第7話 シャーロックな大学生


「パソコンの中身を見たい理由は理解したけど……どうして、その役目が夏井に回ってきたの?」

「ご遺族にパソコンに詳しい人はいないし、業者とか赤の他人にプライベートを見られれば、亡くなった孫娘が悲しむかもしれないからってさ……頼まれたんだ」

「つまり、夏井と、その天白あましろさんって人は知り合いなの?」

「天白……みどりとは中学時代からの友人だったから」


 そう吐き出した夏井の顔に寂し気な表情が浮かぶ。


「……話の流れで、そんな気はしてたよ」

「まあ、でも、そこは気にしないで。半年前のことだから。それに高校で進路が分かれてから、基本はスマホやパソコンでのやりとりだったから。

 直接会う機会も年に数回かだったからさ、こう……実感が薄いっていうのかな」


 困ったように笑いながら夏井は言った。口調とは裏腹な精神状態であることは明らかだった。


 大切な人を失う痛みは空もよく知っている。とはいえ、それが彼女の感じている痛みと同じは限らない。

 経験として、時にどんな言葉も慰めにもならないことも理解している。

 だから、あえて傷には触れずに会話を続けることにした。



「つまり、夏井や遺族の方にしてみれば、この話は他の人には任せるわけにはいかないってことか……」

「任せたくない。本当は私が見るのもアウトだと思うんだけどね。他の人に見せるよりはましかなぁって」


 祖父母が頼むくらいなのだから、夏井は自身が言うよりも天白なる女性にとって大事な位置にいたはずである。

 ここまでの言動には、故人への想いが見え隠れしていた。

 そんな彼女の頼みを、理由もなく無碍にすることはないと、空は一歩話を進めることにした。


「話を受けるかどうかを決めるために、幾つか質問したいことがあるんだけど」

「うん、何でも聞いて」

「この話で一番重要なのは、本当に絵を描いたのは天白さんなのかって話だよね?」

「そうだね」

「ならさ、絵の送り主を探すことはしなかったの? それこそ夏井やご遺族の方が知っている範囲にいる可能性が高いんじゃない?」


 亡くなった学生自身を除けば、絵を送ってきた人物が最も事情に詳しいはずではないか。

 彼女が過去に描いた絵や、それらの記録から判別するなど、どうにも遠回りであり、当該の人物を探すことこそが正解への近道であるように空には思えた。



「もちろん探したよ。それが一番確実だから。でも……」

 夏井は残念そうに首を振った。

「大学内については向こうに任せたけど空振り。私も知っている範囲で、それこそ翠のアルバイト先の人間にまで確認してもらったけど誰もそんな絵は知らないって」

「んー……」

「どうしたの?」

「……確認したいんだけどさ、絵を送ってきた宛名は天白さん名義だったってことだよね?」

「うん」

「住所の欄には、生前の天白さんが住んでいた場所が記載されていたのかな?」

「分からないけど、どうして?」

「単純に住所を知ってるって相当親しいでしょう? 夏井は彼女の住んでる住所って知ってた?」


 空自身は保有すらしていないが、モバイル一つで誰とでも繋がれる時代である。

 電話番号を必要としないアプリを使用して入れば、全く個人情報を知らない友人関係ということさえありえる。

 詳細な住所を把握しているとなると、かなり親しいか、何らかの理由でそういった情報を知ることができた人間ということになる。


「大体の場所と部屋番号は分かるから、地図アプリとかで確認すれば分かるとは思うけど……」

「よく荷物や手紙を送りあう仲じゃない限り、それが普通だと思う。

 しかもさ、絵を送ってこれた時点で通っていた大学も知っているでしょ? さらに彼女から絵を預かるかプレゼントされるような立場となると……」

「大学の関係者?」

「とは限らないけど、プライベートなことを話す距離感ではあったんじゃないかな」 

「……頼まれて絵を保管していた業者の可能性は?」


 大型のカンバスは場所をとるうえに、作品の劣化を考えると適当に保管していいものではない。

 そのため絵画を預かる専用の業者に保管を依頼したということは十分に考えられた。


「学校や住所は知る機会があるかもしれないけれど、名乗らない理由がないよ。むしろご遺族に、絵を預かってますけどって確認の電話をいれてくる側じゃない?」


 業務として預かっていたのであれば、匿名で作品を送ることのほうが問題となるのではと空は考えた。



「やっばい……シャーロック・アスカーズじゃん!」

「探偵っぽいって言いたいんだろうけど、私が複数いるみたいになってるよ」


 学友は褒めてくれているが、空にしてみれば特に凄いことを行っているという意識はない。

 この場に物事を読むことに長けた仲間――鳴瀬や奏多ならば、もっと深いところまで推測をたててしまうだろうと考えていた。

 

「……飛鳥の予想なら、かなり身近な人ってことになるよね?」

「私はそういう印象を受けた」

「シャーロック・アスカに聞きたいんだけど、もしも身近な人間が送り主だった場合、自分の素性を一切書いていないのってどうしてだと思う?」

「うーん、極度の恥ずかしがり屋、学校に色々聞かれるのが面倒くさいから、後は……」

「後は?」

「後ろ暗いことがあってあまり人目に付きたくはない。思いつくのはそれくらいかな」

「そっか……もっと前から、飛鳥に相談すればよかった……そうだよね」

「夏井?」


 真剣な表で呟く夏井に、空は思わず声をかけた。

 

「あ、ごめん。とにかく、宛名の件はすぐに確認してみるよ」

「……何か分かるといいね」

「関係ないことでアドバイスまでもらって、ごめんね」

「別にいいよ、これくらい」

「それで、飛鳥が他に聞きたいことはないの?」

「あー、最後に一つだけ、法的に今回の行為は問題ないの?」


 能力的に仲間の力を借りることが前提の相談内容であり、気軽に受けることはできない。

 下手なことをして彼らに迷惑をかけることは、空にとっては絶対にありえない選択肢だった。

 それは亡くなった学生や夏井の心残りなどとは別次元の問題である。


「もちろん飛鳥に迷惑がかからないように調べてあるよ。

 問題のPCはご家族に遺産として分配されているから、形式的には翠のお婆ちゃんが今の持ち主ってことになるんだ。自分のパソコンの中身を見ようとしてるってことになるみたい」

「そこはクリアされてるんだ……」

「駄目、かな」



 十数秒の思考。そして飛鳥は決断した。


「分かった、この話を持ち帰って仲間にお願いしてみるよ」


 早逝した同年代の少女への同情もあれば、懸命な姿の友人に感じいるところもあるが、決め手は直感だ。

 それは彼女の武器であり最も大事にしているものでもあった。


「ありがとう!」

「OKが出たら夏井にメールを送るね」


 とは言うものの、この時点で夏井の希望が叶えられることを確信していた。

 幼馴染たちが自分が決断した内容に力を貸してくれないはずがない。


「飛鳥から返事を貰えたら、すぐにでも対応できるようにしておくから。どうしても、あの絵を飾ってあげたいんだ」

「……夏井、いいやつだね」


 空は呟きながら、底に残っていたレモン風味の氷水をすすり上げた。

 シロップをキチンとかき混ぜていなかったからだろうか、じわりと甘さが口の中に広がった。


「美少女に褒められると、悪い気がしないわぁ」

「それじゃあ、これから会社に寄って相談してくるよ」

「いや、そんなに急がなくても。今から、お礼に晩御飯でもおごるよ……えっと、千円以内で」


 財布の中身を思い出したのか恥ずかしそうに言う友人を見て、空はくすりと笑った。


「本当は一秒でも早く中身を見たいんでしょう?」

「……ごめん」

「いいって。ジュース、ありがとう」

 礼をしながら、飛鳥は席を立つ。

「そうだ、最後に一つだけ聞かせて欲しいんだけど」


 かばんを肩にかけながら、気になっていた点について口にした。


「何?」

「天白さんって人が亡くなった事故っていうのは、交通事故?」


 特に裏があっての質問ではなく、これから関わる出来事について少しは把握しておこうと考えてのことだった。


「違うよ。不慮の事故って警察は判断したみたいだけど……かなり変わった内容でさ。冬の寒い日に、江戸川の河川敷で倒れてるのが見つかって――」

 一度言葉を切ると、ゆっくりと辛そうな表情で夏井は言った。



「翠はさ、凍死したんだ」

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