第3話
「なんか暗くないか」
ノゾミは言った。バイト帰りにこの辺りの道をよく通っているのでノゾミにはそれがわかる。街灯の光が弱いのか、それに照らされる道も暗い。
「わかりません」
女の子が答える。ノゾミは女の子から返事があったことでもう少し話してみたいような気がしてきたので、暗いことはすぐに気にならなくなった。ノゾミが自分の興味によってそう感じたのか、女の子を安心させようとほとんど無意識で考えていたのかはわからない。
「どうしてあそこにいたんだ。ああ、怒っちゃいないけど気になったから」
「えっと……」
「うん」
「…………」
女の子は黙ってしまったものの、何か考えているような気配のすることをノゾミは感じ取った。
「あそこに来る前はどんなことしてた?」
「ほんをみたりしてました」
「本好きなの?」
「はい」女の子がうつむいたまま頷く。
「そうなんだ。あたしもよく読むよ。どんなの読むの」
「いえにあるものです」
ノゾミは本のジャンルについて質問していたが、この子はまだそういうのを意識していないのかもしれない、と思った。
そしてその時、女の子の手がさっきより温かくなっているような気がした。自分の体温のせいだかノゾミにはわからない。
「家はまだ着かないのか」
「ちかくです」
ノゾミは女の子が歩く向きへ合わせて歩いている。この子の言う「近く」というのはノゾミが思うより遠かったのかもしれない。
「じゃあもう少し暇つぶしに付き合ってもうらおうかな。学校はどう。楽しいか」
「たのしいです」
女の子の声からは、感情のなさというより何か不思議な丁寧さを感じる。それについてノゾミはなんとなく思ったことがあった。この子は学校について大人に聞かれたらそう答えるようにしているんじゃないか。どう答えるのが無難なのかが子供ながらにわかっているんじゃないか。だから「どんなことが」とは聞けなかった。ノゾミも働くようになってから大人の無難な答えをよく見かけるようになったし、それをつついても互いに面白くないことは知っている。
「好きな人とかいないの」
ノゾミは話題の方向を変えることにした。こういう話題は好きな子は好きで乗って来るし、苦手な子は苦手で会話が終わるので、ちょっとした分岐になる。
「いないです」
「ちょっとかっこいいなと思う子もいないの」
「……いないです」
これ以上は最近じゃセクハラになりそうなのでノゾミは話をやめることにした。分岐は会話終了の方向へ向かう。もうこのまま黙って家まで送ろうとノゾミは思った。
その時ノゾミは、辺りがさらに暗くなっていることに気づく。街灯の光が宙に弱弱しく浮かんでいるだけで、もう路面はほとんど暗闇に近い。
「なんか暗すぎないか」
「わからないです」
周りの家も薄ぼんやりしていて、今自分がどのあたりを歩いているのかわからないほどだった。ここまでまっすぐにだけ歩いてきたので、まだ帰ることはできる。停電というわけでもなさそうだし、どういうことかノゾミにはわからなかったが、急いでこの子を送ってしまおうと思った。
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