第3話 昔語り(3)
レイゴルト=E=マキシアルティは優秀だった。
一兵卒になる素質を大きく引き離し、士官になることは養成所に入った時から明らかだった。
文武両道、徹頭徹尾、品行方正。
あらゆる面で、誰にも文句をつけようの無いほど正しく強かった。
一方で、ジャイロ=S=キロンギウス。
こちらもまた、優秀だった。
元々実技は身体が強く、また何事にも本気であり技能を身につけるのも早い。
学問においても同じ理由で、覚えるのも、またそれを活かすのも早かった。
卒業後、士官になれる素質は充分に持ち合わせていた。
しかし、ジャイロは満足していなかった。
むしろ不満だった。
自分の上には必ずレイゴルトがいる、現状で満足していたら更に上は目指せない───それもあるだろう。
だが、それ以上に気に食わないことがあった。
「流石にライアン=S=キロンギウス中佐の息子だけはある。七光りだけではないな。」
「だけどあそこまで頑張る必要は無いんじゃないか?どうせエリートになるんだから。」
「あんな態度も、キロンギウス中佐の後ろ盾があればこそだろう。偉そうに本気だ本気だとか抜かしやがって。」
「・・・クソっ」
周囲の人物たちが、全てを物語る。
ジャイロは元から約束された出世街道であり、自身の粗暴と見られる周囲への怒りは、七光りが故と捉えられていた。
だから、何を怒ろうが全ては暖簾に腕押し。
それを正面から受け入れてくれる人物など極わずかしかない。
そう、殆どが何事にも不条理や理不尽に文句を言えるのはお前の親が偉いからで、みんなはそんな事は恐ろしくて出来ないんだと告られている。
ああ、それは正しいのかもしれない。
誰もができる訳じゃない。
それでも本気でやらなきゃならんだろう、軍人として。
そんな板挟みでジャイロは悪態をつくしかなかった。
そんな堕落を、認めざるを得ないほど未だジャイロは強くなかったのだから。
「俺は、本当に"本気"なのか?」
こうして弱さを認めてしまうことよりも、腹が立つのは少し前の自分。
周囲の誰もが"本気"でなければ辞めてやる、なんて不真面目な態度は、それこそ怠惰だったのではないか?
何故、そこで自分だけでもとはならなかった?
「ムカつきやがる・・・!」
どれもこれも、3つも年下のレイゴルトに目を覚まされた。
誰かに何かを言われるまでもなく、何事にも本気だった。
だから当然のようにジャイロの上を行く。
誰もが、夢中なのはそちらだった。
嫉妬している訳では無い、ただ・・・自分があまりに恥ずかしいだけだった。
「ジャイロ=S=キロンギウス。」
「・・・。」
「君の父上がお呼びだ。至急応接室に行きたまえ。」
ああ、そして・・・
なんてタイミングで来るのだと、苛立つ心を抑えながら応接室に向かうしかなかった。
「・・・失礼します。」
「来たか。成績はいいようだ、問題行動はあるが些細な問題だろう。」
父であるライアンの顔に笑みはない。
喜びも怒りもない、淡々と現状の確認をする。
まるで親子の気遣いも、言葉掛けもない。
「士官コースには問題なく入れるだろう。
が、一応推薦しておいた。
もしもの事があるからな。軍人として、キロンギウス家の繁栄の為に。」
ただ、その一点の為に。
息子の意見など最初から求めていない。
それが余りにも、腹立たしいから───
「───ふっざけんな!」
机を叩いて立ち上がる。
睨みつけるがやはり、特に何も反応はない。
決定事項を揺るがさないかのように。
「聞いてんだぞ!小国の内紛を鎮圧した親父の大隊が負けて、部下と民を見捨てて撤退したとな!」
「・・・。」
「負けるのは仕方ねぇよ。でもな、見捨てるのは違えだろ!死傷者0じゃなくても、1人だけでも多く民を助けようとしたっていいだろ!何でやらなかった!
軍人は!民の盾じゃなかったのかよ!」
聞いた敗北をもとに、糾弾する。
大隊が介入した紛争。
しかしどちらもが強力な人物を控えていたが故に、どちらからも反撃を受けて壊滅。
紛争の被害にあっていた民間人の救出すら中止し、救出にあたっていた隊員と、敵の被害を受けた前線の隊員を見捨てて半数以上が参加することなく帰還した。
迅速な判断だと上層部に評価される一方で、やはりというか、下位にいけばいくほどライアンの評価は悪かった。
何より、誰より、ジャイロがそれを気に食わなかった。
「────言いたいことは終わったか。」
「なっ・・・!」
ああ、しかしやはり。
ジャイロの糾弾すらも意味を成さない。
短いため息をして、立ち上がっているジャイロを見上げる。
「お前の視点はあまりに市民に寄り過ぎている。
冷静に考えれば、理解くらいは出来たはずだ。
────いいや、しているだろう。」
「────ッ!」
冷たい視線が突き刺さる。
瞬間、息が詰まる。
見抜かれたかのような言葉と視線に、何も返せない。
「予想外の戦力をどちらもが有していたのだ。
民と部下は果敢だったが、諦めなければ被害が増えていただろう。
民は残念だが軍の被害を抑えることで、それ以降の戦場に役立てるだろう。
いまお前が言ったように、"民の盾"になれるようにな。
当たり前のことだ。
その場だけに賭けても先はない。
それが誰にも理解されずとも、合理を捨ててはならんのだ。
命を粗末に扱っているように見えるが、結果的には帝国の大多数を生かせるようにな。」
「それがァ─────」
拳を握りしめたジャイロが、振りかぶる。
ああ、分かっている。
分かった上で気に食わない。
犠牲の為には見捨てていいという理屈になってしまうそれを、納得したくない。
それでも、それでも─────
「────気に食わねえんだよ!」
────済まなかったと、詫びのひとつでもあれば拳を振るわずに済んだのに。
「ふむ────」
そして、その拳は届くことはなく。
手首を掴まれ、床に片手一つで倒された。
片手一つで倒して見下ろすライアンに、やはり顔色の変化はなく。
予定通りかのように、驚きすらなかった。
「────偉くなれ、ジャイロ。」
手を離し、立ち上がりながらライアンは告げた。
「どれだけ理想を掲げた所で、小市民が、 一兵卒が、それを叶うはずがないのだ。」
そんな、当たり前の事実を告げて踵を返す。
「私はキロンギウス家を保てるなら、どちらでも構わん。
お前が偉くなれば、家を保つのも楽になるだろう。
逆に偉くなければ、ただ食われるだけだ。
理想が大きければ大きいほどな。
何かを変えたければ、偉くなるといい。」
理想、倫理、一切興味もなく。
現実だけを押し付ける。
「理想も所詮は現実に落とし込めない夢でしかないことを、その時に理解するといい。」
あまりに無情な言葉に、ジャイロは歯噛みする。
ライアンは応接室を出た。
これからも合理に取り憑かれた父親は、合理の回答のみを出していくのだろう。
「ちくしょう・・・!」
何も否定できない。
何も証明できない。
ただその現実を受け止めるしかない自分が、何よりも恨めしかった。
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