第10話 グリフォンらしさとは


 約束の時間、十五分前。

 奏多が待ち合わせ場所である駅前に到着した時、すでに空の姿はそこにあった。


 身長が171センチメートルあり姿勢の良い彼女は、遠目からでもよく目立つ。

 きりっとした目鼻立ちも手伝って、出会う人ほぼ全てに凛々しい評される彼女だが、奏多にとっては、とにかく優しくて明るい人という印象である。


 待ち人の姿に気がついた空が、右手をあげて軽く手を振った。


「待たせたかも」

「それほどかも」


 二人だけに分かるような会話を交わし、どちらかともなく歩き出した。

 駅前には商店が密集していたが、数分も歩けば景色の大半はマンションや一軒家へと変化していた。


 見落としが無いように、互いに言葉も交わさず周囲に視線を這わせていると、ほどなくして目的地へと到着した。


 軽い運動をするには十分な、それでいて大人数が遊ぶにはやや手狭なスペースの広場。

 そこに設置されているベンチと最低限の遊具という、どこにでもあるような公園だった。



 園内に入る寸前、ようやく奏多は空へと声をかけた。


「空さん。ここまでで、何か気がついたことは?」

「……事件とは関係ないんだけどさ」

「どんなことでもいいから話してよ」

「うーん、分かった」


 一瞬、躊躇するようなそぶりをみせたが、意を決したように空が言葉を口にする。


「今日ね、奏多が着ているTシャツ、すっごいダサいなぁって」

「事件関係ないね!?」

「うん。だから、関係ないって言ったじゃん」

「いや、だとしても、ここまでの道とか公園を見て、気づいたことだと思うじゃん」

「キチンと注意しながら歩いてたよ? 頭の中の半分くらいはシャツのことでいっぱいだったけど」

「えぇ……」


 自分だけがシリアスぶって、全力で町並みを眺めていたことを知り、奏多の耳は赤くなった。


「背中に毛筆で力強く『イベリコブタッ!』だからね、そんなシャツを隣で着られたら集中できないから」

「それは、申し訳ありませんでした……」

「奏多さ、ファッションに興味ないのは知ってるけど、普段は清潔感ある感じでまとめてくるじゃん? 今日は攻め過ぎじゃない?」

「あー、まあ、正直に話すとこのTシャツはゴッチからもらったやつだから。

 勢いで買ったけど、黒地以外のTシャツはやっぱり着ないからって」


 五千円もしたとかで、捨てるのは忍びないと押し付けられた一品である。


「ゴッチャン、本当に色だけで服を選んでるんだね……」

「で、よく確認せずに、適当にタンスから手に取ったシャツを着たら、これだった」


 自分一人ならいざ知らず、横に空が歩くことを考えれば気を付けるべきだったろうかと、奏多は心の中で反省した。


「動物にしてもさ、せめて鷲かライオンなんじゃないの? グリフォンなんだから」

「それ、ウチを探るような相手が現れた時に、正体が丸わかりだけど……」

「とりあえず、グリフォンっぽいシャツを私が探しておくよ」

「いや、グリフォンっぽいシャツってどんなのさ……」

「そもそも奏多はゴッチャンの選んだシャツじゃなく。私の選んだシャツを着るべきだよ」



 取り留めもない会話をしながら、二人が向かったのは園内に複数ある木製のベンチ。

 その最も北側の一脚だった。


「ここが、三カ月前に男性が亡くなった場所かな」


 太陽を元に、方角を確認しながら奏多は言った。


 亡くなったのは二十八歳の男性。

 他の事件と同様に遺体に不自然な点はなし。

 さらに深夜に男性が一人で公園に入っていく姿が、監視カメラに記録されていたため事故だと判定された。


「思ったよりも……視界がいい場所だね」


 空の視線の先には、園を囲むように背の低い緑色の柵が立ち並んでいた。


「垣根とかに囲われてそうって想像してたけど、治安とかを考えると、これくらい視界がよくなるのかもな」

「隠れて何か行うには向いてなさそうな場所だよ、ここ」


 奏多は視線を上空へと傾けた。

 数こそ少ないが園の中心部分と淵沿いに電灯設置されており、夜間でも完全に暗闇となることもなさそうである。


「で、本当のところ、空さんは何か気がついた?」

「特には。でもね、ああ、これは幻獣の力が使われてるなぁって感じた。勘だけど」

「それは収穫だね」


 彼女の勘は軽くない。

 灰色は限りなく黒くなったといえた。


「奏多の見解は?」

「公園までの道も、切れ目なく民家があるし、途中に二十四時間のコンビニやコインランドリーもあった」

「うん、あったね」

「そう考えると、この辺りは深夜になっても完全な無人にはならないんじゃないかって」

「その意見は賛成。一人暮らし向けのアパートとかマンションも見かけたから、夜行性の人とかいそうだもん」


 監視カメラの映像から、この場所で凶行が行われたのは間違いない。

 それを踏まえて、奏多は自らの考えを口にした。


「これだけリスクが高い場所で目撃者がゼロなら、犯人が幸運に恵まれたか、もしくは……」

「もしくは?」

「かなり短時間で、しかも静かに犯行が行われたんじゃないかなって思った」

「……短時間か。別の事件でも、そんな証言があったよね。

 店から出て十五分の間に凍死した、とか」


 空が記憶を辿るように口にした。


「うん。短時間で低体温症にする力っていうのが、一つのキーワードになると思う」

「どんな幻獣かの、想像はつく?」

「氷に関する幻の生物は、多く採用されているはずだけど、犯人が使っている力はそうじゃない気がするんだよ」


 凍死という特殊な死因。突き詰めれば冷やすという行為を行えばいい。

 一見、簡単そうな状況なのだが、奏多はずっと頭を悩ませていた。


「どうして?」

「氷の硬さが問題になる。被害者が死ぬ気で抵抗すれば、傷やあざになって体に残るから」

「あっ……」

「一切傷がないとなると、手足を縛られたリとか鬱血するほど強い拘束も受けていないことになる。

 超低温の物体を接触させれば、すぐに体温を下げることができるかもしれない。でも、その場合は肌や肉に影響がでる」


 奏多は、凍死の事実を知って以降、時間を見つけては冷却や冷凍技術について調べていた。

 調べれば調べる程に分かるのは、屋外で、対象物を傷めず急速に冷却するという行為が、極めて難しいという現実だった。


「冷たくて硬くないもの……フワフワの雪で、全身をくるむとか?」

「面白いね。そういう、ちょっと違う発想が必要な気がするんだよなぁ……雪か」


 空のアイデアは、すでに一度、奏多も検討した可能性だった。

 単純な氷とは似通っているようで、別の性質を持つ。

 改めて言葉にしてみると、すぐには思いつかない手段が、そこに眠っているようにも感じられた。


「雪と言えば。昨日、若者でも嵐の雪山なら命を落とすって話をしたじゃない?」

「うん」

「それの延長で、被害者の周囲を局所的に吹雪みたいにすることはできそうじゃない?」

「吹雪のスキルか……可能だろうね。その系統の上位なら、もっと強烈な状況も作れそうだ」

「だよね?」

「…………」


 数秒思考した後、奏多は答えを口にした。


「その場合、周辺への影響が気になるかも。

 草木が風でなぎ倒されるとか、周辺住人が音を聞くとか、証拠が残るんじゃないかな」

「町中で吹雪だからね……私たちがスキルを使った時の状況を考えると、痕跡が残るよね」


 なるほどと、空は頷いた。


「んー……今のところ、あっという間に無傷の凍死者を出す方法として思いつくのは……体に残りにくい薬とかで対象を昏倒させた後に、対象をひん剥いて特殊な施設で冷凍する?」


 行き詰った奏多は、思いつく限りの内容を口にした。

 自分で口にしておきながら、そのありえない内容に苦笑した。


「回りくどいの極みだね」

「空さんも、そう思う?」

「うん、もっと力を使ってバーッとやっちゃえばいいと思う。冷やすなら冷やす、殴るなら殴る」

「バイオレンスだけど、空さんに賛成。

 そもそも、春以降も犯行を重ねている時点で、隠すつもりはないはずだ。犯行を誤魔化すためじゃないなら、どうして無傷の遺体ばかりなんだろう?」

「無傷で凍死させることに意味がある?」



 その時、遠くからの視線を感じ、奏多は不自然ではない速度で、ゆっくり顔を右に向けた。


 遠い視線の先、地元住民と老夫婦がじっとこちらを見ていた。

 感覚を駆使しても敵意のようなものは感じない。


 耳を澄ます。

 老夫婦までの距離は、口元が動いているかどうかが辛うじて分かる程度。

 見慣れない若者二人が、公園で立ち話をしている状況に興味を持ったのだということを奏多は


「この場所で得られるものは、これくらいかな」


 視線で理由を示しながら、これ以上、この場にとどまるのは得策ではないと提案する。


「そうだね」


 奏多の意図を理解したのだろう、空は疑問を口にすることもなく頷いた。


 そもそもが三カ月前の事件である。

 物理的な証拠は最初から望んでいない。 

 こうしてアイデアを話し合えただけでも、奏多にとっては収穫だった。


「そろそろ、ゴッチのところに顔出そうか?」

「今、何時頃なの?」


 空からの問いを受け、奏多はポケットからスマホを取り出し時間を確認した。


「今は十時過ぎたくらい。ゆっくり帰っても十一時には作業場に到着できるんじゃないかな」

「それならさ、ちょっと寄り道していこう」

「寄り道?」


 突然の提案に、奏多は首を傾げた。


「適当なお店を覗いてさ、グリフォンっぽい、グリグリしい服を探そうよ」

「グリグリしい……って、その話本気だったの?」

「もちろん。それじゃあ、出発」

「いや、ちょっ」


 有無をいわさずに園の外に向けて歩き出した空の背、奏多は急いで追いかけた。

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