第4話 季節外れの死


 若者たちは近隣店舗の中で最も濃いめのラーメンを食べ終えると、真っすぐにオフィスへと帰還していた。


 レンガ造りの小型のマンション。そのうち三階部分を丸ごと賃貸したものが、彼らのオフィスである。

 すぐ近くに大型のマンションが建っているという日当り不良な立地のせいで、五月も半ばだというのに部屋の中は過ごしやすい気温に保たれていた。


 とはいえ暦は夏のへと着実に近づきつつある。

 二台のPCをつけ数分経過しただけで熱を帯び始めた室内に、奏多は季節の移り変わりを感じた。



「いやぁ、今日も絶品でござったな、極濃味噌ラーメン」

「時々、麺が脇役で味噌を食ってるんじゃないかって気になるけどな。後、食べ終わったとの口の渇きがえらいことになるし」


 水分を確保するために冷蔵庫に向かっていた奏多は、ふと秀人のデスクへと目を向けた。

 モニターには映っていたのは、何十ヶ所にも丸印が打たれた地図だった。


 おおよそゲームの開発には関係なさそうな内容。

 さりとて趣味のゲームプレイや動画視聴とも違う。

 互いに気を使う仲でもない。

 内容が気になった奏多は、秀人に声をかけた。


「その地図は?」

「ん、これですか……カナタンには、もう少し進めてから話そうと考えていたのですが」

「幻獣絡み?」

「おそらくは。ただし別の可能性も否定できない状況でして……あくまで調査途中ということでOK?」

「OK」


 冷蔵庫から二本のペットボトルを取り出しながら、奏多は頷いた。


「幻聴等の書き込みから追う手法は、先日の会議で中止が決まったでござろう?」

「ああ。COSDコスドが同様の手法を取り始めてるからって話だろ」


 頭の中で声が響くという感覚は異常である。

 事情を知っている、かつ三年以上経験し続けているクインテットの面々でさえ、未だに慣れてはいなかった。

 声を聞いたものたちの多くは、肉親や友人、医療機関などに相談することになるが、それらの頼れるものが身近にない人々が時折SNSやブログに現状や不安を書くことがあった。


 今まではそれらを一つの情報源として利用していたのだが、最近では利用することで得られるメリットよりも、他者とかち合ったり罠を張られるデメリットが上回り始めるタイミングだと一同は睨んでいた。


「そこで我々の強みを活かした方向に切り替えようと、策士な五霞秀人は考えたわけですよ」

「強みを活かすって?」


 奏多がペットボトルを放り投げると、焦る様子もなく秀人は片手で受け取った。


「我々はどんな幻獣と力が存在するのか、その多くを知っているでしょう?」

「だな」


 当然だと奏多は頷く。元々は、なのだから。


「例えば、ある日突然、常識では考えられないくらいに歌が上手くなった人がいる。そんな噂を耳にしたらどうします?」

「なるほど……セイレーンみたいな、歌や音楽に関係した力を手にしたってことが想像できるか」

「そう。普通であれば不思議なこともあるものだと済ませてしまう話でも、我々からすれば全く別の答えが見えてくる。

 とにかく奇妙な現象が起こっていないかを中心に、情報を収集中しているわけです」


 そう言って、秀人はニヤリと笑った。


「それで何を見つけたの?」

「師匠が、とある筋から興味深い情報を仕入れてきたとかで。それをまとめたものが、この地図です」

「これって……うちの区を含む周辺の地図だよね?」


 奏多は迷うこともなく答えを口にした。モニターには非常に見慣れた地形が映っていた。

 簡易的な地図の上には、一つの黒丸と無数の赤丸が打たれていた。


「ザッツライト。東京都の北東部ですな。黒丸が我らがオフィスです」

「それ以外の赤い点は?」

「今年に入ってから、とある死因により亡くなった人たち、その遺体発見場所ですぞ」

「話の流れ的に、とある死因っていうのが普通じゃないのか?」

「そうです。なにせ彼らの死因は低体温症。いわゆる凍死ですからな」

「いや、ちょっと待って」


 思わず声をあげた奏多は、腰を据えて聞くべき話題だと判断し、キャスター付きの椅子ごと秀人の傍へと移動した。



「……凍死って、雪山で遭難してなるようなやつだろ?」

「実際には、都市部での死者のほうが多いようですな」

「いやいや、こんなにも身近な場所で人が凍死してるって、世間が騒ぐような異常事態じゃん?」


 そんな印象的なニュースを耳にしていれば忘れるはずはないと、奏多はかぶりを振った。


「それが数だけを見れば、例年よりも少し多いといった程度で異常とまでは言えないレベルのようですな」

「マジで?」

「マジマジのマジです。我々が普段意識していないだけで、いずれの年でも熱中症で亡くなるよりも凍死する人のほうが多いのは事実らしいですぞ。

 寒い日に屋外で寝てしまうとか、屋内でも事故や貧困、年齢などが理由で十分に体温を確保できずに亡くなるようで」


 一口、ペットボトルから水を補給すると秀人は説明を続ける。


「最近では、判明しているだけで年間の死者が千人を超えることも珍しくはありません。東京だけみても、ここ数年は平均で年間八十人前後亡くなっております」

「……もっと、ニュースで耳にしてもよさそうな数だけど」

「珍しくはなく、ほぼ全てが事故であるからこそ、そこまで報道されないのかもしれませんな。その辺りの詳細については共有フォルダに資料を置いておきますゆえ、今は先に話を進めますぞ」


 了解だと奏多は頷いた。後で目を通すことを心に誓いながら先に根本的な疑問を解決することにした。


「凍死そのものが珍しくないのなら何が問題なんだ?」

「幾つかの点において違和感が感じられますが、際立って不自然なのは、事が起こった時期ですな」

「時期?」

「そう。当然寒さが原因で起こる事故なわけで、河や海での水難事故を除けば、どうしても被害は真冬に集中しがちなわけです」

「つまり、この事故が起きたのは……もしかして」


 これから聞かされるであろう内容を察した奏多は思わず声をあげた。


「おそらくは、お察しのとおりですぞ。例えば、こちらの点ですが……十日前に人が亡くなった現場です」


 秀人がモニターの中で、足立区の東部にある点へとカーソルを合わせる。するとそこには簡単な情報がポップアップして表示された。

 そこには死亡した日付と時刻、被害者の名前や年齢が記されていた。


「いや、この日付って五月も半ば……」



 奏多は一瞬、言葉を失った。

 ここ最近で冷え込んだという事実はなく、むしろ汗ばむ陽気が続いていたはずである。

 例え裸で寝たとしても、体調を崩すことはあっても死に至るとは想像もできなかった。

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