第12話 天使は泥沼へ飛び込む
あの現象は毎年恒例ではなかったらしく、国に帰宅するなり上へ下への大騒動になった。
その場に居合わせた教師のアルミエル様までエデターエルに呼び戻されててんやわんやだ。
とはいえ、祖父母や両親は私と直接話したくないらしく、ラファエル兄様とアルミエル先生に事実と推測を報告したっきり私は放置だ。
「え?イェルミエル様?」
「時の神クィリスィエルの思し召しでしょう」
私の部屋の近くで、おっとりと微笑むラファエル兄様の友人がいた。思わず普通に話しかけてしまって、慌てて私も天使らしい返礼をした。
「ソフィア様の水の神ハーヤエルより、お近くに侍るよう申し付けられました」
私の水の神、つまり、私の兄または庇護者を意味するからラファエル兄様の命令か。休みの間に予定していた教育をイェルミエル様から受けよということかな。
天使ならではの教育は七斗学院では受けられないために親子や兄弟姉妹で教え合うのが通例だ。イェルミエル様は従兄弟だから、まあ、兄妹みたいなものだろう。ギリギリね。
「イェルミエル様のご好意に感謝いたします」
私に与えられた執務室、実質、勉強部屋になっている部屋に入るとイェルミエル様がスケジュールを広げはじめた。
一年は七つの季でできていて、魔力の色と同じ七色が季節になっている。学院はそのうちの四季分を使う。学院が休みなのは残りの三季。
え?休みの三季を学生たちは何してるかって?そりゃ、社交だよ。
あの学院に通うのは国の重鎮や貴族の子弟が大半なために、社交のシーズンは学生を国元に返すというのが学院のスタイル。おかげさまで、私の学院がない期間は、社交と視察、ついでに勉強のスケジュールまでがいい具合に折り込まれている。
うん、暇はなさそう。
「ここからここまでは、フェーゲ王国へご滞在いただきます」
「へえ?」
一季丸ごと?それに、わざわざ私が行くのか。とても珍しい。フェーゲ王国はエデターエルからしたら唯一国交を開いている国だ。
だから毎年、優秀と名高いラファエル兄様が向かっていたはずなのにどういった風の吹き回しだろう。
「ラファエル様にご同行いただきます」
「兄様が?」
「ぜひソフィア様と仰っておいででした。それにアルミエル様がソフィア様はフェーゲ王国の学生と風の子のようにされていると報告していました」
ラファエル兄様の希望なら他の天使は応諾せざるを得なかっただろう。
それに、確かにアルミエル先生からしたら確かに他の天使はみんな幼子だろうけど……。風の子というのは、普通に小さい子どものこと。
幼い子どものように隔てなく仲良くしていたよの表現だ。私はそんなに幼くないし、そもそもフェーゲと仲良くもしてない。
どちらかと言えば、ノイトラールの方が親しかったぐらいだ。
ただ、ちょっとペトロネア殿下の都合に合わせただけで。
「フェーゲ王国の流れを伺っておりますか?」
それを聞いて思わず他人の魔力のこめられたアクセサリーに触れてしまう。
マリアンはフェーゲ王国の内部事情を多くを語らないが、時折激しい攻撃を受けていたり、その余波が私に向かわないように細やかに気を配っていた。
「さざめき程度には」
ノイトラール共和国のノアやアルフィ、レイド王国のエイヴェリーから聞いた噂によると、ペトロネア殿下に成り代わろうと暗躍していた第三王子の一派の残党と、第四王子も怪しい動きをしているらしい。
第一王子ペトロネア殿下がフェーゲ最大派閥である純悪魔派の擁立する王子、第二王子が亜系悪魔派、第三王子が翼系獣人派、第四王子が獣人派、第五王子が精霊派らしい。
さらに、ペトロネア殿下の同母弟は暗殺を回避するために、既に継承権を破棄して、王子位を返上しているとかいう泥沼状態。
その中でもペトロネア殿下は圧倒的な強さを見せつけて、既に第五王子はペトロネア殿下支持を表明して、王位継承権の放棄も近いと聞く。
「よくラファエル兄様を向かわせるよね」
「天使に闇の神の眷属を差し向けられる魔族はおりませんから」
確かに。城に上がれる魔族が普通の天使より弱かったら大惨事だ。弱肉強食のフェーゲの宮務めがそんなに弱いはずもなかった。
学院では襲撃相手を殺さないように加減しているとマリアンが言っていたぐらいだから、国元にいるこの社交期間は文字通り激戦だろう。
天使の力がない私が向かうの危険すぎませんかね……?
ただ、ラファエル兄様は大丈夫だと思っているから連れていくんだろうし、心配し過ぎてもダメか。ちょっとため息をついてから、スケジュールの承認をした。
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