第14話 天使の好む離宮
到着するのはフェーゲの離宮の一つと予め聞いていたけど、これが離宮ねえ。
転移陣が描かれているのは中庭の東屋らしく、美しい庭園に到着した。色とりどりな花々が咲き乱れて、煉瓦で縁どりされた小道は綺麗に掃き清められている。
話でしか聞かない姉様連中が好みそうな離宮だ。ラファエル兄様は意外と効率重視だから王城以外の別宅を持っていない。
「綺麗なところだね」
「ペリが選んで整えた場所です。会ったときに伝えると喜ぶでしょう」
「そうだね、そうするよ」
ペリと言われてあのフェーゲ出身なのに全く戦えない精霊の子を思い出した。確かに、彼の気質的に掃除とか場所を整えたりするのは得意に違いない。今度あったらお礼を言おう。
この庭園、天使が苦手とする噴水もないし、緩やかに流れる小川は透き通っているし、まるで物語の世界だ。
「この離宮の名前は?」
「リドワルド離宮です」
ラファエル兄様から聞いたことのある離宮だ。
なるほど、エデターエルからの使者はここを使うものらしい。
マリアンにエスコートされて、東屋から離れるなり、東屋が見えなくなった。結界か。まあ確かに、庭に出入口を置くのは不用心過ぎるし、七斗学院への侵入を許してしまう。そのぐらいはするよね。
「随分と楽しそうにしてくれるんですね」
「え?なんで?楽しいに決まってるじゃない。あなたも楽しいでしょう?」
美しい景色は悪魔の心も溶かせるらしく、マリアンも先ほどまでの張り詰めた雰囲気を少し緩ませて、柔らかく笑っている。
「……読まないんじゃないんですか?」
「別に能力使わなくても、あなたのことはわかるよ」
それを聞いて少し息を飲んだマリアンの反応を見て、それじゃあ、私がマリアンをよく観察していると言っているに等しいと気がついた。
「お!あっちに見えるのが王城かな?」
誤魔化すように、視線の向きを変えることにした。少し翼を使って飛び上がり遠くを見れば、離宮の壁の向こうが見える。堅牢でいかにもフェーゲらしい砦のような城がそびえ立つ。エデターエルの宮とはかなり異なる。宮には下手すると門すらないところがある。
これなら、王城見て興奮して赤くなってると思われないだろうか。
「そうです、あまり上に飛ばないでください。この離宮は目隠し等の結界を重ねかけしています」
「あぁ、そうなんだ。危なかったね、ありがとう」
「あまり私から離れないでください。遠くに行かれたら護れないでしょう?」
きっと他意はない。ベリアル家が護りきれないという事態を回避するための忠告だ。
そうに違いない。
だから感情にはそっと蓋をして見なかったことにしよう。彼は私に愉快な日常をもたらす共犯者のままで良い。
「なに?また何かに使うのかい?」
「もう危険なことに巻き込むつもりはありません」
革手袋越しにも手に力が入ったのが見える。マリアンからしても、学院でフェーゲの第三王子一派が天使である私に襲撃をかけてきたのは想定外だったらしい。
とはいえ、襲撃はされたもののマリアンから渡された護りのブレスレットが発動して無傷だった上に、通りかかったペトロネア殿下が撃退してくれた。
御守りのえげつない効果にも引いたけど、それ以上にペトロネア殿下が指を弾くや否や私の見えない世界で行われたなにかで、残っていた襲撃者を打ちのめしていた。勝負の瞬間が、一瞬過ぎて引いた。いっそ私には見えなかった。ペトロネア殿下、他の王子たちと比べて桁違いに強過ぎでしょう。
「そう?エデターエルではないことだから、あれはあれで面白かったけどなぁ」
「シジルに方法を考えろと忠告されました」
「あなたがそれを大人しく聞くタマかな?」
「どこでそのような言葉を覚えてきたのですか?」
前にノアから聞いたちょっと悪い言葉を使えば、呆れたようなため息をもらった。
「内緒!それに、即死さえしなければなんとかなるよ」
「そういう問題ではないのです。ソフィア様が攻撃される様子を見て、思わず攻撃の加減を忘れそうになった者がフェーゲに何人いるとお思いですか」
魅了もしてないし、天使の力を使ってないのに……というか、使ってないから彼らは攻撃できたんだろうけど、そんなに怒ってくれる人がいたなんて意外だ。
「あー、まあ確かに、ノアとかは怒りそうだ」
なんせようやく仲良くなったエデターエルとの繋がりを断ち切らせてなるものかという怒りは凄そう。新興国ノイトラールのノアとアルフィは他の天使とまだ会話できてないと聞いたし。
「行きますよ」
「はーい」
マリアンに反省事項を思い出させてしまったらしく、不機嫌になった。せっかく楽しそうにしていたのに悪いことをしてしまった。
滞在するリドワルド離宮は、真っ白な神殿のような作りをしている。だが、やはり場所がフェーゲというべきか、エデターエルならアーチで通り抜けるだけの部分がきちんと扉になっている。
その扉もよく見れば、一つ一つの扉に害意のあるものを退けるであったり、刃物を持ち込めない、攻撃用の魔道具を持ち込めないといった魔法陣が刻まれている。
そりゃ、フェーゲの彼らは強くなるわ。
エデターエルののほほんとした空気からは考えられないほど守備に力が入っていて驚く。しかも、たぶんこの離宮だけじゃないぞ、この魔法陣の形式。作りもすごく洗練されているから、宮に限らず全部の建物に付いてるのかもしれない。
そんなことを考えながら、マリアンにエスコートされて離宮に入っていった。
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