第16話 捕捉

 

 犯人はどのような力を用いて、いかにして事件を起こしているのか。その輪郭は捉えることができた。


 後は、その何者かの居場所を突き止めるだけ。

 しかし、その突き止めるという行為が難題であった。



 これだけの情報がありながら、犯人の年齢、性別、容姿に関する部分は皆無である。

 遺体に痕跡があれば、力の強さや身長、手のひらの大きさなどが計算できる。

 遺体及び現場に、まともな証拠がないというこは難しい状況を生み出していた。


 特徴的な要素といえば、問題の車両なのだが、それを割り出せたとしても所有者へと結びつけることは難しい。

 ナンバーまで把握することに成功しても、それを警察のように生かすことはできない。

 下手にSNSで「この見た目の車両、ナンバーに心当たりは」などと問いかけようものならば、あっという間に犯人に気づかれてしまう。


「こういう時に、公権力の手の長さを感じますなぁ」と、秀人が愚痴をいったのも仕方がないことであった。


 クインテットが警察と比べて有利な点と言えば、幻獣に関する知識についてである。

 奏多たちも、その長所を生かすように動いていた。


 想定通りの幻獣保有者による仕業であれば、水辺や水のある風景を好み、そこに長時間いるような生活をしているということが推測できる。


 しかし、東京という場所は海や川に囲まれている。

 犯人の住処や勤務地を割り出すヒントとしては、あまりに範囲が広すぎる。


 明確なのは、犯人が人気のない場所を熟知している――つまりは、犯人の住居か勤務地が事件現場周辺であるということくらいのものだ。



 ヒントは多いのだが、決定的なものがない。

 一同は長期戦を覚悟した。

 それぞれの要素で篩(ふるい)にかけつつ徐々に追い詰めるしかない、と


 状況を打破したのは空の思いつきだった。

 

「誰かに成り代わっている可能性ってないのかな?」


 奏多が自らの予想として告げた幻獣の名。

 そのを聞いた彼女は、すぐさまその言葉を口にした。


 空が語る理屈はこうだ。

 慎重で痕跡を残さない犯人が、見た目が珍しく台数も限られる車両を隠すことなく使っているのは理由があるのではないか?


 盗難車だとしても、特徴的な形ですぐに足がつく。

 元々、車両の所有者であった人物が、後から幻獣の力を手に入れたのだとしても同じこと。

 事件の裏に車の存在がばれた時点で、所有者である自分が最有力の容疑者となる。


 だから犯人にとって、問題の車両が発覚したところで、それが自分の身元へと繋がらない状況を作っているのではないか?

 例えば、能力を使い別人の顔で、珍しい車を使用しているのではない?

 その顔が車の所有者のものであれば、周囲に疑われることがなく、なお動きやすいのではない?


 いざという時には、その容姿へと二度と変化しなければすべては解決だ。


 一連の考えを空は適当な妄想だと笑っていたが、そこには無視をできない説得力が存在した。


 こうして一同は収集すべき情報に、予定外の項目が一つ加えられることとなった。


 水に関する仕事をしているものの中に、急に人格が変わったような人間はいないか。

 まるで別人になったかのように。



 あらゆるツールと人脈、それぞれの能力も駆使しての調査が行われた。


 進展があったのは二日後。 


 因果は巡るのか、予想外の人物から重要な証言がもたらされた。

 それは、奏多が野洲富についての話を聞いた料理店の店主であった。


 彼女と常連客たちは被害者が死んだ直後に数人で駆けつけている。

 その際に、車両を目撃していないかを期待しての接触だった。


 残念ながら、車両そのものを見たという証言は得られなかったが、幸運なことに奏多は別の収穫を得ることができた。

 反応があったのは、念のために変わったことがあれば些細なことでも教えて欲しと質問した時のことだ。



 店主は一人の男の名前を口にした。

 小口で飲食店に鮮魚を配送する、個人事業を行っている三十前後の男性。


 男は、市場が休みの日以外は朝昼晩いつでも対応するというフットワークの軽さで、周辺の飲食店から支持されていた。


 ところが、今年の二月頃に、彼は突然一切の業務を停止すると廃業をしてしまった。

 一時期、周辺では困った状況に陥る飲食店も存在したほどであるという。


 何名かの取引先は、勝手は困ると押しかけたが住居はもぬけの殻となっていた。

 業務で使用していた、水温調節機能がついた水槽を搭載した特殊な車両ごと。


 何かの事件に巻き込まれたのではないかと周囲は心配し警察に相談したが、それ以上の行動を起こすことはなかった。

 店主を含む関係達は心のどこかで、彼が自分の意志で失踪したのではないかと考えていたからだ。

 

 男は姿を消すひと月ほど前から、まるで別人のように沈み込んでいたのだという。

 元は社交性が高く、威勢のいい人物だったのだが、すっかりと無口で暗い性格になってしまっていた。

 まるで人が変わってしまったかのように。


 そういった経緯もあり、突然の廃業と失踪もプライベートで何かあったのだろうと周囲は結論付けていたそうだ。


 一人の男が、失踪した後味の悪い話。  

 それは奏多たちにとっては、別の恐ろしく気味が悪い話に聞こえていた。


 もしも男が性格が変わったという時期に、別の誰かと入れ替わっていたのだとすれば?

 入れ替わり後、店に立ち寄った際にヤストミという獲物に目をつけたと考えれば、彼が狙われたことにも辻褄が合う。


 店主が述べたように、周辺の飲食店には事情を知るものが多数存在した。

 失踪を心配した知人を装えば、奏多たちがそこから先の情報を手に入れることは難しくはなかった。


 ほどなくして、名前と容姿、かつて住んでいた場所を割り出すことに成功する。



 連続で低体温症による事故死を演出していた犯人の正体。


 名は渋海しぶうみ八広やひろ。独身。三十二歳男性――


 その男の皮を被った何者かである。

 

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