第16話 天使は気狂な研究者
長閑な離宮だ。普通の天使なら、あら素敵、うふふふみたいに楽しく過ごせるのかもしれないが……。
蝶の羽ばたきすら聞こえそうな穏やかな庭、咲いている花は見知ったものばかり、食べても美味しくない、魔法薬にもならない種類ばかりだ。そういや天使向けの離宮だった、有害な効果もある花を植えるはずもなかった。
「マリアン、門から出るのはダメ?」
「避けていただけると嬉しいですね」
生憎、普通なんて言葉を遠くに投げ捨てて久しい私からしたら暇だった。
「思ったより早くお役に立てそうですね」
「さすがマリアン。なに用意してくれたの?」
「こちらへ」
私の暇だよ!を的確に読み当てたマリアンはもしかしたら私よりも天使の能力が高いのかもしれないとか妙なことを考えながら、マリアンのエスコートを受ける。
離宮の外れに小さな小屋があった。壁にまとわりつくように巻かれたツタには錬金術で有用な木の実がなっていて、畑にはフェーゲでしか取れない希少な魔法薬の材料がある。
これは、すごい!!案内してくれたってことは、これ使わせてくれるのかな?!
「小さな建物ですが、あなたはこれぐらいの規模がお好きでしょう?」
「実験室は広過ぎると魔力で満たすのがめんどくさいんだ!あぁ!ステキだよ、ありがとう、マリアン」
小さな建物の中には錬金術に必要な道具が揃っていて、魔法薬も作れるよう大釜もある。基本から応用まで、レシピ帳も本棚に備え付けられていて、最高だ。本当によく分かってくれている。
実験室を飛び回る私を眺めてマリアンが微笑む。
「母からあなたを喜ばせるのに予算を考えなくて良いと言われましたから」
興奮してフェーゲでしか取れないもので作れる魔法薬に取り掛かろうとしたけど、マリアンのその言葉に思わず止まった。
あの謀略に生きるベリアル家の当主、あの妖艶な淑女が私にそれだけの価値を見出している?
もしかしたら、この間の「神のお告げ」とアルミエル先生が名前を付けた現象のせいでフェーゲでは私の価値が上がったのかもしれない。
ただ、私にぽつりと残ったのは、マリアンが私を喜ばせようとしたのは私の能力にそれだけの価値があるとベリアル家の当主が認めたからだという事実だった。
待て待て!その何が悪い?なんで、いまちょっと悲しくなった。さっき蓋をしたばかりなのに、くそ!
魔法薬に使おうと思って握っていた葉っぱの束を少し振り回して変な方向に走り出そうとしていた考えを飛ばす。
「この離宮にいる間は問題ありません。最大の護りを付与しています。ただ、今のフェーゲではエデターエルからの使者はソフィア様の方が重要なのです」
「そう……」
「怖がらせてしまいましたか?今回の滞在では、どこへ行くにも私をお連れしてくださいね。必ずお護りします」
マリアンがこれまでになく私に色々と情報をくれるのはそれだけ今のフェーゲが揺らいでいて危険だということだろう。
学院でのように適当に飛んでいかないで欲しいというのを恐怖と一緒に教えてくれる。そのやり方はフェーゲ式の教育なのかもしれない。
天使は教育に多幸感を与える魔法や共感を強める魔法を使って感覚を共有したりして学ばせるからお国柄かな。
「大丈夫だよ。ここには揃ってるもの。でも、マリアン暇じゃない?」
「私が時間を潰すための道具も置いてあります」
「しれっと……まあ、強かなところがマリアンの良さだよね」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
コーヒーや紅茶を淹れる道具やちょっとしたお菓子、私の趣味じゃない本までもが本棚にあると思ったらそういうことらしい。
「錬金術をはじめるなら私は外でお茶をしますが、どうされますか?」
「魔法薬からやるから中でどうぞ」
「では、お言葉に甘えて」
見られてるの気になるなぁと思っていたのは最初の数分だけだった。この部屋、最高過ぎる。
鍋の様子を見るために基本の回復薬を作ったところで、上級回復薬に変えるための貴重な薬草があることに気がついて、さらに解毒剤にするための花まで置いてある。
そうそう、こっちのやつを混ぜたらきっと痺れ薬になりそうと思ってたんだ……。もう一度、基本の回復薬を作らなきゃ!それでそれで
「ソフィア様」
「えっ?」
マリアンに強制的に動きを止められた。私を怪我させないようにかそっと壊れもののように抱きしめてくれているから悪意はない、むしろマリアンが私に悪意があるなら名前を呼ぶ前に私を消し炭にできるぐらいの力量差がある。
「失礼、驚かせましたね」
「あ、ごめん。晩餐だね」
窓の外を見れば夕方、私がここに国賓で呼ばれているなら今日は晩餐会か会食があるだろう。さすがにこの魔法薬だらけの格好じゃそのまま行けない。
「離宮に戻りましょう。あなた方の世話をする精霊一族を紹介いたします」
「楽しみだよ」
エスコートのために差し出されたマリアンの手に応えた。
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