第9話 なかまかな

 


 案内された岩谷いわやの部屋は、鉄工所の二階にあった。

 鉄の階段を登った先のその部屋は、俺にとっては楽園だった。


「なんだ、これ……」

「すげぇだろ、コツコツ作ったんだぜ」


 まず目に入ったのは、大きく無骨な焚き火台。

 厚めの鉄板で作られたそれは、ちょっとやそっとの熱では歪みようが無い。


「けど、ソロにはちょっと重過ぎないか?」

「それなんだよなぁ」


 ちょっと肩を落としてしょげる岩谷。痛い所をつかれたのだろう。


「でさ、そろそろ彼女を紹介しろよ」

「いや、彼女じゃないし」

「そ、そうです。私は鹿角かづのくんの、唯一無二の一番弟子ですっ」


 俺の背中に隠れながら、雪峰ゆきみねは声だけ元気である。


「はぁ? てか雪峰ゆきみねって、ウチのクラスの雪峰ゆきみね!」

「えっ、気付いてなかったの!?」

「……たぶん全校生徒探しても、他に雪峰ゆきみねという苗字はいないぞ」

「そうか、そうだよなー。珍しい苗字だしなー」


 こいつ、けっこういい加減な奴なのか。

 いや、いい加減ではあんなに精巧な鉄板なんて自作出来ないだろう。

 きっと良い意味で人に興味が無い、他人との境界線がはっきりした、ドライな奴なのだろう。


「そんで、弟子ってなんだ?」

「まあ……いろいろあってな。キャンプを教えてる」

「ほーん。ま、いいや」


 思った通り、岩谷いわやはドライな性格らしい。


「で、今日来てもらったのは……これだ」


 無骨な棚からガチャガチャと出してきたのは、大小様々な大きさの鉄板である。

 切りっぱなしのものや、縁を斜めに曲げた商品レベルのものまで、いろいろな鉄板が目の前に並べられた。


「使えそうなヤツがあったら、持ってってくれ」

「え、いいのか!?」

「ああ、コイツらは肉を焼くために生まれて来たんだ。使ってくれる方が鉄板も喜ぶだろう」

「マジか、ありがとな」


 俺が鉄板の群れに夢中になっていると、制服のブレザーの裾を引っ張られる。

 振り向くと、雪峰ゆきみねが目で何かを訴えかけていた。

 だが、鉄板の魔力に俺はすっかり誘惑テンプテーションされていた。

 この鉄板の上で焼ける肉を想像したら、もうたまらん。

 ということで悪いけれど。


「ちょっと待っててくれ」


 雪峰ゆきみねに断って再び鉄板にのめり込もうとすると、岩谷が雪峰ゆきみねに水を向ける。


「嬢ちゃんも欲しいのか?」


 あらためて雪峰ゆきみねに向き直ると、真っ赤な顔をしてコクンと頷いた。


「ったく、欲しかったら言えよ」

「だって、初対面の方に物をねだるなんて……」


 その姿は、いつもの雪峰ゆきみねではない。

 どことなく遠慮がちで、必要以上に空気を読もうとしている様に見える。


「なあ岩谷、初心者にはどれがいいと思う?」

「初心者向きかー、ならコレだな。ふちがあるし、あまり厚くないから女の子でも扱いやすい」


 おお、なかなかどうして。

 岩谷め、俺の気持ちを察してくれる奴だ。


 結局、俺は縁なしのB6サイズ、雪峰ゆきみねはその半分くらいの縁がある鉄板をもらった。


「悪いな、岩谷」

「あ? 鎌わねぇよ。どうせ使わなかったんだから。それに」


 岩谷は笑いながら手を差し出す。

 え、お金かな?

 こいつやっぱりヤンキーか。


「キャンパー同士、仲間だろ」


 岩谷は、強引に俺の右手を握った。

 いわゆる握手というやつだ。

 面映く感じながらも、不思議と悪い気はしなかった。



 岩谷いわやの家からの帰り道。

 西日に目を細めながら歩きつつ、俺はひとつの案を思考していた。


「なあ、雪峰ゆきみね

「……なんですか」

「岩谷、いい奴だよな」

「……そうですね」


 どういう訳か、雪峰ゆきみねの機嫌は良くないらしい。

 新しい鉄板をタダでゲットできたというのに。


「……少し、妬けちゃった」

「あん?」

「だって……師匠と岩谷いわやさん、今日が初対面なんでしょ?」

「まあ、そうだな」

「それなのにあんなに仲良く……私なんて手も握ったことないのに」


 なんだ、どうした。

 この一番弟子は、いったい何が言いたいんだ。


「ずるいです」


 そうか。

 雪峰ゆきみねのキャンプ仲間は、俺しかいない。

 でも俺には、新たなキャンプ仲間が出来た。

 それが悔しいのだろう。

 ならば。


「お前、岩谷からもらった鉄板、気に入ったか?」

「はい。使うのが楽しみです」

「なら、岩谷にとってのお前も、もう仲間なんじゃないか?」


 言い終えた瞬間、雪峰ゆきみねは立ち止まる。

 その端正な顔に、大きく開いた驚きの目。

 その目は次第に細くなり、閉じられる。

 そして、満面の笑みへと変わった。


「では仲間として、お礼をしなくちゃ、ですね」

「だな」


 そして俺は、先ほどから考えていた案を告げようとする。


「そうだ、いただいた鉄板でお肉を焼いて、ごちそうしましょう」


 ──先に言われた、か。


 俺は少しだけ頷いて、新たな相棒たる鉄板が入ったカバンを、肩に掛け直した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る