運ぶのはちょっと、いや、無理とか言ってる場合じゃない。
そういえば、緊急時はイヤリングを壊せとマリアンに言われていたとようやく思い出した。
潰してしまうのが惜しいほど精巧に魔法陣が埋め込まれたイヤリングだけど、背に腹はかえられない。地面に叩きつけるとガラスのイヤリングは木っ端微塵になった。ふわりと薫るマリアンの魔力の匂いにちょっとだけ安心する。
「私は天使じゃないけど、エデターエルの王女だ」
いつの日か優しく語ってくれたラファエル兄様の声を思い出す。そういえば、あのときはイェルミエル様も一緒だった。
「王族は国民のために在る、私たちは国の未来を視なければいけない」
闇の神に魅入られたのは広場にいた天使、遠くにいたら無傷なはずだ。ラファエル兄様を七斗学院まで送って学院に託して、それから生き残りの天使を探してとりあえず七斗学院に送ろう。あの学院には強い先生たちがいるし、対価次第では他国の助けも得られる。
そういえばどうしてお祖父様は急に亡くなったのだろう?
せっかく棺の近くにいるのだからと思ってお祖父様の上に乗せられている花を退けると、予想通りであって欲しくなかったけど、予想通りの姿がそこにあった。お祖父様は炎の魔法で胸元を撃ち抜かれてる。
お祖父様は話したこともないし、これといって私と関係があったわけじゃない。遠くから見ていただけの存在だから特に思い入れもない、ただ答え合わせしただけなのに、どうして喉元に熱い塊が込み上げてくるんだろう。
あぁ、もう。
視界を遮る水のせいで確認がしにくいじゃないか。本当にラファエル兄様のときと同じ攻撃なのか。亡くなってどれだけ経つのかを確認しようと、お祖父様の周りの花を避けて、棺に刻まれた魔法陣を見つけた。
「待てよ、魔法陣?棺に施された魔法陣といえば」
転移陣だ。それも七斗学院に繋がっている。闇の神に魅入られた天使を祈りの木まで運ぶための転移陣が目の前にある、それも棺についているから他人が動かす型だ。意識がなくても安全に転移させるのにこれほど信用の置ける型式もない。
とっても不謹慎だけど、私は正規の天使じゃないし、その上、堕天使になるのも確定してるし、罰当たりだなんてことは知ったことじゃない。
「お祖父様もラファエル兄様のためなら怒らないよね!」
ラファエル兄様以上に軽いお祖父様を棺の傍に横たえ、代わりにラファエル兄様を棺に寝かせる。転移の祝詞は儀式練習で散々習ってきた。
「我らに数多の恵をもたらす神々に感謝を。風の神シナッツエル、土の女神ネルトゥシエルよ。我が力を糧に、祈りに応えたまえ」
私の魔力に包まれた棺は黄色の渦を巻いて移動を始める。光の渦はそのままゆるやかに細くなり、消えた。
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