第9話 天使は予感する
マリアンから教えてもらった中庭のベンチは活用させて貰っている。
図書室に入り浸れば、何かと同族に邪魔をされ、勉強に没頭して天使として奇行に走れば教師たちに困った顔をされる。
とはいえ、アルミエル先生のところお邪魔してばかりなわけにはいかず、図書室で借りた本を読む場所として活用している。
「ごきげんよう、ソフィア様」
「なんだマリアンか。片付いたのかい?」
「綺麗にできました」
「それなら協力したかいがあったよ」
後からマリアンが教えてくれたのは、どうやらあの件をキッカケにペトロネア殿下を追い落とそうと頑張る第三王子の一派を蹴散らしたらしい。
なにがどういう作戦かなんて野暮なことは聞くまい、聞いたところでそういう謀略と暴力と無縁な天使に理解できるとは思えないし、世の中、知らなくて良いことがたくさんある。
「ソフィア様に不都合は生じていませんか?」
「いや?特には。天使は魔族を魅了するのが当然だからね、誰も何も言わないよ。あぁ、そういえば、
「それは光栄です」
天使が魅了の加減を間違えてしまって……というのは誰でも通る道だから、人間の貴族と違って外聞が悪いからそいつに貰われてしまえみたいなことは起きない。
「まさかペトロネア殿下の魅了がソフィア様にまったく効かないとは思いませんでした」
「なに?殿下に魅了されてたら私をフェーゲ王国に嫁がせてくれたの?ペトロネア殿下の第三〜五妃ぐらいに入れてくれるなら喜んで魅了されるけど」
「そう言っている時点で、魅了されてないのがわかりますね」
「あーらら、失敗」
「そもそもエデターエルの王女がどうして正妃を目指さないんですか」
「何言ってるの?マリアンの地位を狙うつもりはないよ?私、君のこと嫌いじゃないからね」
魔族、まあ人間の一部も可能だが、魔力を練り合わせることで幻獣を現出することができる。この幻獣を後継者として据えることもあるから、フェーゲ王国では同性だろうと結婚が可能だ。
まあ、今の魔王陛下は女性を好むらしく、溺愛しているシャーロット妃以外にも複数の妃がいて子どももいる。
そうなると、同性が宮に上がれないと不文律になっているのかも。
ペトロネア殿下は性別不明の雰囲気を醸し出しているが、たぶん男。マリアンも男となると、今のフェーゲ王国では厳しいのかな?
でも、噂になるぐらいで、謀略と諜報が有名なベリアル家の当主が潰さない噂なら本当なのだろうと思っていた。
「マリアンがペトロネア殿下に嫁ぐのかと思ってた」
「同性ですよ?」
「そういう噂を聞いたからてっきりね」
本を閉じて、伸びをしながら空を見上げる。
「ペトロネア殿下は私に瑕疵になっていたら貰ってくれる気でいたんだ?」
「さすがは天使と褒めたら良いですか?」
「そうだね、もっと褒めてくれてよいよ」
この軽い掛け合いが楽しい。エデターエルにはなかった空気だ。
「あなたは……」
「なに?」
「魅了を使わなくても、素敵な天使ですよ」
「ありがとう」
マリアンは時々苦しそうに私を褒めてくれる。言い難いぐらいなら褒めなくて良いのに律儀な人だ。
不意にぞわっと嫌な気配を感じて、逃げの体勢に入りながらあたりを見渡す。
「どうかしましたか?」
「マリアンはなにも感じなかった?」
「はい」
この戦闘に長けた魔族が感じないなら、今すぐ危険なことではないのだろう。
「天使は我々よりも敏感です。教えてください。何を感じました?」
「言葉にしにくい、凄く嫌な、こう、腹の底が冷えるような嫌な感じ。逃げろって言われたような。でも、もうない」
そういうとマリアンは険しい顔をした。
戦う魔族らしく魔道具だろう装飾品を沢山つけているマリアンは、そのうちのブレスレットを外して私に付けてくれた。大粒の宝石が輝いているから安いものじゃないだろうに、断ろうとする私を遮って、祝詞をくれた。
「水の神ハーヤエルよ。我が力を糧に護りを与えたまえ」
「これじゃあ、求婚しているみたいだよ」
「髪飾りが私を主張していますから、いまさらです」
「とはいえ、他人の魔力がこもってる装飾品かぁ」
私に魔力まで込めた魔道具を渡すなんて、力量差があれば単なる庇護と取られるけど、私の魔力量じゃそうはならない。
これじゃあ求婚していると勘違いされても強く否定できないぞと思いながら、心配そうにしているマリアンから有難く御守りをもらった。
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