第15話 正体考察
会議や来客の応対に使用する、七帖の洋室。
そこにある大型テーブルの周囲には、クインテットのメンバーが顔を揃えていた。
秀人、空、鳴瀬が順に報告を終えた後、奏多はアンカーとして先ほど見聞きしたことを説明していた。
一通り話が終わると結論として自らの考えを口にした。
「犯人が使用しているのは水系統のスキルだと思う」
「水?」
「根拠は?」
空が首を傾げ、鳴瀬は説明を求めた。
秀人だけが納得の表情を浮かべていた。
低体温症についての情報を調べて教えてくれたのは彼である。
様々な話を聞いたうえで、自分と同様の答えに気がついたのだろうと奏多は察した。
「まず前提として、料理屋のおばちゃんの話から被害者は春の陽気の中、短時間で低体温症になったのは間違いない。
ここまではいい?」
「うん。おばちゃんだけじゃなく、常連客も目撃したわけだものね」
「となれば、まずは十五分以内に人間を低体温症にする方法を考えなきゃならない。でも、これが難しい。
そもそも、一般的な冷凍庫くらいの気温にいても人が数分で死ぬことはないから」
警察が店主や常連客の証言を疑ったのもこれが理由である。
そんな殺し方をすることが難しいからこそ、現実的にどちらが間違いなのかを判断したのだ。
「でなければ、氷点下の地域で働いている人がバンバン死ぬことになるだろうからな。薄着で行動しただけ危ないことになる」
「はい。ナルさんの言うとおりです」
被害者たちは皆がしっかりと服を着ていた。
夏のような薄着ではなく、防寒の役割を果たせるものを。
遺体に異常がなかったということは、それらが死後に無理に着せれたというような痕跡もなかったということである。
「ここで、空さんやゴッチと話していた、雪山や水難事故であれば年齢に関係なく若い人も命を落とすという話を思い出しまして」
「あれは、それだけ雪山は寒いってことなんじゃないの?」
「ちょっと違うんだよ、空さん。
具体的な説明は、ゴッチのほうが向いてると思う。僕も最初はゴッチが集めた資料を読んだだけだから」
「ふむ、不肖、五霞秀人。説明を請け負いましょう」
秀人はクイと人差し指で眼鏡をあげた。
「冷凍庫というものは、品質を考えずに単純に冷やすのであれば、対流――風があるほうが早く冷えます。
これは、風があるほうが、キチンと冷たい空気が物の表面に当たるからなのです」
「その言い方だと、風がないと冷えづらいってこと?」
「そうです。冷たい水風呂やプールを思い浮かべてください、最初は水に入ることさえ厳しいのに段々と平気になるでしょう?
あれには理由があるのです」
「体が慣れるわけじゃないの?」
「入っているうちに、体だけじゃなく水も温度が変化するんです。もちろん体に接している部分が一番変化する。
水風呂であれば冷たかった水が、人の体のせいで暖かい水に変化するわけです。
その温まった水がバリアのような働きをして、外の冷たい水を直接肌に触れさせなくする。
ですから動いたり、激しい流れをぶつけられると、急に冷たく感じるのです」
「……うーん、水風呂にあまり入ったことないから想像しづらい」
「サウナで人が入ってきたりバタバタ仰がれると、
渋面を作る空に、奏多は助け舟を出した。
「あっ、それなら分かるかも」
「冬の風が強い日は、寒く感じるのではなく、実際に寒い空気があたるわけですな。
体を覆っている暖かいバリアがピューと退けられて、寒い空気がぶちあたるわけで」
「それが吹雪で凍える理由なんだ。でもさ、水の場合、たまに冷たい水風呂でじゃぶじゃぶしてる人がいるけど、体が冷えて死んじゃうってことはないよね?」
「簡単な話で、水風呂って大体のものは十五℃以上らしいよ。それより低いと注意書きがつくくらい」
「……あぁ、そういうことか、それで湿っていたのか」
ここまで黙って聞いていた鳴瀬が、独り言のように呟いた。
説明の途中だが、一足先に答えに辿り着いたのだ。
「私も分かったかも」
空が嬉しそうに笑った。
「そういうことなら結論を言うけど、犯人は低温――できるだけ0℃に近いような水を用意して、さらに水を操作するようなスキルを使用したんじゃないかと」
吹雪、風ならば衣服という壁がある。
だが衣服にも染み込む水で全身を包まれた状態であれば防ぎようはない。
しかもその水が流れ続けたならば、急速な冷却が可能となる。
「ありえないくらいに冷たい川に晒されたようなものか……」
「水の動きが速ければ速いほど、より効率的に冷せるでしょうな」
「調べてみたら、その状況であればかなりの速度で命を落としてもおかしくないってさ。後は水を操作するスキルで、できる限り服から水分を奪えばいい」
野洲富智貴の件を見るに、完全に乾かすとまではいかないようだが。
「その方法だと、体に傷も残らなさそうだね。うん……絶対、正解だよ」
空が直感を口にした。
それは奏多の推理が、正解であることを周囲に確信させた。
「肝心の冷たい水についてですが、スキルには水温を指定できるもの、直接水温を変化させるようものはないはずなんだ。
もちろん物理的に氷をぶち込めば下がるだろうけれど。
だから最初は、北方の幻獣であればスキルで発生させる水も冷たいのではと予測を立てた」
「幻獣ゆかりの地の水を再現する、といった感じか?」
「はい、ですが、これまで戦った水が主体の相手に、そんな法則があったようには感じませんでしたので」
奏多一人だけでも、この半年だけでも二回交戦していた。
その際、熱帯地方の獣だからといって、スキルで作られた水が生温いといった事実は存在していなかった。
「ナルさんが持ってきた情報で、それも解決です」
「奇妙な車両ってやつだな」
「ええ。それが水を冷やして運べる特殊な車両であれば……」
「ありそうだな、生きた魚や水生生物を運ぶような車両が」
「こちらで調べておきますぞ」
秀人が手元の手帳にメモをする。
意外にもアナログものを好む傾向にあるのだが、それらは身近にいる兄貴分の真似をしてのことである。
「あと一つだけ分からないことがあってさ」
月。
水。
夜に行動し、痕跡を残さない用心深さ。
奏多には、すでに犯人が何の力を手に入れているかは見えていた。そのうえで分からないことがあった。
「どう考えても、犯人は水辺や水中の化け物といった存在だ。だから溺死ならば分かるけど……」
「拙者も思いました。凍死とは結び付かないのでしょう?」
水に引きずり込んで殺すなどの逸話を持つ空想上の生物たち。
その性質に影響されて犯行を行っているのであれば、溺死が死因となるはずである。
溺死以外にも、水に関する他のスキルを使えば、押しつぶしたり切り飛ばしたりという行為が可能なはず。
スキルを使える段階にないのであれば、強化された身体能力で単なる超人として捻りつぶせばいい。
「うん。わざわざ手間とリスクを増やしてまで、凍死させる理由はなんだろう?」
気になった奏多は、水に住むものが獲物の体を冷やして殺す、という逸話がないかも調べたが、凍えさせて殺すとなると、やはり氷や雪にまつわる生物ばかりであった。
「いや、頭を悩ませる必要はないだろう」
あっさりとした口調で鳴瀬は言った
若者三人の視線を受けながら、こともなげに話を続ける。
「おそらく答えは提示されている。俺がさっき被害者の共通点について話しただろ?」
「はい」
奏多は頷いた。
鳴瀬がいう共通点とは、男性の被害者にのみ存在した容姿の類似性のことだろう。
「殺人というリスクの高い行為に、猟奇的なこだわりを見せる人間だぞ。殺し方にもこだわることは不自然か?
趣味、嗜好、美学、理由は分からんが。当人にとっては理由があるんだろうさ」
「……まともな理由とは思えませんね」
「まあ、答えは当人に聞けばいいだろ」
鳴瀬が冷たく笑った。
隣では「くぅー、今日も師匠がカッコイイ」と、秀人が両手でサムズアップをしていた。
「ナルさんの言うとおりだよ。ここまでくれば、後はどうやってギッタギタにするかだよ」
「おおう、今日も空さんがバイオレンス。でも言うとおりだよな」
犯人の力も、犯行方法もおそらく解き明かせている。
多少のずれがあっても、力でねじ伏せればいい。
万全の情報と状況で挑めたことなど、これまでも片手で数えられる程度なのだから。
「ところでさ、水の生物なら私が相手?」
猛禽類を思わせる目で、空が言った。
「トリーですと、攻撃も防御も相性がえぐそうですなぁ……」
秀人は、げんなりとした顔で、げんなりとした声を出した。
「すまんが、空。
今回の馬鹿は、俺がもらうぞ」
奏多は驚きの視線を鳴瀬に向けた。
空と秀人も、同じような視線を向けていた。
鳴瀬はこのチームでは参謀のような存在だ。
力でいえばメンバーの誰に劣るものでもないが、後輩たちが望むとおりに行動できるように、まずは配慮する。
そのうえで、彼らが怪我をしないように最大限の策を練る。
実働の段階でも、自らの怪我などは厭わずに仲間のフォローに力を割く。
先頭に立って切り開くのではなく、群れでの狩りを必ず成功に導く。
それが彼の本来の生き方であり、同調した幻獣の性質でもあるからだ。
そのため集団戦での一角を担うことはあっても、積極的に個人だけで戦うことはない。
「ナルさんが立候補するのは、珍しいですね」
奏多の言葉は若者組の総意であった。
「まあ、ちょっと思うところがあってな……」
薄いあごひげをさすりながら鳴瀬が言った。
その瞳には剣呑な光が宿っていた。
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