Trap.01-03 記憶喪失とリメンブランス

朝7時

ふかふかの布団での睡眠はとても快適だった。一瞬、なぜベットで寝ているんだと首を傾げかけたが昨日1日あった出来事が脳裏を過ぎる。


女性の悲鳴が聞こえ、女性を盗賊から助け、その女性は記憶喪失でリメンブランスも見つからず、治癒魔法でも記憶は治らず、依頼についてくる上にあちらこちらへと寄り道をされ

想定外の一日に普段手馴れているウェルーアも疲れていた。そんな時にこの布団はしっかりと身体を癒してくれた。


「…アイツの体力なら午前中に出たら夜には向こうに帰れるだろ」

当然の様に彼女も自分の住む街に行く、という想定で今まで話していたがそう言えば魔法が見てみたいからついて行きたい、と言っていた。

この村に興味があるようだし、もしかしたらこの村が気に入ればこの村に住むと言い出すかもしれない。ここの村長は背丈は小さいがお人好しだ、快く受け入れるだろう。

「とは言え案内するっつったしそろそろ起こしに行くか」

ソルは宿の1階の部屋、俺は2階の部屋だった。

起こして、軽く朝食を取り、村を案内する。よし完璧だ。今日こそさっさと帰って次の依頼を受ける。

そんなことを考えながらソルのいる部屋へと向かった。


小さな村といえど観光客が訪れる村の朝はいつも賑やかだ。

しかし今日は恐ろしい程静かだった。観光客が居ないせいだろうか。

ウェルーアはソルのいる部屋の扉をノックする。昨晩、用がある時はノックをして返事をしてから開けるようにと念を押された。相当信用がないらしい。いやまぁ仕方ないんだけど。

しかし何度ノックをしても返事がない。それどころか物音ひとつ聞こえなかった。

気配も感じない。


「ソル、悪い。開けるぞ」


気配がない時点でわかってはいた、そこにソルが居ないことに。

彼女がいたであろう部屋は何もいなかった。

彼女自身、手ぶらだったため荷物が漁られる心配はないが部屋は少し荒れているようにも見える。ただ単に寝相が悪く布団がしわくちゃになったと言えばそう見えなくもないが。

「……もしかしてアイツ、本当は記憶が無いとか嘘で俺を騙して…この村までタダで護衛させタダでここに泊まりに……もしかして盗賊とグルだったか…?」

なんて悪い例も浮かんだがその考えは直ぐに消えた。

昨日の盗賊にそのような発想は明らかになかった。あったとしたら相当な演技派だ。演技の道へ進むことをオススメする。

嫌な考えを隅に置き目を閉じスン、と匂いを探る。

俺は人より"少し"鼻が利く。

事実を知られたら変態と罵られるだろうが、ソルの匂いは既に覚えている。この部屋には彼女以外に複数の匂いが入り交じっていた。宿屋なれば当然だと思うが、匂いは時間と共に消えるもの。ここまで入り交じる、と言うことは昨晩ここに誰かが訪れていた、という証拠になる。

同行者である俺を無視して。

「ギルドに連絡しておくか。鼠を匿ってる奴がこの村にいるってな」

俺は部屋を出て急いで受付へと向かう。



ピチャン、と水滴が高い所から落ちることが聞こえる。

少し肌寒いだろうか。まるで洞窟の中にでもいるかのような気温。その肌寒さでソルは目を覚ました。

辺りは薄暗いが当たりをよく見回すと所々光が入っている。どこかの古い建物だろう。

「ここは…」

状況を確認する為、起き上がろうとするが身動きが取りづらいことが分かる。

(もしかして……)

自分の両腕が塞がっている。両腕は胴体にピタリとくっつけるかのように縄で拘束されていた。手首は拘束されてはいないが、近くに刃物になりそうなものはなかった。

(捕まってる…やっぱりウェルーアは盗賊の仲間…!!)

と、悪い方へと考えが浮かぶがその考えは直ぐに消え去った。

盗賊の仲間であればギルドという所から態々人を派遣しないし、何より道中ここに来るまで自分の身を護ってくれた。

それになによりウェルーアについて行きたいと言ったのは自分だ。

全ての人がグルでもない限りそんなことは有り得ないはずだ。それに盗賊の仲間であれば態々盗賊から救う真似はしない。

しかし、そうなると誰のせいだろうか?

この村には昨夜遅く足を運んだせいか村の人影はほとんど無かった。

この村にソルとウェルーアが来ていることを知っていたのは恐らく村長と宿屋の店主だけだ。

何度か村に訪れているであろうウェルーアの様子からすればこの村は危険、という話は聞かなかった。

思考を巡らせるが、これと言って誘拐される覚えがない。

そもそもこの世界についての殆ど記憶が無いのだ。もしかしたら自分は何か特別な力が?!と期待したがした所で何が起こるわけでもなく。


いや、しかしもしかしたら本当は……?

辺りに人気はないか確認をし

「……う……ウィンド!」

魔法と言えば呪文というイメージがある。

炎ならファイヤ、風ならウィンドといった言葉を発するのではないか?

とだめもとで小声で呟いてみた。何も起こらなかった。せめて魔法が使えたらこの場を脱することが出来たのかもしれないのに、と自分の無い記憶を恨む。

何とかキッカケが生まれないかと、昨日の道中ウェルーアに魔法について聞いた話を思い出す。



この世界で言う基礎中の基礎だ。

魔法は全部で6属性有り

水、陽、地、月、風、雷

この世の者は生まれつきこの属性のどれか一つを持って産まれてくる。

ウェルーアの話ではウェルーアは月属性の魔力を扱えるらしく、身体の所々に紫色の魔石と呼ばれる宝石を所持していた。

魔石は人々が魔法を使う際に身体への負担を減らすサポートをしてくれる魔道具だそうだ。

水は青、陽は赤、地は茶色、月は紫、風は緑、雷は黄色。


ウェルーアは月の魔石しか持っていなかった為試しに借りて教えてもらった初級呪文を唱えてみたが反応は無かった。少なくとも月属性は持っていない事だけがわかった。

本当なら今頃村を探索して、彼の住む街に行き魔法の属性を調べるはずだった。ウェルーアが嫌と言ってもついて行く気でいた。


しかし今はこの有様だ。もしかしたら部屋に居ない私に気づき、ウェルーアは愛想をつかして帰ってしまったかもしれない。まだ出会って1日も経ってないのだ。

そう考えてしまうのも─


「ここから出して!!!!!」

「ここはどこ?!宿で寝ていた筈なのに!!」


何人かの女性の声が聞こえ、我に返った。

辺りを見回すが、自分のいる場所に人はいない。狭い牢屋の様だ。もしかすると他にもと同じ様に攫われた人がいて叫んでいるのかもしれない。

何より気になったのは『宿で寝ていた』という言葉。

あの晩、宿には誰もいないと村長が言っていたし、実際にそうであった。ウェルーアと私しかいなかったのだ。

「大人しくしろ。大人しくしていれば綺麗な状態で売りに出してやる」




「で、お前は呑気に寝ていたと」

「すいません…ここ最近意識が飛んでしまい」

「病院行った方がいいぞ、ソレ」

ウェルーアはあの後怪しい人物が通らなかったか店主に聞いてみたが、本人は寝ていて気づかなかったとの一点張り。何よりここ最近の記憶もあやふやだときた。

「病院では何もないと診断されました。ですが…魔法の痕跡があると」

「魔法の痕跡、ね…ふぅん」

つまり、この店主はいい様にネズミに利用されているわけだ。ここ最近の客の出入りはほぼ覚えておらず、気づけばお客はいない。そんな状態が続いてたと言うことは

外部の何者かが店主に精神魔法の一つでもかけているのだろう。


俺の使う月属性がその魔法に該当する。月魔法は破壊などを得意とする魔法。扱い方によっては精神の破壊などもできる危険な魔法だ。

勿論俺自身はそんな危ない魔法は基本的には使わないし、周りにも使う人は少ない。

こう言うものは悪巧みを考える者が使う手段だ。

今回の鼠に月属性の人がいるのだろう。

月属性に相性のいい地属性の助っ人がいれば楽にこなせそうだが、手際の良さからして相手が複数人いることも考慮すると

一人で殴り込みに行ったほうが良さそうだ。

考慮してないって?俺も破壊魔法の使い手だ。精神魔法を使わない。


店主が何度か犠牲になっているところを見ると犯人がこの村を拠点にしていることは間違いない。

この村はさほど広くはない為隠れられる場所は限られている。

となれば、考えられる場所は一つしかない。



ケセラ村─神殿前─


「おや、ウェルーアさん。どうなされたのです?神殿にお参りですかな」

「ハハ、そんな所だな。所で村長は何故ここに?」

「お参りですよ。とは言え申し訳ありません。ウェルーアさん今は改修中ですのでお引き取り願えますかな?」

「国の遺産を無断改修か?村長。まさかそんなわけないよな。ここへの出入りは誰が一番多いと思ってるんだ──ソルは何処だ」

「はて、なんの事ですかな」

「とぼけるのは結構。ギルドの一員として不正な取引は見逃せないんでな」


ここの神殿は国が所持する遺産の1つだ。

この村への目的は布団だけではなく、この遺産を見に来る人も少なくはない。

何千年も前に封印されたモノが祀られている、と言われる神殿だ。

この村の収入源とするのは構わないが、無許可で改修する事は認められていない。

もしも改修工事をするとなればギルドを通してここの村にその手の人が派遣されるようになっている。しかし今はその様な工事をするという話は聞いていない。

この村にいつも依頼の取引をしに来る第一人者は俺、ウェルーア・ブレイスなのだから。


「宿をタダにしたから見逃してくれると思ったんですがねぇ、殺してしまっても構いません。お願いしますよ」

「っ! とうとう本性表したか、村長!お前は前からがプンプンしていたんだ!」

勿論、勘ではない。本当に入り交じっていたのだ。この村の者では無い臭いが。


神殿からはゾロゾロと怪しい集団が現れる。

持っている魔石をチラリと見れば様々な魔石を所持するものが多い。

どこかから奪ったものだろう。

コイツらは盗賊だ。村長が手招きした、ネズミの正体だ。

俺は何も無いところから大鎌を出し、振り回す。

「ただの荷物配達なんて飽き飽きしてたところだ。これは特別報酬に更に上乗せが必要だな!!!!!」




外から何やら騒がしい声が聞こえる。

「ッチ、もうここを嗅ぎ付けてきたか。まぁいい、転送装置は村長経由で入手済みだ。後は飛ばすだけでいい」

「いや…!帰して!!」

「五月蝿いな、大人しくしろと言っただろ?」

近くで聞こえる喧騒に目を向けると、そこにはバンダナをした男性が他の檻に居る人に怒鳴っているのがわかる。全く知らない人だ。

しかし彼は確かにと言った。

つまりこの事件の真犯人は彼らと村長だ。

まさか行った先でこんな事件に巻き込まれるなんて誰が思っただろうか。

「大人しくしねえんなら黙っててもらおうか!!!!!!!」

「きゃああああああ!!!!!」

檻の周りが紫の光に包まれたかと思うと、先程まで叫んでいた女性の意識が途絶えたのがわかった。恐らく彼が何らかの魔法を使ったのだろう。

「さて、他にも叫んだらこの女と同じ魔法をぶつける。お前らが次に目覚めた時は競売場だ」

このまま大人しくしていたら売られる、ということだけはわかった。しかしこのまま大人しくしていられるはずが無い。


刹那、外から爆発音がした。

男性の幾多もの悲鳴が聞こえる。

「ば、化け物!!!!!」「逃げろ!!!!!俺たちは雇われただけ……ギャッ!!」

「っ……おいおい何かそんなおっかないやつ……クソ!!商品を送っちまえばこっちのもんだ!!」


ソルは爆発音が聞こえた方へと目を向ける。

もしかして、もしかしたら

助けに来てくれたのかもしれない。ウェルーアが。

そんな期待を膨らませた。

カラン─

ふと目線を下に下ろすと赤い宝石が足元に転がってきていた。先程の爆風で飛んできたのだろう。

男はこちらの様子に気がついていない。

手元にある魔道具らしきものを弄っている。

昨日ギルドの人が使っていた転送装置とよく似ていた。

あの男が持っているものが転送装置なら、まさに今使おうとしているのだろう。私達をどこかへ売り払う場所へ。


私はゆっくり、拘束されていない手を伸ばし、足元に転がる赤い宝石を握った。

私の属性はまだわからない。魔法だって使えるかも分からない。

でも、何かしなければ このまま黙ってやられる訳には行かない。


魔力は、常に体に巡っている。

魔法を使う時は、体に巡る魔力を魔石に巡回させ放つのが基本のイメージ。

道中ウェルーアに教わったことの1つだ。

聞いた時はピンと来なかったが

今なら、何となくその意味がわかる気がする。



できる気がする。イメージをする。

あの男の持っている物を

燃やすイメージを


『ファイヤー!!!!!』

「なっ───!!!!!」



想像は魔法にとって何より大切なものだ。

今ならそれがわかる。

ソルのイメージした炎は魔道具を燃え上がらせ、灰にする。


「貴様ぁ!!!!!魔石の類い持っていなかったはず!!!!!」

男はソルを閉じ込めている檻へ睨みつける。

「おっと、まだネズミがいたか。」

「は?」

「ブレイクダウン」

だが、男はソルに集中していて気づかなかった。

背後に来ていたウェルーアの存在に。


ウェルーアが彼の頭に魔法を放つと、プツンと意識が切れたかのように男は倒れた。


「っは~~~盗賊はゴリ押しに限るな!」

「う……ウェルーア!!!!!」

「お、ビンゴ!おはよう、ソル。よく眠れたか?」


ウェルーアがいる。

見捨てないでいてくれた、彼がそこに居た。

ウェルーアは手慣れた手つきで牢屋の鍵を壊し、女性たちを解放する。

「あ~…魔法かけられたやつもいるか…俺には治せねえけど…まぁギルドの人がなんとかしてくれるだろ」

次いで伸びた盗賊達を昨日同様ぐるぐる巻きにしている。

「遅くなって悪かったな、ソル。なんもされてねえか?」

「あ…うん…大丈夫……じゃない」

「…え?」

「──私、私、すごく、怖くて…怖くて…」

「ソル…」

「ウェルーア、来てくれなかったらどうしようって、いっぱい頭で考えちゃって」

「…うん、大丈夫。もう安心してくれ」


「私、私───魔法撃てちゃったかもしれない」

「うん、うん───は?」

「あの、あのね!見て!赤い宝石!!」

「ん?!あ、おう、陽の魔石だな」

「それでね!ファイヤ!!!!!」

「うおあぁ!!?????」

ソルがファイヤと口にした途端炎が顔をかすった。

何をするんだこの女、えっていうか何!?

とウェルーアは困惑しっぱなしだ。

「って言ったら盗賊の持ってる機械から火が出たの!!」

「ステイ、ステイ!!待て待て、何、偶然!?運良く成功したからよかったものの、危ないだろお前!!」

魔法の使い方は確かにざっくりとは教えた。

だが、実戦練習をせず突然魔法を使うのは危険だ。

知識が何もない人がロケットランチャーを使う並みに危険だ。

一歩間違えば盗賊に何かをされる可能性もあるが

何より魔力が暴発する恐れもあるからだ。

「──でも…なんだか……やらなきゃって気になったんだ」

「………はー………」

頭を抱える。

とんでもない女を見つけてしまったと。


「ソルは帰ったら修行だな」

「! ウェルーア!!」

「街に陽使いがいるからな!!俺も陽魔法は詳しくねえから!!後メンタルケアも兼ねてだ!わかったか!」


正直、見捨てられると思っていた。

正直、見捨てられると思っていたのかもしれない。

でも、彼は違った。

でも、どうしても彼女から目を離せなかった。


何も知らない空間に取り残された時はどうしようかと思った。

何も知らない常識がない女性を見つけた時はどうしようかと思った。

けれど何もないということはこれから出会いが沢山あるということ。

けれど何もわからないということは、恐ろしいことだ。

だから私は上を向く。怖がってばかりいられない。

だから、しょうがないから見守ってやろう。危なっかしいし、こいつ。




これは二人の青年が仲間と支え合いながら己を見つけていくお話。


尚、盗賊と村長はこの後やってきたギルド員に無事捕まったとか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Trap Magic -白黒魔法の世界- 狼崎 野良 @sakinora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ