第11話 犯行の法則性


 秀人特製のプログラムが入ったUSBメモリを受け取り、空は夏井との待ち合わせ先へと出かけて行った。


 彼女を空を見送った後、奏多はそのまま事務所に残っていた。

 午後からも別の現場に足を運ぶつもりだが、その前に、午前中における互いの成果を秀人と報告しようと考えたのだ。


 デスクに座る奏多が身に着けたTシャツは、一時間前とは別のものとなっていた。

 空が選んだ、空色のスタンドカラーシャツである。

 

 グリフォン柄という珍しいデザインが簡単に見つかるはずもなく、とりあえずファニーなTシャツを脱がされた形である。


「まずは、一つお知らせです」


 椅子をゆらゆらと回転させながら秀人が切り出した。


「うん」


 その表情から、あまりよくない内容であることを奏多は察した。


「昨晩、また低体温症での死者がでました」

「そっか。やっぱり止める気はないのか……」


 人の少なさは、クインテットの強みであり弱点でもある。

 事件が続くと分かっていても、無期限で人海戦術を使い網を張ることなとできるはずもなかった。

  

 予想していながら、間をすり抜けられた感覚に口惜しさを覚えないわけではない。

 しかし、「もう少し早く動いていれば」などと、口にするものはメンバーの中にはいない。


 人が抱えられる荷物の重さには限界がある、この十年で彼らはそれを理解していた。


「そちらの情報については、ナルさんが任せて欲しいと」

「本当、どうやって情報を手にしてるんだろう」


 当人が申告するところによると、奏多たちと出会う前から音楽一筋で生きてきた人だ。

 年齢を重ねただけで得られるとは思えない特殊な人脈は、一体どこからくるものなのだろうかと、若者組の間では度々話題となっていた。

 長い付き合いでありながら、それらの全貌を悟らせない事実にも彼らは感服していた。

 

「カナタンのほうは、何か収穫が?」

「空さんが幻獣の仕業だろうって。直感で」

「それは何より。他の可能性を考えずに動けますゆえ」

「で、現場を見て気づいたことは、例の店から出て十五分で亡くなった人の話、あれに近いことが他の事件でも起きてるんじゃないかなって」

「ほほう……」


 秀人は左手で顎をさすり、考える素振りを見せた。


「で、ゴッチの進展は?」

「とりあえず、二十人を越える怪しいリストの人間だけを対象に調べたのですが、ほぼ半数でSNS利用が確認できました」

「空さんの件に対応しながらだから、やっぱりゴッチは仕事が早いな」

「ふっ、そろそろ、五霞秀人から五霞音速マッハに改名したほうがいいでしょうかな」

「一年後には後悔してそうだから、やめたほうがいいと思う」


 奏多は、本当にノリだけでやりかねない友人に釘を刺した。


「ちなみに、天白という女性についてはSNSの利用は確認できませんでした。少なくとも本名ではという注意書きはつきますが」

「事件と関りがあるかは、空さんのお仕事待ちか……」

「利用者たちを調べた限りでは、残念ながら被害者たちに共通点は見つかりませんでしたな」

「そっか」


 幻獣の性質に引きづられるのか、そもそもの人の性なのか。

 これまで二桁に達する幻獣絡みの事件を処理する中で、クインテットの面々はある法則に気がついた。


 力を手にしたものが起こす犯罪行為には、どこかの部分に拘りや執着が発生するのだ。

 犯行の方法、対象、過程の一部、該当する箇所はバラバラであるが、その偏執は相当なものである。


 数日前まで追っていた事件も、被害者全てがとある地下鉄の路線を利用したことを割り出したことが突破口となった。


 犯人はそこで獲物を物色をしていると仮定し、情報を収集し、紅沼という男に辿り着いた。

 強靭な体を手に入れ、どこにでも移動できるだろうに、何故か鬼は己のねぐらに近い地下鉄を起点として犯行を繰り返していた。


「身長、髪の色、趣味嗜好、既婚未婚など基本的な部分はバラバラ。

 共通の知人がいないか、同じ店に通っていないかと、一見して分かりづらいものもナッシングですな」 

「犯人は無差別に狙っているのかな?」

「おそらくは。あるいは若ければ誰でもいいくらいの、緩い設定なのやもしれませんぞ」

「厳しいな」


 思わず奏多は口にした。

 被害者のデータから犯人を追うことが難しいとなると、今回の件はほぼ情報がないと言っていい。


「ただ、全く収穫がなかったわけではありません。

 被害者以外の部分で、ある種の法則を見つけましたぞ……自分で自分を褒めてやりたいですな」

「それほどの内容?」

「ええ。そろそろ、五霞秀人から五霞洞察力どうさつりょくに改名したほうがいいくらいには」

「一週間後には後悔してそうだから、やめたほうがいいと思う」

「ぐふふ、この図を見ても同じことが言えますかな?」


 画像で見せる必要があるのだろう、秀人が手招きをした。

 奏多は席を立つと、秀人のデスクに歩み寄った。


「まず最初に、例年通りに起きているだろう事故と、我々が負うべき事件が混じってしまっているために、分かりづらくなっていると考えました」

「事実、そうだろうね」

「ですので、ある程度のミスを覚悟のうえに、事件と思わしいものだけを選び出してみることにしました。

 最初に目をつけたのは、本来は珍しいはずの三十歳以下の凍死。そこだけに絞ってみたリストがこちらです」


 図やグラフを使わずに、文字だけで構成されたシンプルなファイル

 三十歳以下の男女。その名前と、亡くなった日付だけが記されていた。

 

 日付が春に突入しても起こり続けているということ以外、特に変わったところは見受けられなかった。


「一番寒そうな時期にやや偏っている以外、満遍なく亡くなっている印象だね」 

「この段階では何も見つけられなかったので、色々と試行錯誤していて、女性の被害者である五人を除いてみたわけですが……」


 言葉通りに、五名分の表記が消えたリストがモニターへと表示された。


「……これは」

「この表を見た時に、近い時は一、二日しか感覚を空けずに亡くなっているのに、それ以外は必ずひと月弱、時間が空くなと気がつきまして」

「確かに。間隔が一週間とか十日とかの犯行は皆無だね」


 TVなどで出題される、ひらめく力を試すための問題を見ているような感覚を奏多は覚えた。

 何かは分からないが、何らかの法則性があることだけは明らかだった。


「ひと月弱という言葉から色々探っていたところ、一つピタリと重なる答えを得ました」

「ひと月……そうか。つき――」

「ストーップ! 秀人がまだ話してる途中でしょうがぁっ!」

「うおっ」


 間近であがった大声に、奏多はビクリと驚いた。


「はぁ、察しのいい幼馴染はこれだから……。

 朝から活字と格闘して、これを思いついた時の拙者の気持ちがわかりますか?

 三人から褒め称えられる瞬間をどれだけ楽しみにしていたか……」

「な、なんかゴメン」

「はい、お察しのとおり鍵は満月ですー。

 そして、これは月齢のリストですー」


 やさぐれた声の秀人が手元を操作すると、新しい画像が表示された。

 去年の冬から現在までにかけて、満月であった日の一覧である。


「これを、先の死亡者たちのリストと合わせてみると」

「……ピッタリだ」


 奏多は驚きの表情を浮かべた。


「三十歳以下の男性被害者のうち、13人中11人が、満月かその前後の日に亡くなっていることがわかりました」


 幼馴染の驚き具合に機嫌を取り戻したのか、自慢気に秀人は応えた。


「偶然じゃないよな」

「でしょうな」


 明らかに、この二つの出来事には関連性がある。


 ただの事件であっても、犯人が月に一度この街に訪れる人物ではないのか? 

 何らかの儀式を行っているのでは?

 などと推理するためのヒントになりうるだろう。


 しかし、幻獣の力が絡んでいるとなると、それ以上に極めて大きな意味を持つ情報となる。


「ゴッチ、ナイス」


 どちらかともなく手を差し出すと、パンと互いの手のひらを叩き合わせた。


「月に関する逸話を持つ幻獣で確定ですかな」

「ああ。かなり絞れそうだ」


 特定の条件下でしか力が起動できないというルールではないが、力は増減する。

 夜のみ出現するという逸話があれば、夜に最大限の力を発揮できるといった具合にだ。

 クインテットの面々の中にも、天候で力量が変化する空という該当者がいる。


 犯人は好んでか、無意識か、満月付近の夜に行動している。

 それだけで奏多の脳内では、すでに候補がかなり絞られていた。


「しかも氷、冷却、などに関係しそうな存在ですからな」

「まあ、僕たちのに存在しなかった幻獣が、後から追加されていなければだけど」

「ですな。一年前の件もあります。全てを知っていると思い込むのは危険でしょう」


 幼馴染が探し出した手掛かりに、奏多は事態が大きく動くだろうと予測した。 

 常に覚悟はしているが、次の戦いの時は近いのかもしれないと、僅かに緊張感を高めた。


「ところでさ、女性の死亡時期は満月とは関係なかったの?」

「当てはまるのは五件中、零ですな」

「……関係はない?」

「と考えるのが自然かもしれませぬが……」

「そうなると、女性たちは純粋な事故で、被害にあっていたのは男性だけだった?」


 そう口にしながらも、奏多は違和感を感じていた。


「ふむ。トリーの友人の件も、こちらの事件とは関係なかったことになりますが……」


 考え込むように口にした幼馴染の気持ちが、奏多には容易に理解できた。


 例年は圧倒的少数しか発生しない、若い女性の低体温症による死亡事故。

 都内だけでみれば、発生件数が零の年も珍しくはない。


 それが今年に限って、五人も出てしまった?

 しかも、謎の人物が凶行を繰り返している最中に?

 中には春に入ってから亡くなったものもいるというのに?


 奏多たちには、それら全てが偶然であると、楽観的にとらえることなどできそうもなかった。

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