第19話 堕天使の願い

私がマリアンと婚約をした。床にはしたなく転がり回ってくすくす笑いたいぐらい現実味がないが、私とラファエル兄様がエデターエルに戻ってしばらくしてから婚約は正式に発表された。


悪びれもなくマリアンがエリザベート様に私に印を付けたと牙を穿った跡に浮かんだ模様を見せたら話は早かった。

吸血鬼が番を逃がさないための独自の魔法らしい。やる前に言ってよと思わなくもないが、こういうのは惚れた方が負けだ。仕方ない。


それにマリアンが言うには、エリザベート様はそのシナリオを望んでいたらしい。

当主の意向をわかっていても私が望まないなら無視したまま国元に返すつもりだったというマリアンはやっぱり良い性格している。でも、エリザベート様にうまいこと絡め取られたなぁとも思う。



「時の神クィリスィエルの気まぐれに翻弄され、闇の眷属ピオスエラに魅入られたような心持ちでした。お待ちしていました、私の土の女神」



七斗学院に転移するなり、ドロドロの愛の言葉を流し込まれて動揺が抑えきれない。


うわぁ、前の演技はなんともなかったのに。笑みを浮かべているもののマリアンの目が本気だ。応えなかったらわかっているな?と問いかけられている気がする。



「時の神クィリスィエルのイタズラを乗り越え、癒しの神アクスリィエルの御加護を賜りました。お出迎え嬉しいよ、私の風の神」



手の甲に挨拶のキスをすると思って手を出していたのに、手をくるりと反して周りに見せつけるように手首に口付けしてくれた。

ちらりと見えた牙が気になってしまうのはマリアンに牙があることに気がついてしまったからか。


マリアンは呆然としている周りを歯牙にもかけず、そのまま黒いフェーゲのマントで私を覆うと少しだけ屈んで耳元で囁いた。



「あとで進捗を伺いますが、お茶会では普通に振舞ってください」



周りからしたら久々の逢瀬に堪えきれず口付けしたのかと思われるようなシチュエーションなのに、現実はやっぱり真っ黒。

まあ、お相手が悪魔だ。そして私も物語によくいる儚くて美しい天使じゃない。マントから出ると、フェーゲでの滞在中によく見た天井を仰ぎみる仕草をしているシジルが見えた。


だから、誰の魅了避けだっての。


その後、無難に新学期はじまる前の学院の歓迎パーティを興味津々のノアやエイヴェリーに社交期間中に決まったことと情報を流して、外交を兼ねたお茶会ではペトロネア殿下と無難にマリアンのことを話して終える。


フェーゲとのお茶会外交はペトロネア殿下の心の色を見てもらうためにイェルミエル様に同席してもらったが、ペトロネア殿下は本当になんとも思ってないらしく、それはそれで引いた。

自身の婚約者候補が別のひとと婚約したのに何もないというのも驚くが、側近が婚約したのにお祝いの気持ちもないのはすごい。魔王の血筋に現れる心の欠如は噂じゃなくて事実だったようだ。



「噂の速さに驚いたよ」

「私も驚いています。ソフィア様の顔の広さを舐めてましたね」



いつものベンチで打ち合わせ、どうやってエリザベート様とラファエル兄様の策から逃れるかを打ち合わせる。


それにしても、マリアンが私を溺愛しているアピールは中々堂に入っていて、わざとオーバーにしていると知っていながら楽しくなるぐらいだ。お昼休みや放課後は教室までお迎えをしてくれるし、見せびらかすように青い宝石のついた茨モチーフの装飾品をくれる。

装飾品のほとんどがマリアンの魔力が込められた御守りだ。髪飾り、ネックレス、ブレスレット、アンクル、イヤリング等、付けられるものは全て付けている。ちなみに茨はベリアル家の紋章だ。



「学院内に怪しい動きはありませんね。フェーゲ内にもを害そうという動きはありません」

「……マリアンは大丈夫?」

「お気遣いなく、元々ベリアル家は恨みの数で他の追随を許しませんので」



国外に知られるほどの謀略一家はさすがに恨まれてるらしい。それを鼻で笑うあたりでマリアンの実力がわかる。



「そうなると、やっぱり次の社交期間かなぁ」

「エデターエルは争いが起きたことがありませんから、狙いやすいでしょうね」

「王宮に門すらないし、入り放題だと思うよ」

「多少なら御守りが撥ねますが、私と同クラス以上の魔族からの攻撃となると、難しいですね」



なにか思いついたらしく続けて「調べます」といい、何かを納得した。



「にしても、この御守りムズムズするね」

「違和感ありますか?でも、虫除けにもちょうど良いでしょう?」

「ノアもアルフィも引いてたよ、めっちゃイイ顔してた」



他人の魔力が近くにあるといないはずなのに近くにマリアンがいるような錯覚を起こす。私が戦えないから仕方ないとはいえ、数が多い。


物理攻撃を弾くもの、魔道攻撃を弾いて術者に返すもの、精神攻撃を阻むものが三連になっているブレスレット、どれも大粒のサファイアでマリアンの魔力が込められているのを見せたらめちゃくちゃ引いていた。

「嫁をどんだけ護るんだよ!その嫁、どこの戦場にいるの?!」というのはノアの発言だ。私もそう思う。でも、謀略という戦場真っ只中にいるから仕方ない。



「本当なら、リドワルド離宮の中にずっといて欲しいぐらいです」

「あぁ、あの離宮は楽しかったね」

「ただ、ソフィア様は自由に飛んでいる姿が一番美しいですから、自由にされてください。私の元に降りてくる日を待つのも楽しいものです」



魔族ならではの文化といえば良いのか、マリアンは中々に危険な香りのする口説き文句をくれる。まあ、私はもう口説き落とされてるんだけどね。


謀略と策略で有名なベリアル家の嫡男がこんなに優しくて強い魔族なら、これじゃあ、エデターエルから定期的に堕天使がでるのも納得。

マリアンがここまで協力してくれるのだから謀略に負けるつもりはないけど、例えこの謀略戦に負けてもこの期間をとても楽しい思い出に飛び立てる気がした。

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