第1話 昔語り(1)
帝国軍のとある基地。
軍隊とは戦うだけでなく、戦いに備えた訓練や治世を保つ視察やデスクワーク・・・あらゆる分野において優れた者たちの集まりである。
つまり戦場以外も、毎日が平和を保つ戦い。
その一日の終わりまで手を尽くすのが基本なのだ。
だからこそ、その一日の終わりの開放感は特別なもので───
「おう、戻ったかレイゴルト───いや、中隊長殿。」
「まだ勤務中だろう、気を抜くなキロンギウス中尉。」
時は、あの悲劇の裏切りより一年半前。
視察から戻ったレイゴルトを、副官であるジャイロが出迎える。
養成所の頃から同僚だった彼らは卒業時は首席とその次点を勝ち取っていた。
それから数年間、これまで幾つもの修羅場を踏み越えて今やレイゴルトは22歳の若さで階級は大尉に、そして中隊長という立場を得てはや1年は経過している。
レイゴルトは実力、人格、何をとっても非の打ち所のない強く正しい存在、正しく人々にとっての煌めく英雄として称えられていた。
ジャイロもまた、それに追随する者として称えられており、後に三騎士のうち、"黒"を授かることとなる。
「まあまあ、マキシアルティ中隊長殿。
この後飲みに行こうぜ。」
「またか。ひと月前にいったばかりだろう。」
「ひと月"も"前にな。」
レイゴルトはため息をついた。
ジャイロという男はこんな風に、ひと月に最低一度バーに誘う。
酒類は苦手と知っていながらも、強引に誘うのには理由がある。
「仕事以外じゃ気を抜くことすらしないんだからよ、今日行くぞ。
どうせデートなんて洒落た話なんて無いだろ。」
「それはお前もだろう。」
互いに、色沙汰はない男たちである。
ジャイロはそういった話に目を向ける余裕も興味もない。
レイゴルトはそれに加えて、自分と契るのは自分を許せなくなるとまで言わしめている。
「・・・承知した。いつもの場所で構わないな?」
「話が通じるようになってなによりだ。」
返ってきたジャイロの言葉にやはりと言うべきか、仕方なしにため息をついて受け入れる他なかった。
多少強引でも、善意や誠意にはNOと言い出しにくいのは、この帝国軍の中でジャイロが誰よりも知っているのだから。
「で、今日はどうだったんだ。何か面白いものでも見たか?」
「仕事で面白いも何もないだろう。
だがしかし、例外的なものは見た。」
「お前以上に例外的な情報が?」
「俺でもなければ、情報でもない。」
ほう、とジャイロは声を漏らす。
今日は情報部に資料請求と視察にいったという話だが、どうやら余程珍しいものを見たらしい。
「偶然そこでは新人のテストが行われた。
情報部とはいえど、頭数が足らなくなった時に前線に出されることもあるという理由でだ。」
「それはよくある話だな。」
「だが、そのテストを受けたのは"スノウ"という僅か10歳前後の少女だった。」
「・・・噂の閉じこもり少女か。」
どうやら噂はジャイロの耳にも挟んだらしく、険しい顔をする。
レイゴルトも微妙にだが、眉を潜める。
10歳前後にしてほぼ正規で軍に入るということは、それだけ光る才能があるのかもしれない。
だが、軍という職業は命のやり取りが突然に強いられる職業でもある。
そして民を守り、紛争を治め、平和を維持しようとする自分たちにとって、その役目を子供にも背負わせることに、この二人がいい顔をするはずが無かった。
「いやだねぇ、俺たちが生きている内になんとかしてやりたいもんだ。」
「ああ、その為にも上を目指さねばならん。」
今の自分は所詮、前線の───それもほんの一部の指揮権のみである。
この歳でこの階級が異例だとしても、それに全く喜べない、満足しない。
自分が生きているうちに腐敗した内部を壊すには、最短で上を目指す他ない。
更に国内での、軍以外に蔓延る闇も全て葬り去ってしまわなければならないとなれば、尚のこと。
誰よりも規範となり、力と心は誰よりも強くあらねばならない。
そう、何よりも己がそう在りたいが為に。
「話は変わるが───俺に構ってばかりで良いのか。そのままでは色沙汰に目を向ける余裕も無いだろう。」
「馬鹿を言うな。俺はお前について行くって決めてんだよ、戦友。」
レイゴルトなりの心配だったが、それをジャイロは一蹴した。
誰よりも信じているが為に。
「そうか、ならば是非もなし。
お前は俺の誇りだ、嘘偽りはない。」
「お前が嘘を言うかよ。わかってるさ。」
そう言いながら、乾杯をしてひと口のむ。
一気にガラスコップ一杯を飲んだが、お互いに効いた様子はまるでない。
酒が好きか嫌いかは完全に割れているが、困ったことに二人揃って
「にしても、大人になったなぁ。」
「寝言を言うな。多少聞き分けが良くなった程度だ。」
つい呟いたジャイロの言葉に、辛辣一歩手前の言葉を返す。
だがジャイロに対してだけではなく、自分も含めている。
「まぁ聞けよ。養成所の頃とかは、よく人でなしの先輩や、義を通さねえ教官を躊躇なく殴ってたけど───気づくんだよ、殴っても根本的な解決には至らないってな。」
それで悪の根絶を果たせたわけではない、当たり前の話だ。
だが義心だけで身体が動くのは当たり前で、特にレイゴルトやジャイロはまさにそうだったのだ。
だがそれに気づき、ならば上を目指そうという目標を立てた。
だがら、ジャイロの言ったことは「何を今更」ということになるが、そうではなく────
「格好つけなきゃいけないんじゃないか、て思い始めたのさ。」
────支持されるとは何か。
如何に立派に功績を立てようが、民から見て分かりやすい過程や結果があったほうが良くも悪くも評価される。
自分たちのやっていることは誇りだ、支持されたいという意識はない。
ただ、民というのは基本的に余裕が無い。
これから育つ子どもたちだってそうだ。
絶対に欠かせない役割や義務でも、知らねば民は納得しない。
なので、知られてもいい範囲で結果を示して格好をつけねばならないという問題に直面する。
ジャイロの懸念は、つまりそういうことなのだが。
「お前がその心配をする必要は無い、ジャイロ。」
レイゴルトはその懸念を、バッサリと切り捨てた。
どういうことだ、とジャイロ目を向ける。
この男が、支持という重要性を理解出来ていないとは到底思わない。
「俺はお前ほど"誰か"に寄り添える男を他に知らない。何が相手でも恐れず、何かを壊すことだけが上手くなる俺より余程立派だとも。」
「別に煽てて欲しいわけじゃないんだがな。」
「そうではない、お前が今までのようにお前らしくいれば、周りは自ずと着いてくると言っているんだ。」
レイゴルトなりの言葉だった。
表情があまり変わらずとも、それが真実賞賛しているのだと、今まで見てきた戦友は確信する。
「お前は意地を張れる、民の笑顔の盾なのだから。」
煙に巻かれたような、そんな気がしたがしかし認めて貰えている事実にやはり人は納得してしまう。
ジャイロもそれは例外ではなく、思わず苦笑してしまう。
「しみじみとしちまったな、悪い。」
「構わん。戦友の悩みだ、聞かねば俺が俺に許せんよ。」
相変わらずクソ真面目な、と笑い飛ばそうとして、雰囲気を変えようとジャイロは閃いた。
「だがレイゴルトよ───意地に関しちゃお前に言われたかないぜ。」
「なんの事だ。」
「忘れたとは言わせない。10年前、養成所に入ったばかりの時なんざ───」
「待て、まさか今からそんな昔語りをするつもりか。」
レイゴルトの制止を聞かず、ジャイロは語り出す。
それは、英雄と称えられるまでの長い長い語りだった。
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