第5話 悪魔が魅了されてるはずがない
ふーっとため息をつく。
学院へ来て気がついた。私はとても天使としての行動を期待されている。それこそエデターエルにいるときよりも。
食堂で肉を頼んだら信じられないものを見たような目で見られたり、護身術の講義に出れば教師が慌てる。
天使はそもそも護身の前に周りの者を魅了で庇護者にしてしまうから必要ない。
加えていえば、教師が天使を攻撃できない。余程の憎悪がない限り、天使を攻撃しようと思い切ることが出来ないらしい。
「あ、アルミエル先生!」
「おぉ!ソフィア、元気かな」
「私、また講義追い出されちゃいました」
「そうかそうか、じゃあ、一緒に研究でもしようか」
アルミエル先生はエデターエルから七斗学院へ来ている先生で、むかーしむかし、天使としておかしいと言われた赤子の私を色々検査して調べてくれた先生だ。
癒しを司る黄色の魔道学と、契約魔法の授業を担当している。
ラファエル兄様から聞くところによると、祖父よりも長生きしている天使で、父が学生だったころには既に七斗学院で教師をしていたらしい。
ただ、長らく他の種族といるせいか、直截な言い方をしても倒れないし、むしろそういう言い回しをする。だから私も気安く話しかけられる先生だ。
「この間、図書館で天使の力が効かない存在がいるって本を読んだんです。アルミエル先生は会ったことがありますか?」
「私もないねぇ。昔、それこそ神話の時代に居たという話は聞いたことがあるよ」
「本当ですか?!」
アルミエル先生で会ったことがない存在だなんて、よほどのことだ。
もう混血しかいない種族の純血たちと言葉を交わしていたり、吸血鬼の
「そういう人が増えたら、私も普通になるかな」
「大丈夫、ソフィアはそのままでも十分だよ。それに、優秀な魔族を魅了しているだろう?」
「私が出来るわけないじゃないですか、絶対勘違いですよ」
何の話かと言うと簡単だ。
歓迎会のときに会話した魔族、マリアン・ベリアルが私を気にしている。他国の重鎮だから…というのではなく、それはもうとっても。
他の人に対して公平で冷徹だからこそ、私に対する行動が際立つ。
まあ、精霊のペリやノイトラールの国主令息ノアから見たら普通に見えるらしいから、ひとの機微に敏感な天使たちが感じているだけなんだと思うけど。
「戦闘講義中にマリアンくんが殿下以外を守ったのは初めて見たねえ」
「いや、責任感強かっただけでしょ」
今日の午前は上級生たちの魔道や魔法を駆使した戦闘訓練の見学だった。
まあ、そのときによくある事故、流れ弾がこっちに飛んできた。
飛んでくる魔法の攻撃が見えてはいたけど、怪我したら治そうと思って避けようとしてなかったら、訓練中のはずのマリアン・ベリアルが水の魔導で壁を創って下級生たちを庇ってくれた。
それを隙と見た他の生徒から一斉攻撃を受けていたが、傍に立っていた赤髪の女の子が守備に回るマリアン・ベリアルの代わりに敵を一掃していた。
たぶんあの攻撃は
それ以外にも食堂で肉を頼もうとして断られて凹んでいたらハンバーグをくれたり、冷徹が代名詞のベリアル家の魔族が優しいのだ。
「彼も、私みたいな異端とかなんじゃないですか?」
「ベリアル家は天使と違って、冷徹さは特性じゃないぞ」
「後天的に身につける思考なら、個体によって異なるに決まってるじゃないですか」
「これまで他のものにはそういう対応は見なかったの」
みんながそう言うから私が魅了の力に目覚めたかと思って、あのときと同じ仕草や魅了するときの長ったらしい祝詞まで試してみたのに全く効果なし。
ここに来る途中で見かけた掃除要員の人間すら誑かすことができないポンコツっぷりだった。
そんな状態なのに、そもそも魅了に耐性がある魔族吸血鬼に私の魅了が通るはずがないというのが私の結論だ。
「というか、そうだとしたら、そろそろペトロネア殿下が気がついて対処するんじゃないですか?今日の件で、天使たちが気がついたなら彼も気がつくでしょう?」
「一度掛かったものは掛かりやすいからの、何かのときには彼を頼るようにしなさい」
「んな無茶な」
ペトロネア殿下は猛者揃いのフェーゲの王子たちの中でも一等強い。
吸血鬼の中で最も濃い血を維持しているベリアル家から上がったお姫様、ヴルコラク離宮に住まわれるシャーロット妃は魔王陛下が唯一愛しているおひとだ。
なにがすごいかって、魔王の血筋は天使の特性と同じように心を持たないという特性があるのに、魔王陛下がシャーロット妃を溺愛しているのだ。それも、傍から見てわかるほどに。
そんな強力な力を持つ吸血鬼の息子が魅了を使えないはずがない。
むしろ、私の間違って掛かっちゃったかな?程度なら目の前でペトロネア殿下が微笑みを浮かべるだけで吹き飛ばせるだろう。
「はー」
天使らしくなく深いため息をついて机に頭を持たれさせる。
机の模様を数えてから顔を上げると、いつの間にか目の前に袖が広げられていた。全く気が付かなかった。
「アルミエル先生?先客ですか?」
聞き覚えのある低い声が部屋に響いた。
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