第11話 神の歌声
「天使らしくないソフィア」という光栄な噂が学院を席巻したからか、あちこちから交流の申し入れがあった。
特にノイトラールとレイドは変わり者の天使じゃないと相手にして貰えないから必死だった。
純人間の国であるレイド王国からのお茶会の招待に行けば、招待しておきながら王子であるエイヴェリー・アルティンは目を点にして驚いていた。
毎年招待状を送っても来ないから来ないものと思っていたらしい。
まあ、アリエルの反応を見れば行かないだろうことは想像つく。そんなに人間を嫌わなくても良いのに、魅了に頼って生活しているからそうなる……と少しだけ同胞を軽蔑したくなる。
まあ、そんなこんなで過ごした七斗学院は、半年で一期という短い期間なこともあって、一期生の時間はあっという間に過ぎてしまった。
「別れの宴ねえ」
「ソフィア様と離れてしまうのがとても悲しいです!」
「あぁ!私も残念だよ!君が頑張って慣れない神様の名前を言いながら挨拶してきた半年前が恋しいね!」
「だって、めちゃくちゃ緊張して天使の王女様に話しかけたのに、下手したらうちの国民よりフレンドリーに返されて……俺の純情返して欲しいぐらいですよ」
私の言葉に胡乱げに返してくるノイトラール国主令息のノアに思わずにやけてしまう。
「ま、そんなこと言ってるから他の天使と仲良くなれないんだろ?」
「ソフィア様がエデターエル王国の最上位なので、俺はこれで親父に褒めて貰えます」
「そんなこといったらノア以外の人もみんな褒められちゃうね!」
「それは言わないお約束です!」
ノアの後ろに控えているノアの付き人アルフィがクスクスと笑う。最もノアの父親からくだされた各国の重鎮と話してこいというミッションは、その相手が本当に国での影響力があるかないかを確かめるのまでが必須だろう。
エデターエルは情報を他国に流さない国だから私が他の天使に疎まれているのを知らないらしい。
まあ、私以外の天使が今のノイトラールの学生と話すとは思えないからね。ノアたちは天使が魅了するにはちょっと弱すぎる。
「時の神クィリスィエルのお導きにより、相見えました」
「光の神バルドゥエルの祝福をいただきました。本日が宴とは、記憶の神シュネエラの過ちを疑うほどです」
フェーゲの団体様をお迎えして、代表のペトロネア殿下と挨拶を交わすと、ノアが緊張したように笑顔を引き攣らせる。
わざわざ向こうが天使の文化を尊重して堂に入った挨拶をしてくれるのに、天使側が適当な挨拶をするわけにはいかない。
ノアと話すようにフランクに言うなら「また会えて嬉しいよ!」「今日でお別れなんて時間が経つのは早過ぎるよね!」といったところか。
「七神へのご挨拶賜れますでしょうか?」
あぁ、堅苦しくくるはずだ。これは儀式のお誘いだ。
七斗学院にはなぜか知らないが、その期で一番強い学生と一番位の高い天使が別れの宴で神々へ挨拶と呼ばれる歌を奉納する。
ペトロネア殿下より強いひとは、そりゃあ居なかったでしょうね。妙な納得と共に、ペトロネア殿下にニッコリと笑い返す。
「祈りましょう」
一番強い学生から「一緒に儀式をする資格はあるだろうか?」と最上位の天使に問いかけて、実力に問題がなければ「祈りましょう」、問題があるなら「神は祈りに満足されているようです」と断るのが決まりだ。
一体天使は何様だよと思わなくもないが、ラファエル兄様から聞いたところによると神代には意味があったらしい。
ひとの心を読む天使が神へ危害を加えようと企んでいるものを見分けて、そういう不届き者を弾くためだったとか。というか、それなら天使の代表が私じゃダメだろと思わなくもない。まあ、儀式も形骸化されてるってことだね。
「殿下は、記憶の神シュネエラの御加護を得ていますでしょうか?」
「ええ」
どうやら歌詞はすべて覚えていて、どっちのパートでも良いらしい。ここまで完璧王子だと、いっそのことこの殿下の弱点を探したくなってくる。
宴の会場中央に用意された祈りの木に向かって膝をつく。祈りの木は天使が還る場所とも言われていて、エデターエルで亡くなった天使は祈りの木に繋がる転移陣を施した特殊な棺で祈りの木に向かう。
そして、ここで亡くなった天使の家族が見送りの儀式をして、光となって祈りの木から神の元へ参じるらしい。だから祈りの木は最も神に近い場所とされている。
それにしても、歌い始めたらペトロネア殿下と向かいあわないといけないなんて。こんな美人を眺め続けられるなんて役得だけど、落ち着かない。
『私たちは神々からの恵に感謝いたします』
もはやエデターエルの古株または儀式でしか使わない古語で歌い出すと、私の音域に丁度合う低い歌声が重なり始めた。
歌声は当然のように透き通って美しいし、難しい単語も難なく歌ってくる。やっぱりこの殿下にこの類の弱点はないようだ。
ゆっくりとだが、確実に魔力が引き出される。この調子で引き出されると他の天使はかなりギリギリだったんじゃないだろうか。
あ、もしかして、この引き出される量は相手によるのか?ペトロネア殿下はフェーゲの中でも一際強いと聞くから彼より強い人がお相手になることはなかっただろう、ペトロネア殿下と重なる時期に他の姉様連中がいなくて良かったのかもしれない。
『心神イーシテュエルへの感謝を』
向かいあって歌う部分が過ぎて、最後の祈りの奏上に入るべく祈りの木を見遣ると、木が風もないのにわさわさと葉を揺らしてぼんやりと光っている。
え、こんなのラファエル兄様から聞いてないけど。
横目で見てみた
くっそ!こんなときにまで完璧じゃなくて良いんだけど!!
これ、毎年こうなって当然なのかな?
誰も止めないから私たちは無事に歌いきって全ての神に感謝を述べた次の瞬間、私の声でもペトロネア殿下の声でもない声が会場に響いた。
『感謝を忘れぬ愛おしの子らに祝福を授けよう』
その言葉が言い終わるや否や、祈りの木から空へ向かって高く光が昇った。
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