第15話 天使対悪魔
マリアンにエスコートされて入ったお部屋ではお茶の用意が整えられていた。相手の心を読めない私はお茶会あまり得意じゃないんだけど、公務だし、仕方ないかなぁ。
「ソフィア、挨拶をしたら私の代わりに離宮を探検しておいで」
「承りました。ラファエル兄様」
ニッコリ社交用笑顔を浮かべるラファエル兄様を見てもマリアンは平然としているから、やっぱり吸血鬼は魅了の力を持つだけあって耐性も強いみたいだ。
「ソフィア、私の土の女神ネルトゥシエル」
ラファエル兄様がこうやって親愛の情を他人の前で発露させるのは珍しい。
兄妹間で、土の女神ネルトゥシエルと呼ぶのは可愛がっている妹という意味だ。私からラファエル兄様を呼ぶときは、水の神ハーヤエルと呼びかけることになる。
そっと私を抱きしめるラファエル兄様はやはりいい匂いがするし、柔らかくて温かい。豊かな髪からは柑橘系の香りがする。以前に私が贈ったオイルを使ってもらっていたみたいだ。
「私にはラファエル兄様以上の水の神ハーヤエルはいませんよ」
「土の女神ネルトゥシエルの守護者は私だけでは足りないですから」
儚げに笑ってみせるラファエル兄様に思わず私が膝をつきたくなる。
横目でシジル・アスダモイが手で顔を覆って天井を見上げているのが見えた。簡易的な魅了避けだけど、ラファエル兄様の魅了はそんなんで遮れない。
「そういえば、マリアンとアスダモイは私たちに付いていて、正気保てるの?」
「ペトロネア殿下から装飾品を賜りました」
要は魅了耐性を上げる御守り、またはペトロネア殿下に魅了された状態へ上書きする魔道具と推測した。シジル・アスダモイの返答に納得する。通りで。あの仕草だけでラファエル兄様の魅了を弾くなんておかしいと思った。
「ソフィアは良い子だね。でも、もしものときは躊躇ってはいけないよ」
ラファエル兄様の言葉に困惑する。ラファエル兄様は私が魅了できないのを知っているはずなのにどうしてわざわざそんなことを。
重々しく扉が開いて、シジルとマリアンが胸に手を当てて壁際に寄る。攻撃の意思はありませんという表現だ。つまり、2人が敬意を払うクラスの魔族が来た。
「時の神クィリスエルのお導きに感謝いたしますわ」
そう微笑んだ女性は妖艶だ。ぽってりとした唇に赤のルージュを引いていて、身体の線に沿ったドレスが目の毒なほどだ。
あぁ、どう見てもマリアンの母親だ。言われなくても理解できるぐらい血の繋がりがわかる。一つ一つの仕草に色っぽさがある。
「光の神バルドゥエルの微笑みを見たようです」
ラファエル兄様とマリアンの母親が挨拶する様はまるでマナー教本に載っている例のようだ。麗しくも白々しい。
これは、ラファエル兄様が探検に行きなさいと言った意味がわかった。この人と言葉を交わすお茶会に私がいたら足でまといだ。
「ラファエル様の土の女神ネルトゥシエルにご挨拶申し上げてよろしいでしょうか」
「ええ、ソフィア、いらっしゃい」
「はい、ラファエル兄様」
ラファエル兄様に寄り添って立つ。
「時の神クィリスィエルのお導きにより、光の女神バルドゥエルとの邂逅がなされました。ベリアル家当主、エリザベート・ベリアルと申します、殿下」
「時の神クィリスィエルのお導きに感謝いたします。光の女神バルドゥエルの祝福を得られたようです。ご挨拶ありがとうございます、エデターエル第七王女ソフィアと申します」
めちゃくちゃ長い挨拶を交わしているが簡単にしちゃえよと言えないぐらいの緊張感だ。魅了の耐性が強くて良かったと安堵するほどに、エリザベート様からの力を感じる。
「では、我が息子マリアンを殿下の側仕えといたします。眷属のように気兼ねなくお使いください」
「エリザベート様からの守護の神シナッツェルの御加護はさぞ頼りになることでしょう。ソフィア、風の子のように見て周りなさい」
ラファエル兄様とエリザベート様の会話が終わると、マリアンが正式な作法で私のエスコートをしてくれるようだった。
マリアンが膝をついて私の手に触れる許可を求めてくる。緩やかに傾げられた首にかかる髪の毛が異様に色っぽい。なんというか、吸血鬼の彼らの魅了はラファエル兄様たちとは異なる方向性で、思わずドキッとしてしまう。
柔らかく天使らしい微笑みを意識して笑い、差し出されたマリアンの手に手を合わせると、視界の端でアスダモイがまた顔を手で覆って天井を仰いでいた。
私に魅了なんかないからと思ったが、マリアンの魅了対策か。それって、一緒に働く同僚としてどうなのよ。
「それでは、エリザベート様、ラファエル兄様、風の神シナッツェルの御加護を賜らんことを」
私が退出の挨拶を申し出るのに合わせて、マリアンが扉を開けてくれた。
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