第11話 おもてなしデイキャン

 


 週末、俺──鹿角かづのがく雪峰ゆきみね明里あかりは、じいちゃん所有のキャンプ場にて昼食の準備を進めていた。

 今日の設営は、日除け代わりにじいちゃんに借りたタープを一枚張っただけ。


 そのタープの下で、俺は焚き火を、雪峰ゆきみねは俺が貸したガスバーナーを用意する。

 雪峰ゆきみねは、私も焚き火がしたいと駄々をこねたが、今回は岩谷いわやへのお礼、つまり「おもてなし」である。

 調理するだけならば、ガスバーナーの方が圧倒的に火力調整が楽だ。


「師匠ばっかりズルいよ〜」


 文句タラタラな雪峰ゆきみねだったが、用意した肉を見た途端に笑顔になった。

 本当、単純な弟子で助かる。

 あとヨダレは拭く方が良いと思うな、絵面的に。




「よぉー、来たぜ」


 軽く手を振って挨拶してくる岩谷いわやは、まだ遥か五〇メートル先から歩いてくる。

 こいつ、どんだけ声が通るんだ。


 岩谷いわやがこちらに近づくにつれて、岩谷いわや以外の足音が混じっていることに気づく。


「よぉ、お待たせ」


 相変わらず距離感の無いデカい声だ。

 その岩谷いわやの背中から、ぴょこんと小さな女の子が生えてきた。


「……こんにちは」


 こちらは岩谷いわやと正反対、落ち着いた鈴のような声だ。

 身長はたぶん一五〇センチあるかないか。

 おかっぱ黒髪ストレートで、前髪ぱっつん。

 大きなリュックを背負い、その幼い顔立ちは美少女というよりも美幼女と呼びたくなる。


「悪いな、どうしても着いて来るって聞かなくてよ」

「いや、構わないさ。妹さんか?」


 言った途端、小さな身体がジャンプして、俺の頭をはたいた。


「先輩に向かって、失礼」


 膨れっ面の美幼女は、平らな胸の前で腕組みをして俺を睨んでいる。


「えっ、特進クラスの……大門だいもん先輩、ですか?」


 ただでさえ大きな目を丸くして、雪峰ゆきみねが呟いた。


「え、誰?」

「知らないの師匠!?」

「あいにく世間に疎くてな」

大門だいもん先輩は去年の生徒会長だよ」


 才色兼備、質実剛健、猛攻号令。

 四文字熟語を並べ立てる雪峰ゆきみね。あと最後のは某歴史シミュレーションゲームの戦術名だぞ。


「ね、とにかくすごい人なの!」


 ほえー、そうなのか。



「二年の雪峰ゆきみねさんね、お噂はかねがね」


 雪峰ゆきみねの纏う空気が固くなる。

 噂……か。

 どこまで本当なんだろうな。

 雪峰ゆきみねに関しては、様々な悪評が飛び交っている。


「大丈夫、私は答え合わせまでしっかりやるから」


 つまり、噂のみで判断はしない、ということか。

 かく言う俺も、最初は噂と実物のギャップに悩んだっけ。

 眉目秀麗で良くも悪くも目立つ存在で、社長令嬢。

 やっかみもあるだろうが……まあ、そんな事はどうでもいい。


「とりあえず今日は、鉄板のお礼に来てもらったんだが」

「ああ、肉を焼くんだってな」


 仁王立ちで快活に喋る岩谷いわやの横で、大門だいもん先輩は大きなリュックの中からアウトドア用の椅子を取り出し、展開する。

 その手際は、決して初心者では無い。


「……どうした?」

「いや、椅子の展開がスムーズだな、と」

「……ふふふ」


「ほぇー、大門だいもん先輩すごい。可愛くて成績優秀な上に、キャンプも上級者なんて」

「……んふふふふ」


 上機嫌で笑う大門だいもん先輩は、あっという間に折りたたみの大きなテーブルまで展開してしまう。


「おいおい、すずねぇがこんなに喜ぶなんて……今日は雪か」

「焚き火にしか興味の無いリョウジには、一生気づかないことね」

「残念だな。焚き火で焼いた肉にも興味津々だ」


 すずねぇ、リョウジ……

 なるほど。


「焚き火はな、男のロマンなんだよ」

「そのロマン以外、ぜんぶわたしがやってる事実を知るといい」

「分かってるって、すずねぇには感謝してる」

「なら、たまには態度で示したら良いと思う」


 なんだか、お似合いの二人だな。


「そ、そんなことよりも、いい焚き火だな、おい」


 火勢の上がる焚き火を、中腰になって岩谷いわやは見つめる。


「当然だ、じいちゃんにみっちり仕込まれたからな」

「いいねぇ。完全に火を支配してる焚き火だ」


 滅多に聞けない褒め言葉に、面映おもはゆくなる。

 ソロキャンプは、公序良俗や法律に反しなければ誰にも怒られることはない。

 その代わり、誰かに褒められることも滅多にない。

 雪峰ゆきみねはすごいすごいと言ってくれるが、それは俺を師匠とまつりたてているせいだろう。


「まったく、この焚き火バカは……」


 しかし、この二人のように互いを補いながらのキャンプも楽しいのかもしれない。


「さて雪峰ゆきみね、こっちは肉を焼いていくぞ」

「ラジャー、ではこちらも用意始めまーす」


 雪峰ゆきみねが指で輪っかを作って、片目を瞑ってくる。

 それに頷いて、俺は肉を取り出した。





「美味え!」


 ステーキにかぶりついて叫ぶのは、岩谷いわやだ。


「やはりお肉は美味しい」


 大門先輩も、うんうんと頷きながら小さな口いっぱいに肉を頬張っている。

 岩谷いわやに貰った鉄板で焼いているのは、スーパーで仕入れた脂の少ないランプ肉だ。

 それを叩いて筋切りをして、牛脂を引いた鉄板でミディアムに焼いていく。

 味付けは、塩胡椒のみ。

 鉄板の性能と、火加減だけが頼りのステーキだ。


「さあ、ポトフができましたよー」


 雪峰ゆきみねが大きめのクッカーを持って叫ぶ。

 今回、雪峰ゆきみねにはポトフを担当してもらった。

 ステーキだけでは寂しいし、まだ雪峰ゆきみねには火の制御は難しいと判断したからだ。


「お、いいねぇ。ちょうど汁気しるけが欲しいとこだ」


 ポトフを取り分けたシェラカップを受け取った岩谷いわやは、カップに口をつけて味噌汁のようにすする。


「リョウジ、もっとよく噛んで、味わって食べなさい」


 こちらは上品にスプーンでポトフを食す大門だいもん先輩。


「ん、美味しい。いい嫁になれる」

「そ、そうですかね〜えへへ」


 大門だいもん先輩に褒められて、雪峰ゆきみねは顔が真っ赤になっている。

 さて、ポトフでしっかり結果を出した雪峰ゆきみねにも、肉を味わってもらおう。


「ほれ、お前も食べろ」

「ほえ?」


 切り分けたステーキをてんこ盛りにしたステンレス皿を雪峰ゆきみねに差し出すと、きょとんと俺を見つめてくる。


「あとは俺がやるから、雪峰ゆきみねも食べるといい」

「で、でも」

「俺はつまみ食いしながら焼いてるから、大丈夫」


 少し俯いて、申し訳無さそうに皿を受け取った雪峰ゆきみねは、岩谷いわや大門だいもん先輩と椅子を並べて食べ始めた。


 さてさて。

 この隙に、俺はデザートの準備に取り掛かろう。

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