第4話 堕天使は悪魔を魅了する

隣にいるペリ・シタンが、私とマリアン・ベリアルが天使らしい物言いをしていたからか、呼吸すら止めそうな勢いでじっとしている。可哀想にとても緊張しているみたいだ。


ちょっと空気を変えてあげよう。



「でも、この子は、そうだなぁ、私がここで風と土の神に奏上するって言ったら?」



風と土の神は夫婦神、天使がその二神に奏上するというのは婚約または結婚を意味する。


そういえば隣の子は目を白黒させているし、目の前の魔族からは「こいつ正気か?」と疑うような表情が一瞬見えた。これは面白い。



「闇の眷属モルーピエラの祝福が降りているようですね」



おっと、少し仲良くなれたのかな。

この表現は言い換えると「寝惚けてんのか?」だ。



「いいよ、話しにくいでしょう?他の天使にはダメだけど、私はもう少し直截な物言いが好きだよ」

「シタン一族の族長の許可は得ていますか?」

「ヘルビムの申し出を跳ね除けるほどの力があるのかい?フェーゲで、戦う力を持たない精霊がどう扱われているのか、私は知っているよ。そしてこの子はかなり私たちに近いと言ったはずだ」



フェーゲは軍神リッカエルの守護の厚さを競う。

簡単に言えば、弱肉強食。


このままフェーゲにいれば、戦う力が皆無のペリ・シタンは生存が厳しいだろう。

でも、全員が全員戦えないエデターエルなら別だ。戦えないのが当然なのだから。


とはいえ、殿下の目の前でかっさらうのはダメそうだな。それなら、もう少しこの魔族をからかっておこうかな。



「フェーゲ王国で軍神リッカエルの加護を持たないものがどうなるか、わたくしは最も近しい一族を減らしてしまうことに闇の神に誘われてしまいそうです。エデターエルなら風と守護の神シナッツエルのように守護することができましょう」



ペリ・シタンの手を握っていない方の袖で、顔を半分覆う。

これは「死んでしまいそうなほど悲しい気持ちになってしまいますわ」という天使的な表現だ。闇の神に誘われるというのは、死にかけているという比喩表現。


それを普通の天使がすると、魅了の力が強い。最も私にはそんな力ないんだけど。

天使が魅了の動作をしているのに、全く魅了の力が飛んでこないからか、マリアン・ベリアルは私のことを訝しむように見て、眉を寄せている。



「それでは、私が彼の水の神になりましょう。これでご安心なされましたでしょうか?」



マリアン・ベリアルをからかっていたら、向こうでノイトラールの国主令息と挨拶していたはずのペトロネア殿下がやってきていた。

そして、天使的な会話表現のためか、私とペリ・シタンの間に精彩な刺繍が施された袖を広げている。


水の神は庇護して導く神または執務の神、この場合だと戦う力のないものも庇護すると言う意味だ。

袖で覆うのは保護するとか、庇護するという意味になる。


ペトロネア殿下を揶揄うのは生命がいくつあっても足りない。そろそろ引き時かな。まあ、彼らにソフィアを覚えてもらえはしただろう。



「まあ、ペトロネア様なら私も安心できますわ。ただ、彼が望むならエデターエルはいつでも手を取ることをお忘れないようお願いいたしますね?」



ペリ・シタンが意味を理解できるように直截な言い回しで口説き文句を残す。その意図を理解していそうなペトロネア殿下は薄らと笑みを浮かべている。

一方で、マリアン・ベリアルは社交用の表情を崩していた。


なんだ、あんな顔出来るんだ。


ただ、その意味は?あ、側近の一番として、殿下の手を煩わせたのを反省しているのか。

エデターエルでは見たことないぐらい、複雑な感情がありそうだった。私は他の天使と違って、想いも感情も見えないから本当のところはわからないけど。



「ソフィア様、欲望の神ジラーニエルのような行動は慎みください」

「あら、天上の甘露を求めないものがおりましょうか?」



天使の集団に合流すれば、同輩のアリエルから痛烈な言葉を浴びせられる。


エデターエルで、飼い殺しにされるぐらいなら他の国へでも飛んでいくさ。


そのためには学校中の人にソフィア・ヘルビムを覚えてもらわないとね。


フェーゲの重鎮たちとの接触に満足して、ガチガチに緊張しているノイトラールの坊やと挨拶を交わしていった。私は気になるけど、衆目があるところでレイド王国の人間に話しかけるわけにはいかない。


エデターエルは人間と仲良くする気がないのだから。

天使名を剥奪されるほど力がなくても、外面は王女。私の行動はそれなりに見られている。



「と、時の神クィリスィエルのお導きに感謝いたします」



話しかけてきたノイトラールの国主令息、恐らく獣人との混血に、天使らしく微笑みかけた。

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