第4話 昔語り(4)
「集中できていないぞ」
「・・・うるせぇ。」
実技での模擬戦にて、ジャイロはレイゴルトに倒されていた。
明白な実力差があったわけではない、ただジャイロが心ここに非ずといったところが原因だった。
父であるライアンとの面談以降こうであり、そのせいで周囲からは父親から釘を刺されたのではないか、という噂でもちきりだった。
あれだけ尖っていたジャイロが一度の対面で、おとなしくなっていることに安堵がありながら、あの早期撤退により敗将である以上に徹底的な合理主義として嫌われている男に屈したように見えたために落胆しているものも少なからず存在した。
「・・・いや、そうなんだろうな。」
強くなっていけば、歳を積み重ねたら、少しでも父親を見返せるだけのことを起こせると思っていた幼稚さを呪う。
むしろ理解してくる。
いかにその合理主義が、結果的に上手く全体を回しているかを。
時を重ねれば重ねるほど、その事実に打ちのめされていく。
悪態をついて、粗暴に振る舞う。その様が、今になってひたすらに恥ずべき刃に変わっていた。
「・・・レイゴルト、お前はどうして頑張るんだ。」
見下ろすレイゴルトに、ついつぶやくようにジャイロが聞く。
「許せないから。」
ただ、一言。
「友達がいた。けど、助けられなかった。」
「・・・死んだのか?」
「いじめられていた。」
ただ、それだけで。
しかしレイゴルトにはそれだけで充分だった。
「いじめる奴らが、それを静観している奴らが────なにより、自分が許せなかった。」
いつか平和をと、ともに夢を見ていた友達を助けられないまま故郷から離れて帝国に来ざるを得なかった。
マキシアルティ家として、帝国軍への奉公を義務としていたという事情だったが、本人はそれを言い訳にできない。
何があっても、一般的に「それを仕方ない」と言われるようなことでも、レイゴルトという人物は産まれた時から自分自身に関してはそれを許さない。
「お前・・・。」
それだけで────
という言葉をかけられないほど、今はまだ少年のレイゴルトの表情は怒りを秘めていた。
3つも年下だから、という言い訳など通じない。
自分はいったい何を見ていたんだとジャイロは恥じた。
理解する。自身の矮小さを、レイゴルトが如何に何に対しても本気であるかを。
「なあ、レイゴルト。
聞いていいか。」
「何をだ。」
「敵が強くて、仲間や民をその場で切り捨てることが最適解だったとして、お前はどうする。」
だから、つい聞いてしまう。
本来、こんな質問をまだ12歳の子供にするものじゃないのは分かっていたのに。
しかし、レイゴルトはその問にもやはり躊躇はなく───
「敵を倒す。俺は逃げない。
誰かが逃げてもいい、でも俺は逃げない。」
ああ、お前は根っからそういう男なんだなと理解する。
決めたことを曲げない。
前へ、前へ、前へ─────ただひたすらに雄々しく。
「だったら、偉くなろうや。俺たちが」
ジャイロは起き上がる。
ようやく、心に火が灯ったかのように。
そして迷いは晴れて、重苦しい感覚もなく。
「強くなって、偉くなって、変えてやる。
─────
それを、本気で証明したいから。
「だから、お前について行くぞレイゴルト。俺にとっての最初の
─────時は戻り、酒場で。
「────そうか、お前の父が原因だったな。」
「そうそう、今やあの親父は大佐だぞ?這い上がって行くたびに道が遠くなる。」
ライアン=S=キロンギウスは存命している。
今や大佐として、徹底された合理主義で前線部隊の指示を送っている。
結果的に最善の結果に収まるが故の昇格だろう。
強くなり、偉くなる。
言うは易し、行うは難し。
長い年月と結果が必要であることに疑いはなく、それ故に今も二人は本気で生きている。
レイゴルトはジャイロがみんなの盾になれるよう努力していることを、誰よりも間近で見てきたから期待する。
ジャイロはレイゴルトは絶対に諦めないことを知っているから、それに負けないように奮起する。
切っても切れぬ、戦友としての縁がそこにあった。
「そろそろ帰るか。遅くなると明日に響く。」
「珍しいな。もう少し飲むと思ったが。」
「俺も大人になったんだよ。」
そう言いながら、ガラスのコップをレイゴルトに向ける。
最後に、乾杯をして終わりたいのだろう。
それに応じてレイゴルトはガラスのコップを掲げ─────
「「─────輝く
そして最後のひと口を飲み干して、今宵の昔語りは終わったのだった。
叙唱メモリアル:英雄譚-Τιτανομαχία- @axlglint_josyou
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