第10話 天使は堕天使を忌み嫌う

「ソフィア様、欲望の神ジラーニエルに魅入られて、天上の甘露を手放すことをなさいませんよう」

「風の神シナッツェルの導きと、欲望の神ジラーニエルの囁きは別物でしょう」



珍しく私が天使らしい?そりゃあ、直截な表現をしたら倒れてしまう同胞に適当な言葉は使わないよ。こういう表現を忘れて、ラファエル兄様と会話できなくなるのも困るしね。


ただ、いくらアリエルが私に釘打ちに来ても、私の行動には関係ない。


レリエルの思惑は難しかったなと目の前で私に対する侮蔑を隠しもしないアリエルを見ながら感想を心の内で述べる。

こういうのを他の種族に見られないエデターエル寮でやるところがアリエルの強かなところだけど、感情でこういうことをできるアリエルは天使としては出来損ないだ。



「堕天使になるおつもりですか?」

「アリエル様、ご存知ですか?私はソフィアです」



堕天使と天使から言われるのは悪魔に魅入られた天使のこと、要はフェーゲ王国に嫁いで行った天使。堕天使と異名がつけられるくらいには普通にいる存在だ。

庇護者を求めて力の強い悪魔を魅了して、その悪魔に堕ちた天使は仲間うちから嫌われる。


でも、思い出して欲しい。


私は天使として認められてないのだから、そもそも堕ちようがない。


それに、いくら私がマリアンに本気になったとしても、マリアンに嫁げる可能性はない。ヘルビムから天使の名前のないソフィアを引き取るほどベリアル家はお人好しではない。

なにより、マリアンはペトロネア殿下のお相手として有力候補だ。国内外に周知されている。私がどう想ってようと叶わない。


……って、そもそも、想ってないけど。



「可哀想に幼き我が同胞、闇の神が眷属ピオスエラに魅入られているようですね」



私とアリエルが言い争っているのを見守っていた上級生の天使イェルミエルが私のことを抱擁する。柔らかくてなんだかいい匂いがする。さすがは天使と褒めたら良いのか。


私のことを幼きと言ったことからもわかるように、彼は七斗学院への入学を遅らせた年傘の天使だ。ラファエル兄様の幼なじみでもある。



「イェルミエル様」

「ソフィア様、あなたは光の女神のような心を持ち、未来を見れるお方です。ラフィエル様と同じように」



ラファエル兄様がエデターエルで優秀な王子と言われる理由はエデターエルの未来を考えて、相手の心を映しすぎず、国益を考えて的確に振る舞うことができるから。

そして、天使として魅了もできれば、相手の心の色を見ることもできる。


つまり、天使としての力を持ちながら相手に影響され過ぎない強かさがあるということだ。

そんな優秀なラファエル兄様と私が同じと表現される理由がわからない。



「ラファエル様を、土の女神ネルトゥシエルのようにお支えください」



そう言うと、イェルミエル様は首を傾げて儚く微笑む。ふと、そのイェルミエル様の微笑みに兄様の心を見た気がした。なるほど、イェルミエル様は兄様の心を映しているのか。



「アリエル様、水の神ハーヤエルは選ばねばなりませんよ」



続けられたイェルミエル様のその言葉に思わずアリエルを見てしまう。なにか私は見落としてはいけないことを見落としているのかもしれない。


この間の悪寒はなんだったのか、もっと探らなければ。

まさか、アリエルが私を嫌うのは誰かの心を映している?アリエルが普段共にいるのは誰だ?


あのベンチ以外ではペトロネア殿下の側近たちに近付かない私に対する当てこすりのようにアリエルは彼らに近づいて魅了を放ち、ペトロネア殿下に撃退されている。


まあ、上っ面はペトロネア殿下があの麗しのかんばせを悲しそうに歪めるだけではあるだろうけど、そこら辺の天使の魅了を吹き飛ばすぐらいの威力はある。天使として未熟な上に力も弱いアリエルの魅了なんて一蹴されておしまいだ。


彼らの中の誰かが、って違う、アリエルが私を嫌っていたのは学院に来る前からだ。もしかして、いや、でも、なぜ?



「ソフィア様、わたくしはソフィア様の未来が幸運の女神バルドゥエルに祝福されることを心よりお祈り申し上げております」



イェルミエル様が映すのはラファエル兄様の心、私を想う兄の愛情を久しぶりに温かく感じたが、それ以上に正体のわからない不気味さを覚えていた。

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