第18話 天使と悪魔は共犯者

ラファエル兄様が私を国益に使う、それが良いと考えているなら仕方ない気もした。

だって、ラファエル兄様がいなかったら私はとっくにこの世にいなかった。もちろん教育もされなかっただろうし、そもそも赤子の時点で誰も世話しなかっただろうから成長することなくこの世界とおさらばしていただろう。



「どうして笑うのですか」

「え?」

「あなたは怒って良い、信じていたご兄妹に裏切られたのでしょう?どうしてそんな風に笑うのですか。私なら四肢を引きちぎって苦しみ抜かせて、死んだら血を飲み干して、骨を消し炭にして跡形もなく消し去るぐらい相手を憎む」



さすがは魔族、発想が苛烈だ。でも、そんな苛烈な言葉と裏腹にマリアンは静かに涙を流していた。それに、私が動揺した。頬に添えられたマリアンの手が冷たい。


というか!なんでマリアンが泣くの!

ああ!もう!マリアンが泣いてるともやっと、イラッとする!私は天使なのに庇護欲?というのを覚えてしまったらしい。こうやって私はどんどん天使から外れていくんだ!と頭の中で悪態をつく。



「ねえ、マリアン」

「なんでしょう?」

「私は私の自由な意志で、あなたの心を映そう。だから、マリアンは何を望む?」



ラファエル兄様が望むなら、それはもう天使らしく儚くキレイに散っても良いかと思った。でも、同時にそんなの嫌だと反抗する私にも気がついた。ただ反抗する私は小さくて、まだ1人じゃやってけない。


だから、ラファエル兄様以外に私に親愛の情をくれている数奇な魔族に今後を委ねてみようと思った。そんな気分だったってだけ。


あぁ、違うな。うん、違う。嘘や言い訳を自分に言い聞かせるのは良くない。私はマリアンの心を映したいだけだ。


単純に言えば、好きなんだろう。


天使と違うひとを魅了する色っぽい仕草が、殿下に認められたい一生懸命さが、平和が似合わないくせに平和でなにもない日々を愛おしむ指先が、真っ直ぐな蒼い瞳が、全てが私の心を温かくして、締め付けるような苦しみまで一緒に連れてくる。

相手を魅了もできてないくせに悪魔に堕とされる天使とか、本当に笑いも出ない。



「ソフィア様」

「なあに?」

「私は、ソフィア様にはソフィア様の心のままにいて欲しいと願っています」



予想外の言葉にマリアンを見つめてしまった。そんなの、そんな風に言われたら。たった今自覚したばかりの雛鳥のような感情が飛び立とうと奮闘している。

絶対、頬が赤い。むしろ耳まで赤くなってる感じがする。誤魔化すように心の底から楽しいと言わんばかりに笑った。



「ふふふっ、マリアンは予想外を連れてくるから面白いね。それじゃあ、遠慮しないよ?」



一歩もない距離にいるマリアンにしなだれ掛かると危うげなく支えられて、このひと強いんだなぁと改めて実感する。


急に距離を詰めてきた私にちょっとだけ動揺して揺れる蒼い瞳を見上げながら、片手で襟を、もう片方の手でそっと袖を掴む。胸元に耳を当てれば私以上に早く鳴る心臓の音に見込みなしではないと嬉しくなる。

緩やかに目を伏せてから視線だけマリアンに合わせて、真っ直ぐ見つめる。



「風の神シナッツエルの御加護を賜れないでしょうか?」



ひらたーく、平たく言えば、私の夫になってくれませんか?と問いかけた。

一応、天使として使える魅了の仕草も使った。まったく魅了の力はこもってないけど、本気度合いは伝わったはず。これで断られるならラファエル兄様の策に大人しく従おう。



「遠慮しないと言うなら魅了してくだされば良いのに……」



大勝負したのに頭上でめちゃくちゃため息つかれた。私が袖を掴んでいない方の腕が背中にまわる。



「魅了したらマリアンの意思じゃないでしょう?」

「もうご存知でしょう?私は当の昔にあなたに魅了されていますよ。ただ、二神に奏上するのであれば、私への裏切りはわかっていますね?」

「天使らしいキレイな死に方はできなさそうだね。堕天使らしくて良いんじゃない」



そりゃもう吸血鬼が裏切り者にどうするかはフェーゲ以外にも知られているぐらい苛烈だ。さっきのマリアンの発言が控えめなぐらいの昔話が神話として語り継がれている。アルミエル先生が言うには実話らしいし、浮気なんかした日には神話に負けないぐらいの過激さで私を屠ってくれるだろう。



「えぇ、私に土の女神の御加護をお贈りいただけるなら、私があなたの守護となりましょう」



耳元でその言葉が吹き込まれるや否や重いブツッという皮膚に牙が穿たれる音がした。

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