第8話 本当の意味で肉食系

 クインテットの作業場には若者三人組が揃っていた。

 鳴瀬は別行動をするという言葉を残して、席を外していた。


天白あましろみどり。昨年の十二月初頭に、江戸川の河川敷にて低体温症で亡くなっておりますな」


 現在、時刻は十九時少し前。各自持ち込んだ夕食を食べながらの話し合いを行っていた。

 話題の中心は、当然のように互いが偶然耳にすることになった『凍死』という言葉についてである。

 

「んむ……夏井の幼馴染も、多発している凍死事件の被害者ってことかな?」


 空はモリモリとフライドチキンを食べながら会話に参加していた。

 宿した幻獣の好みに引きづられているとうそぶいているが、出会った頃から唐揚げやハンバーグが好きなことを奏多は知っていた。

 そもそも、その理屈が通るのであれば、奏多や鳴瀬も肉食系男子になっていなければ辻褄が合わない。


「一応、天白なる女性は、師匠が不自然だと疑っている被害者たちの一人でありますな」

「どうして? 天白さんが亡くなったのは、季節的には冬だったんだよね?」

「年齢じゃない?」


 奏多が推測を口にした。


「さすがカナタン。略してさすタン」

「ゴッチ、さすカナが正しい略し方だと思うよ。さすタンだとベロに何かが刺さってるみたいだもん、釘とか」

「怖っ、トリーの発想怖っ……しかし一理ありますな」

「いや、さすカナさすタン、どっちでもいいけど……」


 ハンバーガーとセットで買ったシェイクを啜りながら奏多が言った。

 昼食に続いてジャンクなメニューなのは、秀人に付き合った結果である。


「今回の件、時期のずれの話と比べれば些細な内容なのですが、もう一つ不自然な点がございまして。それが被害者の年齢というわけで……」

「年齢が不自然?」

「低体温症で亡くなるに至る状況ですが――」

 はてなを頭に浮かべている幼馴染のために、秀人は説明を開始した。


「大きく分けて三つになります。水難事故などで長時間漂流した結果によるもの。それから屋外で体温を失う。最後に屋内――特に自宅で体温を失う」

「え、屋内でも起こるの?」

「死者の数で言うと、かなりの比率がこちらになりますな」

「そうなの!?」

「驚く気持ちは分かる」


 思わず声をあげた空に、気持ちは分かると奏多は頷いた。

 数時間前に秀人の解説資料を読んで、そっくりのリアクションをしたばかりであった。

 

「自分で上手に体温を調節する機能は、歳を重ねるたびに弱っていくわけです。屋内での低体温症はお年寄りが、だんが十分ではない状況で眠った時に陥るのがほとんどです」

「つまり、屋内で亡くなるのは、お年寄りの人がほとんどってことなの?」

「そうなります。当然、屋外でも同じことが言えるわけで、年齢が高いほどに低体温症での死者は増えます。

 逆に言うと、若者であれば冬山など過酷な場所以外で凍死することは、ほぼありません」


 そう言いながら、秀人は二個目のハンバーガーの包み紙をクシャリと潰した。


「天白さんの話を聞いた時に、違和感を感じたけど、やっぱり私たちの年代で凍死するって普通じゃないんだ……」

「二十歳という天白氏の年齢であれば、0ではありませんが相当に珍しいかと」

「でもさ、天白さんの場合は、事故だと断定されているってことだよね」

「資料を見る限りだと、事故として決着してるみたいだ。

 他の件と同じで、持ち物に手をつけられていなければ、目立った外傷もないことに加えて一つ決定的な判断材料があったらしい」


 モニター上に目を走らせていた奏多は、内容を要約する。


「決定的な材料?」

「血中からアルコールが確認されたってさ」

「お酒を飲んで外で寝ちゃったってこと?」

「そう考えるのが自然でしょうなぁ」

「じゃあ、最近まで続いている凍死事件とは関係ないのかなぁ……」

「今は考えすぎない方がいいよ。これから情報も増えてくるだろうし。天白さんについては明日、少しは話を聞く機会があるんじゃない?」


 うんうんと唸りながら悩みはじめた空に、奏多は声をかけた。


「そっか、そうだね」


 メンバーに了解をとってすぐ、飛鳥は夏井に返事を送り、明日の昼に会うことが決まっていた。

 

「みんなを巻き込んでゴメンね」


 事務所に帰ってきて以降、何度目かになる謝罪を空は口にした。


「いや、逆の立場でも空さんは協力してくれるでしょう?」

「もちろんだよ」

「それに、空さんが受けたほうがいいと感じたのなら、それが全てだよ」

「ですな」


 幻獣の力を手に入れて以降、クインテットの全員に素の状態においても肉体や感覚に変化が起きていた。


 空の場合、それが特に顕著だったのがだった。

 元々、優れたそれを持つ彼女であったが、最近では感覚や勘などという言葉ではくくれない、簡易的な予知に近い力となっている。

 事実として、これまで幾度も幸運を手繰り寄せ、危機を遠ざけた、彼女の直感をメンバーは深く信頼していた。


 当然、能力への評価だけではない。

 根本の部分には、長年の間に培われた信頼が存在している。


「ありがとう」


 それを理解している空は、二人に感謝の言葉を述べた。


「必要なツールは、すぐに用意いたしますので」

「私に操作できるかな」

「ブスッとUSBにメモリを差し込むだけでパソコンを開けるようにしておきます」

「やっぱ、ゴッチャン半端ないな」

「だよね」


 奏多と空にしても、ゲーム製作において自らが担当する部分に関しては、ある程度の知識を持ってはいる。

 しかし、パーソナルコンピュータというハードそのものに精通しているわけではない。

 そちらの方面においては、秀人がメンバー内における唯一で絶対のエースだった。


「いえいえ、状況がイージーなだけですぞ」

「そうなのか?」

「物理的に接続できるって言うのは、それだけ有利なわけで。

 最悪HDDかSSDを引っこ抜へば何とでもなるわけで。二段構えで準備しておきますぞ」


 こともなげに秀人が言った。


「しかし、必要に迫られてとはいえ、他人にパソコンの中身を見られるとは恐ろしい話ですなぁ……」

「つまり、ゴッチはパソコンの中に見て欲しくないものが入っているの?」

「無論! 拙者も一人の侍ゆえに……まあ作業場ではなく自宅のものですがな。カナタンもそうでしょう?」

「いや、とばっちり! そうだけど」

「……我が友よ、拙者になにかあれば、忍者になる方法と名付けられたフォルダーの消去だけはなにとぞ」

「僕も、芸術的ハットトリック集ってフォルダの消去をよろしく、マジで」

「二人ともさ、ネーミングセンスが面白過ぎない?」


 呆れた視線を浴びながらも、男二人は真剣な視線で頷きあっていた。


「ところでトリー、明日はいつまでにツールを用意すればいいのですか?」

「正午くらいまでに用意してもらえれば」

「ふむ。それまでに必ず」

「ありがとうね。問題は、明日はそれまで微妙に時間が空くってことだよ……用事が気になって作業するって気分でもないし」

「たまには、のんびり過ごされてみては?」

「二人は明日の予定は? 普通に作業するの?」

「僕は何箇所か、遺体が発見された場所を回ってくるよ。現場を見れば何かに気づくかもしれないから。

 警察との兼ね合いを考えて、事故だと断定された場所に行くと思う」


 進行形で捜査中の場所に顔を出して、ややこしい事態に巻き込まれることは得策ではない。

 犯人の影も形も見えていないのだ、まだリスクをとるタイミングではないと奏多は考えた。


「そっか」

「拙者は被害者、特に若い世代の人たちのSNSをチェックしてみようかと思います。

 年齢、性別、職業など、現在資料に書かれている部分以外に、意外な共通点などが見つかるかもしれませんからな」

「んー、そういうことなら、明日の午前中は奏多と一緒に行動しようかな」

「助かるよ。空さんがいれば見えることもあるだろうから、控えめに言って戦力が百倍」

「そう言われると頑張るしかないね」


 奏多の言葉に、空ははにかんだ。


「ぐふふ、それではアスワ夫妻はデート兼調査ということですな」

「いや、単純に調査だから」

「ゴッチャンが正解。奏多は不正解」

「ふーっ! トリーったら、大胆」

「デートなら、もっとマシな場所に誘うから。

 それで、明日だけど僕も空さんと一緒に、正午前には事務所に顔をだすよ」

「了解しました。新しい情報があれば、その時に共有いたしましょう」


 おそらくは、明日も色々なことが進展するのだろうという予感を、三人ともが抱いていた。


「さて、話も一段落つきましたが残りの時間は……どうしますか?」


 すでに全員が食事を終えていた。

 窓の外には夜が広がっており、選択肢は多くない。

 解散かあるいは――


「もうちょっとしたらナルさんが戻ってくる予定だし、本職に戻る?」

「だね。そこまで集中はできないかもしれないけど」

「こういう日々は、しばらく続きそうですからなぁ……切り替えを上手く行えるように、慣れていかねば」


 袋にゴミをまとめたり、手を洗うために席をたったりと、それぞれが作業の準備を始める。


 彼らの本分ほんぶんはゲームを作ること。


 それこそが、が始めて交わした約束であり、本来の目的であった。

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