第2話 昔語り(2)


養成所に入ったばかりのジャイロは粗暴だった。


気に入らなければ殴る、そんな性質だった。

強かろうが弱かろうが、自分と相容れないやつはとにかく殴った。


「うるせえ!うるせえんだよクソが!偉そうなことを言って、さして本気でやってもねえ癖によ!」


当時、ジャイロは15歳。

その年に、養成所に入ったメンツの中では最も年上だった。

とにもかくにも、気に入らない。

どんなに理想を掲げようが、そこに手を抜くことが一瞬たりともあってはならないと考えていたから、それが出来なければとにかく殴った。


養成所の中で魔族が居ることは何も不思議ではなかったが、彼はとりわけ力が強かったのだから手が付けられない。


教官からは問題児という扱いになり、また同僚や先輩からは腫れ物扱いとなるのは当然だった。

そしてジャイロは、その扱いこそを嫌悪した。

軍隊に来たならば、何も遠慮なくとも対等に渡り合える集まりにいられると思ったし、何より何事にも本気で挑む場だと思っていたから。


どこもかしこも変わらない。

辞めて傭兵にでもなろうか、と思い始めた時だった───


「やめろ。」


自分より背の小さい、少年が見上げた。


「──────。」


金髪と翠色の瞳で見上げる少年の眼光に、一瞬たじろいだ。

その少年こそが、レイゴルト。当時12歳。


その眼は本気だった。

だから、からかうように聞いた。


「───面白ぇ、明日河原に来いよ。

タイマンで喧嘩に勝ったら、少しは大人しくしてやるよ。」

「わかった。」


答えは直ぐに帰ってきた。

当時の周囲はざわめいた。

かの"七爪鬼"クラウス=E=マキシアルティの息子が喧嘩だと。

ジャイロは、それを知らなかった。


だが彼の態度から考えれば、知っていたとしても喧嘩を売っただろう。








翌日、休暇の昼。

ジャイロとレイゴルトは、予定通り河原に訪れていた。


「臆病な連中は野次馬だらけのようだなぁ。」


ギャラリーは多い。

同僚や先輩が、何十人も見ている。

これには予想していなかったのか、ジャイロは苦笑を浮かべた。


だが、レイゴルトに表情の変化はない。


「で、何で喧嘩を受けたんだ。」

「気に入らないという理由で、誰かに暴力を振り続けるやつを放っておけるわけがない。」


理由は、まさに正義感溢れるソレだった。

あれだけ"本気"に焦がれた少年が、いま目の前で自分より遥かに小さな少年が素面で言うのだから─────


「ふはっ、ははっはははは!」


────つい、腹が捩れるほど笑ってしまった。

まさに子供の夢のよう────ああ、まるで英雄ヒーローのようで。


「そいつはいいッ、ならやれるもんならやってみろや!」


笑いながら殴り掛かる。

巨漢から繰り出された拳に、レイゴルトは顔面から受けて転がる。


「・・・あん?」


一撃で倒してしまった虚無感が襲う。

あれだけ大口を、クソ真面目に叩いておいてこのザマかと。

これ以上ないほど、失望をした。


「けっ・・・とんだ時間の────。」


踵を返して去ろうとした時だった。

だが、立ち上がる姿を見た。見てしまった。


「・・・やるのか?」


一撃で倒れてしまうような奴が、なんの意地なのか立ち上がる。

ああ確かに、自分は本気を求めたとも。

その正義感も、意地も、本気なのだろうが────あまりに力に差があり過ぎる。


「悪いな、雑魚をボコりたいわけじゃないんだわ。」


もっと、対等にいられたなら良かったのに。

再びレイゴルトから視線を外した。

落胆を覚え、なんて言い捨てて此処から出ていってやろうか。


そう、考えている時だった。


「わかった。お前は倒さなきゃダメだって。」

「いっっ」


膝の裏を、思い切り蹴った。

ガクン、と体勢が低くなる。

違う、あれは弱いから殴られたんじゃない─────倒すべきか決めるために、殴られたんだ。


そう理解した時にはもう遅く、後頭部に蹴りを入れられた。


「っ、てめ・・・!」


幸い、力の差で大した痛みにはならず、直ぐに立つ。

目の前にいる少年は、鼻から血が垂れているが最初と変わらぬ眼でジャイロを見上げる。


「っ────!」


正気じゃない。

怒らせたんだぞ、こんなにも力の差がある男を。

なのに何故、まるで恐れる様子がないのか。


「いって・・・!」


間髪入れず、レイゴルトは脛を蹴る。

また膝を折り、顔面に殴りかかろうとするレイゴルト。


「ふっ、ざけんなァ!」


カウンターで、いや────リーチの差で。

ジャイロの拳がまた、レイゴルトの顔面に叩き込まれる。


鼻の骨が折れたか、或いは顎でもヒビを入れたか。

それくらいの手応えがあり、レイゴルトは大きく殴り飛ばされた。

最初に殴った時よりも、明らかにやりすぎな程のクリーンヒットだった。


「クソ・・・!」


何も気持ちよくない。

対等ではない、そのはずだ。


なのに、

圧倒的に有利だったはずの状態を、真っ向から潰されそうな恐怖を感じた。


さっさと帰ろう。

また踵を返すが、やはり────


「ま、て・・・。」


ジャイロはその声と音、そして背中に感じる視線に悪寒を感じた。


「────まだだ。」

「なんなんだよ、お前は・・・。」


明らかに倒れるべきだっただろう。

何だそれは、可笑しいだろう。

何故、何故────倒れるどころか、より気迫が増しているのか。


理由は、後のレイゴルトのことを考えれば至極当然だった。


決めたことを必ずやり遂げる、止まれない。

最初からレイゴルトが




それからの喧嘩は壮絶だった。


「まだだ。」


殴り飛ばされても

蹴り飛ばされても

投げ飛ばされても


そんな事を言いながら、確かなダメージがあるのに、何度も何度も立ち上がる。

身も心も、不死身なのかと見間違う程に。


何より、レイゴルトから繰り出された拳や脚によるダメージが強くなっていく。

物語から出てきた主人公のように。

その場の心一つで這い上がってくる。


「ああクソが!認めてやるよ!」


お前が対等に本気で胸を張れる男だと。

お前こそが本気の化身だと。


壮絶な殴り合いは、夕方まで続いた。









「はー・・・まさかこんな小さいやつに互角までいくなんてな。」


お互い、河原で倒れていた。

まるで、喧嘩した二人が仲良くなるアレのような光景。


こんな光景が、本当にあるんだとギャラリーも感嘆のため息が出る。

ジャイロは満たされていた。

まだ此処にいてもいい、と思える程に。


「こんな事になると思わなかったなあ。おい、名前は?」

「レイゴルト=E=マキシアルティ。」

「・・・レイゴルト、か。俺はジャイロ=S=キロンギウスだ。宜しくな。」


喧嘩のあとに、差し出された手。

暑苦しく、そして泥臭くも青臭い。

そんな場面が、まさにそこにあった。









「────まだだ。」

「は?」


レイゴルトから放たれた雰囲気と言葉に、ジャイロは後ずさりした。


なにを勘違いしているのか、と言わんばかりの雰囲気だった。

そう、レイゴルトからすれば喧嘩そのものが本意じゃないし、ジャイロの為にやったことでもない。


ただ単に、自分勝手に暴力を振るう男を許せなかっただけのことであり、そんな男と拳を交わして仲良くなろうなんて魂胆は欠けらも無い。


よって──────


「お、おい!空気読めやぁあああああ!!」



喧嘩は再開され、夜にやってきた教官達が止めるまで不毛な殴り合いは続いてしまったのだった。

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